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今週のリフレクション【独学の地図(荒木博行氏)】

今週は、荒木博行さん著「独学の地図」を振り返ります。内容をザックリ3点で要約すると・・

1.何を学ぶか/どこで学ぶかより、どう学ぶか。どう学ぶかの手がかりを得れば、日常そのものが学びの場になる。なぜ学ぶか?を最初に考えると、必然性のある学びしか目に入らない。学ぶべきこと(実用的な知的欲求=外発的動機)ではなく、学びたいこと(純粋知的好奇心=内発的動機)に焦点を当てる。大事な学びは、結果的に気づいてしまうものであり、学びの意図と結果は常に異なるという黄金律がある。学びたいことは、自分の中の無自覚な矛盾から生まれる。

2.独学の3階層は、「行為」「能力」「土台」。第1階層は行為。①疑問。一般論ではなく、自分で問いを立てる。自分が本当に知りたければ、イシューでなくていい。自分/対象×過去/未来のマトリクスが問いのヒント。動かないと問いは生まれない。②差分。それっぽい一般論は、未来の学びに蓋をする。感想→それっぽい一般論→自分だけの具体論、で経験の前後での2ミリの差分を削り出す。③他者。他者に語るからこそ理解する。学びをアウトプットする小さな構えを作る。

3.第2階層は能力。行為のサイクルを回すために鍛える筋肉。①自己批判筋。自分の中に距離感の遠い他者を飼う。②保留筋。複雑で意味不明なコンテンツに向き合う。③抽象化筋。一見似ていない、似たもの同士を探す。④具体化筋。些細な違いにアンテナを立てる。⑤表現筋。心動かされる表現をストックする。第3階層は土台。なりたいものは後からひらめく。その時のために、ラーニングパレットを整えておく。経歴を名詞(肩書き)ではなく、動詞(経験)で整理。基本カラー(学ぶ中心)を決め、対極カラーを決め、深化と探索を志す。今を楽しんで学びに彩りが増え、結果としてキャリアの可能性が豊かになる。

「差分」という言葉に考えさせられました。経験の前と後で、自分の中で具体的に何が変わったのか?自分の中でNEWだったことは何なのか?これを言語化できなければ、学んだことにはならないと改めて気づきました。

よく、行動が変わらなければ学んだ意味はない。という考えを聞きますが、私の考えは少し違います。まだ行動には至らないものの、思考のプロセスに違いが出たら、きっと行動は必要なタイミングで自然と変わるものだと思います。

ただ、具体的に思考のプロセスがどう変わったのか?を言語化して、自分で認識できていないと、いざという時にいつもと同じ考え方をしてしまい、行動は変わりません。だから、自分にしっくりくる言葉で「言語化」しておくこと。これが、学びのベースにあることだと解釈しました。

ただ、この言語化するプロセスに罠があるように思いました。それは、自分が既に知っている抽象的な言葉に集約してしまう、という罠です。「それってつまりこういうことでしょ?」と、つい知っている知識の引力に負けてしまい、解釈の解像度が粗くなってしまうという罠です。

だから、無理に経験を包括的に集約するのではなく、枝葉にこそアンテナを立て、自分の中にピンときた小さな「差分」を探し出すプロセスが、自分にとっての学びなのかな?と「学び」ました。

その学びは本当に自分にとってNEWなのか?

大切にしたい問いを受け取ることができました。

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