
健康に「正解」はない。唯一の道は、自分にとっての「健康」を見つけていくこと。
前編では、NPO・競技団体・現場と、あらゆる立場からスポーツ現場の「安全」にアプローチしているからこそ持っている知見を共有していただきました。
しかし一原さんの取り組みは「スポーツ」だけにとどまりません。コードブック株式会社の執行役員として、企業向けの研修プログラムという形で、企業人の健康にもアプローチしています。
スポーツ内でも広い視野を持って活動されていた一原さん。その射程はスポーツの外にまで向けられていたのです。
プロフィール:一原克裕(いちはら・かつひろ)さん
1983年生まれ。千葉県野田市出身。BOC公認アスレティックトレーナー 。
現在、コードブック株式会社執行役員として健康事業事業を行う傍ら、NPO法人スポーツセーフティージャパンでスポーツ現場の安全管理体制の啓蒙を行っている。
2008年 早稲田大学人間科学部健康福祉科学科卒業
2011年 Bridgewater State University Athletic Training専攻修士課程修了
2012-2014 MLB シアトルマリナーズ
2015-2019 早稲田大学米式蹴球部
2015-現在 NPO法人スポーツセーフティージャパン
2018-現在 武蔵大学男子ラクロス部
2019-現在 コードブック株式会社 執行役員
2020-現在 日本ラクロス協会医科学委員会 常任委員
スポーツトレーナーが、より社会に貢献できる可能性
主にスポーツの世界で活動してきた一原さんが、スポーツ以外の領域にアプローチする理由。それはアスレティックトレーナーの社会的意義を考え続けた結果、生まれたものでした。
「スポーツの世界では当たり前のことが、一般の方々にとっては当たり前じゃないことが多いと気づきました。
アスリートの人口と一般の人口とを比べた時に、からだの知識をを必要としている人は、後者の方が圧倒的に多い。
そこに対して、僕たちトレーナーが貢献できる可能性を感じました。」
スポーツに関わっていない一般の方々に、スポーツの世界で得た知見を還元することを目指しています。
休日ではなく、会社にいる時間を使って「健康」にアプローチする
企業に勤める一般の方々が「健康」を維持するために取るアクションは、どんなものがあるでしょうか?食事に気を使ったり、ジムや自宅でトレーニングをしたり。
しかし、多くの行動は「会社以外」で行われるもの。ここに一原さんの問題意識があります。
「皆さんが1日の中で過ごす場所は『会社』が圧倒的に多くを占めています。多くの方は、週5日会社で働いている時は我慢をして、土日にリカバリーをしようとする方って意外と多いですよね。
しかし私たちは、企業の皆さんと『会社として従業員が生き生きと持続可能な状態で働くためにできること』を、健康経営の文脈で共に考え、チャレンジしています。」
人生の多くを占める「働いている」時間を使って、どのように「健康」を育んでいくのか?
その問題意識に支えられて、コードブックはクライアントの社員1人ひとりに合った、オフラインとオンライン混合のコンテンツを届けています。
「感情が麻痺してしまっているのだと思いました」
コードブックが重視しているのは、自分のからだと心の状態を振り返り、自らマネージできる能力を持つこと。「ボディスキャン」と呼ばれる振り返り時間の重要性を、企業研修の導入時に必ず伝えています。
コードブックが提供している「ボディスキャン」についてのオンラインコンテンツ
トレーニングやストレッチなど実際の運動を行う前に、なぜ自分のからだと心の状態を理解することが重要なのでしょうか?
一原さんは、研修の際に経験したあるエピソードを教えてくれました。
その研修では、プログラム前後で感情の状態を把握するアンケートを取ったそう。
「『生き生きしていない』と回答している人がものすごく多かったです。ここまでは予想の範囲内でした。
しかし面白かったのは、『イライラしている』などのネガティブな項目の回答も、同じように無かったんですね。」
生き生きできていない原因は、ネガティブな感情が生まれるからではなかった。では原因はどこにあるのか…?
一原さんはこう分析します。
「自分が生き生きしている状態すら忘れてしまっている。感情が麻痺してしまっているのだと思いました。」
自分の感情を捉えることができない。つまり、日常の中で自分の状態を理解することができていなかったのではないか。
「常に何かに対して頭は働いている。そうしているうちに、自分のからだや感情の状態を把握できなくなってしまうのだと思います。」
企業で働く方々が「自分と向き合えていない」ことが課題ではないかと思い始めた一原さん。その洞察の確からしさを証明するように、反響の大きかった研修内容は、トレーニングでもストレッチでもない、シンプルで簡単なプログラム。
「よく研修後に反響を頂くのは、運動に興味がなかったり、苦手な方々が身体と心の変化を実感していただけるオフィスでもできるプログラムです。
服を着替えて、重りを持って、汗をかく。こういった一般的な運動のイメージを一度変えることによって、自分が心地よい状態を見つけるきっかけを与えます。研修最後に行う瞑想の時間も思った以上にポジティブな反応が多い。
5分間何もしないで、ただ目を閉じて時間を過ごす。でもそんな時間を過ごしたことが過去数ヶ月の間にありましたか?と聞くと、なかなかいらっしゃらない。だからこそ、仕事から離れ、頭をリセットする時間の効果を実感していただいたのだと思います。」
コードブックが提供する企業研修(ウェルネスプログラム)の様子
心身の健康のキーワードは「循環」
健康の第一歩として「自分の状態を理解する」重要性を強調する一原さん。
すると唐突に「僕のなかでは『循環』がキーワードなんです」と語り始めます。一体どういうことなのでしょうか?
「体の状態がいい時は、交感神経と副交感神経のバランスが取れている状態です。心臓だって、拍動があるから生きている。」
私たちは、常に一定した状態を求めがちです。それが「安定」だと考えていることが多い。しかし、一原さんは正反対の視点に立ちます。
「安定は『ここから動かないもの』というイメージを持ちがちですが、そうじゃない。そのまま動かないということは、滞っている状態なんです。『循環』ができていないんです。」
悩みが自分の中で滞ってしまうから、精神的に調子を崩してしまう。からだも、血液が滞ってしまうと調子を崩す。人生も、アップダウンがあって当たり前。
すべてを滞らせずに『循環』させていくこと。それが、からだにとっても心にとっても、人生にとっても重要なのです。
1人ひとり、自分だけの「健康」の定義がある
心身の健康のために重要な『循環』というキーワード。さらにお話は本質へと迫っていきます。
一原さんが挙げた問いは、そもそも「健康」とは何なのか?というもの。
一原さんは、1人ひとりに異なる「健康」のあり方があると語ります。
「人によって振れ幅が大きい方がアクティブに動ける人もいるし、 逆に振れ幅が大きいと耐えきれない人もいる。それぞれ自分に合ったパターンがあるんですよね。」
「健康診断で悪い数値が出ないことを『健康』とする人もいれば、 健康診断の結果は良くても、肩こりがあることによって『健康じゃない』という人もいる。
一言に『健康になりましょう』と言っても、自分にとっての『健康』の状態によって、必要なことは変わってきます。」
まずは、自分にとっての「健康」を定義すること。そこに対して取るべきアクションも、人それぞれ違う。自分にとっての正解を見つけていくことが大切なのです。
「あるべき場所にあるべきものがない」ことに対してパッションを感じる
ここまで、前編ではスポーツ領域での多様な立場での活動、後編ではスポーツ以外の領域の活動をご紹介してきました。トレーナーとしては稀な活動領域の広さを持つ一原さん。
しかしご本人のなかでは、活動は全て「ある想い」で貫かれていました。
「『あるべき場所にあるべきものがない』ことで、誰かが困っている。そこに対して無条件にパッションが出るんです。それが根底にあるモチベーションなんです。」
「あるべき場所にあるべきものがない」ことに対して熱量を持つきっかけは、高校時代の経験にありました。野球をやっていた一原さんは、怪我を負ってしまうも、アスレチックトレーナーのサポートを受けて無事に最後までプレーできたのです。
「自分がサポートする側に立った今、『いまの知識がある状態で高校時代に戻れたら、もっとやれたかもしれない』と思います。あの時の自分が救われたように、いま自分が貢献すべき場所はたくさんあります。」
高校時代の経験がきっかけでトレーナーを志し、大学卒業後はアメリカに渡り最先端の現場でトレーナーとしての知見を深め帰国。
「いま貢献すべき場所はたくさんある」。現在はスポーツ領域にとどまらず、知見を広く届けることを目指している一原さんは、今後も「あるべき場所にあるべきものを」届けるため、「スポーツの安全」と「健康」を当たり前のものにするため、歩みを進めています。
(インタビュー・執筆:中村 怜生|サムネイル画像:Yuko Imanaka)
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