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アンナ・カレーニナを知った夏

読書記録2 カルミネ・アバーテ著 関口英子訳「海と山のオムレツ」
新潮クレスト・ブックス.2020.

溢れんばかりのごちそうに味蕾が刺激され,読みながら伊・カラブリア州の懐にくるまれているようだった。

親しい人たちと囲む郷土料理の格別の味わい。
それらは,単なる伝統料理の紹介に留まらない。新しい土地を知る度に,主人公は,“新しい郷土料理を足す歓び”を親しい人たちと分け合う。

個人的に一番ビビットだった一皿が「アンナ・カレーニナを知った夏」。唐辛子みたいに全体を引き締めている。
そう。本著の構成は,章立てとしてコース料理の一品を配している。

アルバレシュ語という特異な方言で育った主人公は,ある夏,友人の本棚に吸い寄せられ,本を借りていく。
パヴェーゼの「月と繫火」,サリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」。
知への飢えを癒すようにどんどん読んでいく。
友人と “本を読んだ感想を夢中で交わす” 醍醐味に目覚める。

さらに,地下に大蒜を取りに行き,ボロボロの本「アンナ・カレーニナ」を見つけ,“その価値がわかるようになってから僕の前に現れた本だ”と痛感する。
この辺りからどんどん読書の範囲が広がる。ダンテとボッカッチョ,アントニオ・タブッキ,ecc.

アルバイトで得たお金で初めて買った本の筆頭に,詩人ウンベルト・サバが挙げられており,読み手の私の頬もゆるむ。
“よい書物のページには,本物の物語が大切にしまわれていることを理解していった[p.89]”との記述を見つけた時には,
(そうそう!)とうなづいてた。

横軸に,主人公とその相方による,出稼ぎ先のハンブルグ・途中の北イタリア・トレンティーノの料理が
“新しい味わいを足す生き方”となってテーブルに乗せられる。

縦軸に,シビアな経済格差・出稼ぎ・アイデンティティの模索・望郷の思いがくっきりと描かれている。

登場人物たちは主体的,厳格に選んで切り分けている。
・口にする食べ物
・住まい
・休暇の過ごし方,共に過ごしたい人
・ご馳走をお裾分けする喜び
そして何を考え,書いて残したいのかを。

2022晩夏。読了後に,ぼぅっと内容をひとり反芻する。言語化する前段階のこうした時間は,私にとって欠かせなくなってきている。

アルバレシュの歴史背景については解説がわかりやすい。

著者の「ふたつの海のあいだで」も読んでみたくなった。


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