双方向の理解が海の安全を守るには必要『知識』は命を守ることができる
小川惠一郎
サーフ90茅ヶ崎ライフセービングクラブ代表、ライフセーバー
半世紀もの間、海の安全を守り続けてきたのが、サーフ90茅ヶ崎ライフセービングクラブの代表を務める小川惠一郎さん。日本赤十字社と茅ヶ崎市消防の救急の指導員資格などを持ち、民間・ボランティアで長年ライフセービングに携わり、豊富な知識と判断力を持ち合わせ、今もなお現役として活動されています。コロナ禍を経て、海のレジャーも通常に戻り始めた今、あらためてライフセーバーとして皆さんに伝えたいことを伺ってきました。
――まずは小川惠一郎さんとライフセービングは、何がきっかけで出会ったのでしょうか。
小川惠一郎(以下小川):僕が18歳のとき、海で受けた赤十字の水上安全法の5日間の講習会がスタートです。水泳もやっていましたから、実技は常にトップだったんですね。それもあって、江ノ島でライフガードをやっていた人からスカウトされて始めました。そこから数えれば、もう50年ですね。
――すごいですね。そして今なお現役のライフセーバーとして活動されていますが、それだけ長く続けていられる理由を教えてください。
小川:初めてライフセービングを始めた18歳のとき、救助率は結構高かったんですね。初年度に多くの人を助けられた、という実感があったことが大きいと思います。もちろん、好きじゃないと続けていられません。こうして、人の命を守ることに実感を持てたことがひとつの理由だと思います。
そして、人の生き死にを目の当たりにしてきた、という経験があるからでしょうね。本当に、いろいろな経験をしてきました。救えた命、救えなかった命。これだけ長くやっていると、その数も多くあります。そういう経験があるからこそ、今も海を守る最前線にいたい、という気持ちが強いのかもしれませんね。
――人の命を守るためにも、自分を鍛え続けないといけないと思うのですが、小川さんは日々どのようなトレーニングをされているのですか?
小川:元々、私は体育施設の管理をする役所関係の仕事をしていたのですが、そのときから、大概の用事は歩くようにしています。自転車、バイク、車はなるべく使わない。それがまずひとつ。
それと、寝る前のストレッチと筋トレ、ナイトラン。これは毎日ではなくて、できるときに必ず組み込んでやっていくようにしています。
やっぱり、実際に年齢を重ねて行くと、ある心配が生まれてきます。今までは自分がチームを引っ張ってきたのに、今度はついていかないといけない。そこで遅れをとってしまったら、みんなに迷惑をかけることになってしまう。年齢を重ねていったときこそ、人に負けないように、持久力にしても何にしても、昔以上にやらないといけない、というのが現状ですね。
それと、体力だけでなく知識、技術ですね。それも常に訓練していかないといけません。自分が訓練することはもちろん、それを後進に伝えたり教えたりすることで、自分も忘れかけていたことを思い出すこともありますよね。そうやって、知識や技術も常にアップデートしています。
それに、やはり現場と実践を知らないと出せない言葉もあります。理論上、こうしたら良いということは議論できますが、実際の救命現場では、机上論では解決できない部分もあって、それはやっぱり経験がないと意見が言えないわけです。ドクターの方々とのミーティングも行いますが、そのあたりは理解して私の言葉に耳を傾けてくれます。そういう部分も、長く現場にいるものの役割なのかな、と思うところはあります。
――今、長く海の安全を守り続けて来られた小川さんから、海を利用する人たちに伝えたいことはありますか?
小川:何がいちばん気をつけないといけないか、というと、やはり『過信』なんです。それから体調不良ですね。自然をなめてかかってしまう、というのがいちばん危ないところです。毎日のように潮は変わるし、波の大小もそうですし、右に流れているのか左に流れているのかも違う。流れの速さも違います。その日その日で状況は刻一刻と変化するので、私たちは浜の入口のインフォメーションボードに記載をするわけです。「今日の潮はこうだよ」、「こういうことが危険だよ」と。でもね、それを見てくれる方が少ないわけです。チームの仲間も一所懸命、その情報を伝える方法を考えてくれているのですが、実際にはなかなか難しいところがあるのも現状です。
――2020年に新型コロナウイルス感染症が流行し、さまざまなものがストップしました。海のレジャーもそうだったと思うのですが、この3年で変わったことはありましたか?
小川:それを皆さんおっしゃるのですが、私たちの浜は海水浴場ではない遊泳危険区域なので、実は何も変わっていないんですよ。むしろ海の利用者は、今までと比べれば増加していたくらいで、新型コロナウイルスが5類になったことで、ようやく今まで通りに戻った、というほうが正解かもしれません。緊急事態宣言下は別として、コロナ禍で旅行や遊びに行くことができませんし、屋内で何かをするとしても密を避けなければなりませんから、今まで通りにはできない。そうなると、ちょっと海でも行こうか、となるんですよ(笑)。遠方からは来ないですが、近場で普段は海に来なかった人たちが利用するようになった、という感じでした。
――密を避けることで、海の利用者が増えていたんですね。
小川:ですから、私たちは活動をストップするわけにはいかないわけです。特に、普段は海に来ない人が海を訪れるようになったわけですから、私たちが想定していない事故が起こることもあります。初めての経験には、事故はつきものですから。なので、そういう意味ではコロナ禍の3年間というのは私たちライフセーバーにとっては決してブランクではなく、むしろ利用者が多く、対応に忙しかった3年間だったと言えます。
――事故にも違いがあったのですか。
小川:そうですね。海に慣れている人たちは、私たちが掲示しているインフォメーションボードで情報を確認してから来てくれます。それが通常の状態です。でもコロナ禍はそうじゃなかった。先ほども言いました“過信”と、“リスク”を理解していないことで起こる事故が多かったですね。
――海を利用するための情報をわかってもらう、伝えるために、小川さんの経験からどういう取り組みが必要だと思われますか?
小川:そうですね……、私たちライフセーバーに言えることは、説得術を身につけることですね。
――説得術、ですか。
小川:はい、1から10を順を追って、きちんとわかりやすく説明することが苦手な人が増えてきた印象です。どうしても1から9に飛んで、10を説明する、というイメージ。途中が抜けてしまうと相手も理解できませんし、そこをきちんと丁寧に説明することが大事だと思います。
ですが、単純に丁寧に説明すればわかってもらえるか、というとそうではありません。その人が海に慣れているかどうかでも違いますし、年齢、性別によっても伝え方や説得をする術は変わってきます。そういう状況を判断しつつ、その人にとってわかりやすい説明をしてあげる。それが説得術です。
ただ、聞く方もきちんと聞く耳を持つ、ということも大切なんですけどね。伝える側もわかりやすく伝えるための説得術を持っていない。そして聞く側も、自分がネットなどで得た知識を信じるばかりで、現場のプロの話に耳を貸さない。両方に問題があるんですよね。相手側を変えることはできないので、それであれば自分たちが説得術を身につければ良い。人をその気にさせるような、物事の伝え方。ここはこれからしっかり勉強していかないといけない部分であり、ライフセーバーの課題だと思います。
――今、ライフセーバーの数は増えているのでしょうか、それとも減っているのでしょうか。
小川:私たちのクラブには、競技をする人たちの集まりはなく、本当の意味で海を守るためにいるので、さほど増減はないかもしれません。
――競技をやっているクラブなどは、今後増える可能性もあるのでしょうか。
小川:ただ、たとえば大学などで競技をやっていた場合、大学卒業と同時にスパッと辞めてしまう人がほとんどで、卒業してからも続けよう、という人の割合で言えば、全体の2~3%程度ではないでしょうか。でも、2~3%のうちのほとんどは消防士になったり、海上保安庁に行ったりするので、やはりライフセービングというもの自体は辞めることになりますよね。
なにより大きな問題は、ライフセービングは仕事にならないんですよ。海外のように年間で仕事ができる状態ではなく、日本は四季がありますから、結局はアルバイト感覚でしかできないわけです。私たちも、結局はボランティアなんです。4月から翌年の3月まで、土曜日、日曜日に有志で集まって活動している。年間を通して、ずっと活動し続けられる環境ではない、ということが、ライフセーバーが増えない大きな原因だと思います。
――小川さんからご覧になって、この現状を打破するための方策などはありますか。
小川:難しいですね……。今は、小学生から大学生までインターンシップボランティアやユースボランティアというものがあって、子どもたちがライフセービングを体験し、実際に海を守る活動をしてもらっています。そういう子たちは、私たちの周りにたくさんいて、そのなかでも残ってくれる子もいるんですよね。そういう子たちが少しずつでも増えていくようにしたいですね。
もちろん、SNSなどのインターネットを通して活動を紹介しています。そのなかで興味を持った人が連絡をしてくれるので、話をして、体験してもらって、そのあとにやるかやらないかを決めてください、としています。やはり、ライフセービングは命を守る活動ですから、本人が納得して、自分から続けたいと思ってもらわないとできない仕事だと思いますから。本人の意志を大事にしています。
――そう考えれば、海の安全を守るためにライフセーバーの数を増やすのではなく、双方向の理解というか、利用者も海に対する知識をつけてもらうことが、命を守るうえで大事になりますね。
小川:海外の方が日本に観光で訪れるとき、とても日本のことを勉強されて来られますよね。日本人以上に日本の歴史を知っているというか。そういう考え方が、海だけではなく、自然のアクティビティに対しても持てるようになると、海の事故は今までよりも減らせるのではないでしょうか。
だから、ぜひ海に来たらインフォメーションボードを見てもらったり、ライフセーバーに声を掛けていただいて、いろいろ質問をしたりしてもらいたいですね。
――小川さんがこれほどライフセービングという仕事に情熱を注ぐことができる一番の理由は何かありますか。
小川:仲間がいるからですね。ずっと携わってきた人たちは、みんな仲間ですよ。みんな年をとってきましたけど、ずっとつながってきた。それが下の人たちにも同じように仲間としてつながっていけば、ずっとそのつながりが続いていく。それがいちばんですよね。
ライフセービングは、現状はボランティアなのでいつでも辞めることはできます。でも、継続は力なり、じゃないですけれど、もし私たちが辞めてしまったらそこですべてが終わってしまう。それは自分としては許されないことなのです。責任や信頼など、いろんなものがもう私たちの背中には乗っているわけであって、それを崩すことはできません。そういう積み重ねやつながりによって、今の海の安全を作り上げているのだと思うのです。
――素敵ですね。小川さんが今、ライフセービングを通して伝えたいメッセージを教えてもらえますか。
小川:有言実行ですね。自分が言ったことは、最後まできちんとやること。それが人から信頼を得られる大きな理由になりますから。それと、私から見て思うのは、社会に入ると守りに入る人がとても多くなる。それだけではダメ。特にライフセービングという仕事は、守っていては判断が遅れてしまいます。一瞬の判断が命を左右するのであれば、攻めた判断をしなければならないときもあります。要は、自分が信頼されたければ、責任を持って行動すること。これが大事だといつもチームには伝えています。いつも「考えるな、感じろ」と言っていますが、それを守ってくれれば、自分も含めてですけど、ちゃんと前に進んでいくことができるのではないかと思っています。
――大切なことですね。最後になりますが、小川さんがライフセーバーとして大事にされているものというか、信念というのは何なのでしょうか。
小川:考える前に、身体を動かすことですね。やはり自分が行動しないといけないというか。それはレスキューだけじゃなくて、いろんなことも含めてですね。今振り返ってみると、なんだか反射的に動いているんですよね。先読みした状態というかな。この場合はあれこれと考えていたら、致命的なことになりかねないわけですから。そう考えると、人間的じゃなくて、動物的なのかもしれませんね(笑)。
それと、怖いと思うことを大事にしています。僕らも海に対しても、救助に対しても最初に『怖い』と思っていますから。もし怖くないなんて言う人がいたら、それは嘘です。何をする、行動する、ということは、どんなことでも最初は怖いんです。その怖いという気持ちが、命を守ってくれるのです。
――今日はありがとうございました!
◇プロフィール◇
小川惠一郎(おがわ・けいいちろう)
東京日本橋生まれ。3歳の時鵠沼に移り住み26歳で茅ヶ崎へ。少年時代から運動神経に長けていたこともあり水泳部に在籍。その才能は水中だけでなく、陸上部の試合に駆り出されたほど陸の上でも発揮されていた。18歳で赤十字の水上安全法のライセンスを取得し、西浜のクラブに入りライフセーバーを始める。その後スイミングスクールのコーチやプールの施設管理など海と関わりを続けてきた。1999年に発足した茅ヶ崎ヘッドランドビーチを活動場所とする「サーフ90茅ヶ崎ライフセービングクラブ」の代表を務め、今なお現役のライフセーバーとして海の安全を守り続けている。また、父親の知人の飲食店を手伝いながら料理を学び、調理師の免許も保持している。
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