3つの”en”を大切に。スポーツドクターが「スポーツ人の繋がり」を作る理由。
スポーツドクターとして活躍する傍ら、スポーツに関わる人たちが出会い学ぶためのセミナーを主催する「encounter」を立ち上げた、岩本航先生。
プロ野球ヤクルトスワローズのチームドクターなど、現場の最前線で活動してきた岩本先生が見る、スポーツ医療の課題とは?
そして、「encounter」を作り続ける理由を伺いました。
スポーツ医療のなかに「共通言語」を。
ーーまずお伺いしたいのは、医師としてお仕事をされながら「encounter」を始められたきっかけは何だったのかなぁと。
元々、人と繋がったりとか、人から何かを教わったりするのが好きなんです。セミナーも自分で行ったりとかして。
でも、学ぶ内容や相手を自分で選択したいなと思って。でも、ひとりだけで聞くのはもったいないから、みんなで学べる場が欲しいなぁと。
江戸川病院 岩本 航 先生
それともうひとつ理由があって。トレーナーと医療関係者、つまり病院に勤務する人たちが、垣根なく連携していく必要を感じたからです。
ーーどうしてそのことに気づいたのですか?
現場に出て初めて、スポーツ現場ではたくさんのトレーナーさんが選手に関わっていることを知ったのが大きかったですね。
でも、医療関係者とトレーナーのコミュニケーションがうまくいっていない気がしていたんです。
だから、みんなが共通言語を持ち、情報を共有できる場が欲しいなと思いました。
ーーうまくいかないポイントはどこなのでしょうか?
トレーナーの立場からすると、やっぱり情報が伝達しづらいですね。
選手が怪我をした時に、一旦病院に行ってもらって、帰ってきた後に「どうだった?」と聞いて。トレーナーと医師が直接コミュニケーションが取れない。これがロスだなと思います。
「この先生はこの怪我を見れるんだ」とわかれば、せめて「この選手はこの先生のところに送ってあげたいな」となって、選手をスムーズにサポートできると思うんです。
手術の時の父親の姿が、医師を目指すきっかけに
ーーそもそも、岩本先生がスポーツドクターを目指したきっかけは何だったんですか?
高校時代にラグビーをやって、怪我をして。その時に整形外科医だった父親に手術をしてもらったんです。それまでは自分の高校の教員になって指導者でもいいのかなぁと思った時期もあったんですけれども、手術の時の父親の姿を見たことが大きくて。
「頼りになるなぁ」って思いましたね。今までは家で帰ってきた時の父親しか見ていなかったのが、初めて職場での姿を見て。
手術の後、結構長く入院していたんですよ。2週間くらいかな。元気な患者さんはいつも談話室に集まるんですよ。それで毎日談話室でおじちゃんおばちゃんと話していて。
そこで、父親が患者さんから敬意を払われている姿を見て、こういう仕事がいいなぁと思いました。やりがいがあるなと思いましたね。
ーーなるほど。スポーツへのこだわりはあったんですか?
スポーツ特有の、予想ができない感動ってあるじゃないですか。観戦していてもプレーしていても。それがすごい好きで。一番感動するのがスポーツだなというのが自分の中にはあります。
プレーだけでなく、その背景も好きですね。裏にある人の物語とか。
ヤクルトスワローズに帯同時の岩本先生
ーーまさに岩本先生自身も、ひとりのサポーターとして物語の一部になっているわけですもんね。敬意を持ってもらえるようなやりがいある仕事×スポーツ、でスポーツドクターだったんですね。
そうですね。そこからスポーツドクターを目指し始めましたね。
“en”に込めた3つの意味
ーーencounterで目指しているもの、生み出したいものは何ですか?
それはもう、「スポーツに関わっている人たちみんなが出会える場」ですね。
ーーまさに。”encounter”には「出会う」という意味がありますね。
そうなんです。でも、“en” には3つの意味を込めているんですよ。
人の「縁」。
サークルの「円」。
”encounter” の 「en」 。
2つ目の「円」に関しては、江戸川病院に来る前に3年間沖縄で研修をしていた頃に出会った「ゆいまーる」(※)という、みんながひとつの円になるという考え方が好きで。
※ユイ(結い、協働)+マール(順番)の意で、順番に労力交換を行なうこと、相互補助と訳される。
ーー初めて聞きました…お互いに助け合う、補い合う、という考え方なんですね。
そのほうがいいと思うんですよね。職種の壁とか、自分のエリアを守るのではなく。
人って、ちょっと話したり、ちょっと会っておくと、その後の関係性が変わりますよね。見えないものってやっぱり怖くて。だから一回話せる出会いの場って大事だと思うんです。
SNSでつながりやすくなったけど、リアルな場で会うことも大事なんじゃないかなと。許せるものも広がるし、嫌なことがあっても「あの人なら」って思えるようになる。
現場に帯同しているスポーツドクターの苦労
ーーヤクルトスワローズを始めとして、スポーツ医療の第一線で活躍されている岩本先生ですが、現場でどんな課題を感じられていますか?
問題点として一番大きいのは、現場に帯同しているスポーツドクターの負担が大きいことじゃないかと思います。
そもそも、スポーツドクターにも「現場型」と「待機型」がいます。現場に帯同するドクターと、病院で診察するドクター。僕は一度現場を経験していますけど、現場を経験していないドクターも多いんじゃないかな。みなさんが想像されているのは「現場型」のドクターだと思います。
現場に帯同されているドクターの方は、本当に大変な思いをされています。
金曜日までは病院で働きながら、土日は試合や現場に帯同すると、本人の時間が無くなりますよね。家族との時間だったりとか。そういうのを犠牲にしなきゃいけないというのが…。
さらに、帯同に行ってもすごいお金がもらえるわけではない。交通費しかもらえないところもありますよ。競技によっては、ほぼボランティアという形もある。本当に大変な思いをされています。問題点としては大きいんじゃないかと思います。
みなさん、嫌になったら帯同をやめてしまうので。家族がOKを出している人だけ、現場に残っているという感じです。
「好きだからやってるんでしょ」と言われてしまえば、その一言で終わってしまうのかもしれないですけど、やっぱりご家族の幸せも一緒に…とかね。そういうのも汲み取れる環境整備ができたらいいなと思います。なかなか難しいとは思いますけど。土日行ったら月曜は休みにするとかね。
せめて、現場に行っているドクターへの敬意は、もっと払われてもいいんじゃないかなと思っています。お金だけじゃなくて、世の中の人からリスペクトされること、感謝されることが、やりがいになりますから。
スポーツ医学検定は、資格の「その先」を。
ーーありがとうございます。最後に、スポーツ医学検定に期待することは何かありますか?
「資格のその先」を作って欲しいなと思っています。
今は何を学ぶか、というところにフォーカスしていると思うのですが、受講した方々と考えて、より活用できるようになったらいいんじゃないかと。
ーー実は、ちょうどそういう話をしていました(笑)
例えば、1級を取った人がセミナーを開催できるようにするとか。
その際は是非encounterと共催でやりましょう(笑)
資格を取った人が集まったり議論する場を、一緒に作っていけたらいいですね!
【編集後記】
「人との繋がり」を何度も何度も口にされていたのが、岩本先生の根底にある大切な考え方を映し出しているように感じました。縦割りで分断されがちなスポーツ業界だからこそ、業種や専門の垣根を超えて繋がることの大切さを痛感しました。
(インタビュー・執筆:中村 怜生)
サムネイル画像:Yuko Imanaka
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