科学がどのようにスポーツ現場に貢献できるか
今回は科学的知見(主にスポーツバイオメカニクス)がスポーツ現場にどのように影響を与えられるかを考えるために、スポーツ科学の雑感とバイオメカニクスはどんなことをしているのかを専門性をできるだけ省いて説明していきたいと思います。僕みたいなまだ研究を始めて間もないものがこんなテーマで話すのは大変恐縮ですが、何に対してアプローチしていて、何を変えていきたいのかを知ってもらうために必要なことだと思うので、そんなこと考えてるんだくらいに聞いてもらえればと思います。
スポーツ科学と呼ばれる分野にはどのような領域が存在しているか
JSC(日本スポーツ振興センター)のサイトによると、以下の領域に分けられています。
・スポーツバイオメカニクス
・スポーツ生理学
・スポーツ栄養学/生化学
・スポーツ医学
・スポーツ心理学
軽く自分なりの説明をしておくと、
・スポーツバイオメカニクス:
生体力学とも呼ばれ、体の動きそのものやその運動のメカニズムを、ヒトの特性と力学を合わせて考える学問(身体運動の外と内を結び付けて理解しようとする学問)。
・スポーツ生理学:
トレーニングによる筋力や持久力に代表される身体組成の適応を考える学問。
・スポーツ栄養学/生化学
スポーツ生理学とも関連が強い分野で、栄養素とトレーニングの組み合わせによる、身体の組成変化や回復具合を考える学問。
・スポーツ医学
バイオメカニクスの分野と関連が強い分野で、ケガの治療や回復、予防を考える学問。
・スポーツ心理学
普段のモチベ―チョン維持や本番で力を発揮するための方法を考える学問。
これらの学問は独立ではなく、身体運動を考える上で重要となるトピックに分けたにすぎず、それぞれ関係しあっています。よって、最終的には包括的に考えなければならないことになると思います。
スポーツバイオメカニクスの表現方法
さて、この中でも自分はスポーツバイオメカニクスを中心に身体運動を考えています。この分野の研究で取得する主なデータは
①運動時の各身体部位の位置
②運動時の外力(主には地面から身体に伝わる力)
です。
言葉だと分かりずらいかもしれないので、簡便に絵で見せると以下のような感じです。
身体のいくつかの代表点(基本的には関節)と、それらを結んだ棒(セグメントと呼ばれる身体をいくつかの部分に分けたもの)で身体を表現したものを平面で見た図になっています。ここでは身体を単純化して表していますが、現実でセグメントは棒ではなく大きさをもつので、それに合わせて三次元的に表現することが多いです。
これらはモーションキャプチャといういわば高精度のビデオカメラで取得します。
https://www.acuity-inc.co.jp/pickups/knowhow/docs/20161028/
赤い矢印は地面から受けている力(地面反力といいます)を表しています。これは外力の一つですが、ヒトの運動のほとんどはこの地面反力が働いている中で行われます。この地面反力はフォースプレート(地面に埋め込まれた感度のいい体重計のようなもの)で取得します。
https://www.sports-sensing.com/support/motionmesurement/base_motion/fp_text01.html
スポーツバイオメカニクスのデータから分かること
まず、先ほど述べた①の情報から、運動中に競技者がどのように動いているかが分かります。もう少し具体的に書くと、各セグメントの向きや各セグメントの向きから分かる各関節の角度などの定量的情報(運動学:キネマティクスといいます)です。これはスポーツ現場で行われる、あるタイミングである動きをするというような動きに関する情報を数値として表したものです。
さらにこのキネマティクス情報と②の外力の情報を合わせることで、各関節で発生する力やトルクを推定すること(運動力学:キネティクスといいます)ができます。ここでバイオメカニクスを知らない人にとってはトルクという言葉はあまりなじみがないかもしれませんが、簡単には筋張力によって関節角度を変えようとする要素のことを言います。
ここで重要なことは、前者は運動そのもの(身体の外側で起こっていること)を見てるのに対して、後者はその運動が起きている原因(身体の内側で起きていること)を見ているということです。
スポーツバイオメカ二クスの位置づけ
ここまで、スポーツ科学とスポーツバイオメカニクスに関する概要を述べてきました。ここでは、競技力向上を目的としたときのスポーツバイオメカニクスの位置づけを考えたいと思います。
僕が思うスポーツと科学の位置づけを上の図にまとめてみました。まず、土台となる身体特性があります。これには骨、筋などの身体を構成するすべての要素の特性を含みます。このうちトレーニングや食事によって変化させやすい筋組成に焦点をあてて行うのが生理学や栄養学だと思います。さらにこの身体を土台として、脳の神経入力によって筋力を発揮します。基本的にヒトが運動を起こすために直接アプローチするのは筋です。この部分には神経科学が関与してくるでしょう。どのタイミングで、どの筋を、どれくらい興奮させるかはというスポーツ現場でよく言われるコーディネート能力がこのあたりにあると思います。さらに筋発揮に伴う関節の回転等の運動が実現されます。ここでやっと外見としての運動が現れます。さらにその運動による競技特異的なパフォーマンスが分かります。このパフォーマンスは競技によって様々です。個人競技では動きそのものがパフォーマンス指標となる体操・フィギュアスケートや、動きは何であれある指標(タイムや距離)となる陸上・スキー、団体競技では個人の動きそのものと個人間の相互的連携による出力(得点等)が指標となるサッカーやバスケットボールなど多様です。
ここでスポーツバイオメカニクスは、力発揮(運動の直接の原因)から運動さらにその結果のパフォーマンスをつなげ、スポーツ科学のうち最も、運動を直接対象にする学問と考えることができます。
スポーツバイオメカニクスの役割
以上スポーツバイオメカニクスとは何たるかを僕自身の見解を踏まえながら説明してきました。ここではスポーツ現場に対してどのような貢献を果たせるかを考えてみます。
最近たまたま為末大さんのYouTubeで個別と普遍という言葉を聞きました。
これは競技の技術を、すべての競技者が習得すべき技術(習得すればそれなりの競技力にはなりますよという技術)である普遍(型、コツとも言い換えられると思います。)と個人の才能に応じて伸ばすべき普遍とは少し違った動きである個別に分けるという考え方です。僕自身この個別というものがどのようなものか具体的にイメージできませんが、なんとなくわかるような気がします。どのスポーツでもある程度レベルの高い選手には何か共通する動きがあるように感じられ、トップオブトップになると何か他とは違う動きをしているように見えるからです。スポーツバイオメカニクスが知りたいことの一つとして、ここでいう普遍があると思います(個別性をみれないわけではありません)。どのような普遍的技術があるか、その技術がパフォーマンスにどのような影響を与えるか(運動そのものと運動とパフォーマンスの関係性)を把握することは、指導者や競技者に必要でしょう。
また、この普遍的技術の実現(結果)には、どのような力が発揮されるべきか(原因)という力学的関係を導くこともその一つでしょう。これらは筋が運動に与える影響を考える上で役立ちます(少しぼかした言い方をしたのは直接的関係を導くのは全ての筋を考えることが方法的に困難だからです)。
これらを聞くと、現場のコーチと大して変わらないのではという疑問を持つ人もいると思います。たしかにバイオメカニクスを学んでコーチになった人や経験による勘が鋭い人の中に、言語として上に書いた二つを把握している人がいると思います。一方で研究者は力学という頑健な学問を応用して、現象を数値化して、それらを解釈し、論的に述べるのに長けていて、コーチにはできない部分を補うことができる存在だと思っています。つまり、両者は対称的な存在ではなく、一直線上につながる存在だということです。
現状両者がうまく機能していないなと感じる理由として、両者が得意なことをつなげるのには人間が運動をするときに非常に大切な「感覚」という溝が存在することがあると思っています。
一般的に、コーチは、力学をそこまで理解していないけど、経験に基づき運動を解釈し、そのときの感覚を言語化する、一方、研究者は、力学を理解し、それに基づく推論に基づき運動を解釈しているが、感覚はあまり理解していないということが多いと思います。つまりここで言いたいことは両者歩み寄りが必要なのではないかということです。コーチは理論的におかしくないことを理解できるようにし、研究者は数値的データを提供するだけでなくそれらに感覚と合わせこめるような解釈を与えられるようにする(かなり難しいですが)。こんな感じで、不得意な部分を補えるように話し合っていくことが理想かなと思います。
終わりに
今回はスポーツバイオメカクスの概要と現場との関係性をテーマに話してみました。かなり詰め込んだ内容になってしまったことや、僕自身の考えがまとまってない部分もあり、読みにくい文章だったかもしれませんが、ここまで読んでくださった方はありがとうございます。指導者や競技者もある程度バイオメカニクスを理解することで、競技を考える幅や深さが広がると思いますので、良かったら今後も読んでいただけると嬉しいです。
おわり
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