高校ラグビーの競技者減少にクボタ・岸岡選手は何を考えるか
ラグビーW杯での快進撃、新リーグ構想など大きな変革期を迎えた日本ラグビー界。その一方で、2020年度の高体連のデータによると、高体連に登録しているラグビー部を持つ高校の数は925校で、登録された部員数は1万9695人。実はこの数字、10年前と比較して学校数では207校、競技者数では5684人も減少しています。
つまり、日本ラグビーはメディアの力によって大きな盛り上がりを見せていましたが、ラグビー部を選択する高校生は減り続けており、次世代のラグビーの担い手不足が目下の課題となっているのです。
今回は、なぜラグビーの競技人口は減り続けているのか、そこに対してどういった取り組みをすべきか、クボタスピアーズに所属する岸岡選手にインタビューしました。
クボタスピアーズ提供
大阪府出身。早稲田大学卒業後、2020年にクボタに加入。大学時代からnoteやTwitterでラグビーのスキル、ノウハウについて情報発信を続けている。2021年5月には自ら各地に赴き、全国8カ所でラグビー教室を開催することを発表した。
なぜ、高校ラグビーの競技者は減っているのか
ーーメディアでの露出回数が以前よりも増えたにも関わらず、高校ラグビーの競技者数は減少傾向にあります。少子化の影響もあるとは思いますが、選手目線ではその他にどういった要因があると考えられますか?
岸岡選手:
高校レベルの競技者の減少は、そもそも彼らを指導する人間が減っているからだと思います。特に地方ほど、ラグビー経験者ではない人がラグビー部の顧問になっている現状だったり、部活自体がなくなってしまっていると聞きます。高校でラグビーをしたいと思っている生徒がいても、場所によっては彼らを受け入れる体制ができていないのです。
ーーそれでは、なぜ指導者が不足しているのでしょうか?
岸岡選手:
正直なところ、学校の部活動の顧問になってもメリットがないからだと思います。学校教育の中で、教員が部活動の顧問を引き受ける大変さはとてつもないんです。これは僕も大学時代の教育実習で実感して、この環境では部活動の顧問は続けられないと思いました。学校の教員はただでさえ忙しいので、放課後や土日に部活動の顧問を務めること自体が、すごい熱量が必要になります。
都心部にあるラグビーの強豪校では、ラグビー部自体がその学校のブランドになっているので、お金や人材もそこに投じることができますし、専門のコーチを外部から呼ぶことも可能です。一方、弱小のラグビー部は強くなる以前に、部を継続すること自体が難しいというのが現状でして、格差が広がっていると思います。結果的に地方のラグビーの衰退が加速している状況になっています。
ーー都心部の強豪校は優秀な人材が集まり、地方の弱小校は衰退していく…。構造的な問題で地域間のラグビーの格差が生まれているのですね。
岸岡選手:
そうですね。また、選手の移動も都心部への一極集中を加速させています。中学から高校に進学するタイミングで優秀な選手ほど都心部に流れているのです。寮や練習設備など、都心部で花園に出場するような強豪校は地方から優秀な選手を受け入れる体制ができています。都心部の強豪校への進学は、選手本人からすればレベルアップの機会として、または大学へのアピールとして、必要な判断だとは思います。一方で、そういった優秀な選手が地方からいなくなる影響も大きいと思っています。
優秀な選手は周りの選手にラグビーを続けるモチベーションをくれる人が多いのです。その選手がいるだけで、こいつと一緒なら頑張ってみようかな、ラグビーを続けてみようかなと思わせてくれているのです。
実は、僕も小学校から中学校に進学するタイミングでラグビーをやめようと考えたことがありましたが、中学校で続けるきっかけをくれたのが自分よりうまい同級生の存在でした。彼が「中学校でも一緒にラグビーやろう」と誘ってくれたので、今の自分があります。
岸岡選手はSNSでも競技人口問題について発信している
ラグビーに関わる選択肢を増やす
ーー優秀な選手が引き抜かれるというのは、その選手が単純にいなくなるだけではなく、周りの選手にも影響が出るということなのですね。高校のラグビー部が衰退していく中で、部活を廃止してクラブとして切り替える高校も出てきています。いわゆる花園を目指すのではなく、スポーツしてのラグビーを楽しもうという流れにも感じます。
岸岡選手:
個人的な意見ですが、こういうクラブはもっと出てきていいんじゃないかなと思っています。勝つためのラグビーが全てではないですし、部活という括りも絶対に必要なものではないです。では、こういったクラブは何を目指すべきか、というのは難しい問題ですが、高校ラグビーのクラブ化は現状打破のための一歩を踏み出していることは間違いないと思います。
高校からラグビーを始めるきっかけはほとんどないので、今ラグビーをしている生徒に、どうラグビーを続けてもらうかにフォーカスして環境を整えていくことが、まずは大切なんです。そのためには、ラグビーを続けられる環境と続けたいと思う環境の両方を整備していくことが求められます。このようなクラブが増えることで、どのようにラグビーに関わっていくかの選択肢が増え、結果としてラグビーを続けやすくなる環境が生まれていると思います。
クラブとしての活動に取り組む湘南アルタイルズ
(湘南アルタイルズのHPより引用)
ーーそもそも、他のスポーツと比べてラグビーがサークル的に楽しまれている印象はあまりないのですが、岸岡選手の目から見ていかがでしょうか?
岸岡選手:
間違いないと思います。ラグビーの根本は激しいタックルや体のぶつけ合いにあるので、怪我はつきものです。競技の特性的に、サークル的な楽しまれやすさは他の競技に分があるとと思っています。一方で、タッチラグビーやビーチラグビーなど、体をコンタクトしない楽しみ方もあります。
こういった競技は、怪我はしたくないけどラグビーを続けたいと思う人などにとって、セカンドキャリア的な立ち位置にもなっています。ラグビー人口をどうやって増やしていくかという課題に対して、ラグビーそのものの人口で考えるのではなく、同じ楕円球を使うという大きなコミュニティで考えて、ラグビーに関わり続けられる人を増やしていくことが必要になっていると思います。
ーーいわゆる部活動としてのラグビーに囚われるのではなく、クラブ化やタッチラグビーなど、ラグビーの裾野を広げて選手を増やしていくことが求められているのですね。一方で、冒頭にお伺いした指導者不足についてはどういった解決が求められるのでしょうか?
岸岡選手:
指導者も定義を変えていく必要があると思っています。先ほどお話ししたように、学校の顧問が一人で頑張り続けるというのは限界があります。学校の顧問だけがラグビー部やクラブに関わるのではなく、あらゆる形で関わってくれる人の存在を増やしていく必要があると思っています。そのためには、関わってくれる人を受け入れる側もどういった人材が必要になっているのかを明確にしていくことも重要なのだと思います。
勝利至上主義が生んだ弊害
ーー先ほど、「ラグビーをやめたい」と思ったことがあるとお話しいただきましたが、やめたいと思った理由は何だったのでしょうか?
岸岡選手:
ラグビースクールの練習がきつかったからですね(笑)。僕が小学生のときから、小学生向けの全国大会「ヒーローズカップ」という大会が始まったのですが、その大会の優勝に向けてラグビースクールのコーチ陣が本気になり始めたんです。そうなるとスクールは完全に実力主義になったんです。実力ごとにA、B、Cとチームが分けられて、試合に出る選手と出られない選手が明確に区切られるようになりました。
みんな試合に出るため、試合に勝つために必死に頑張るのですが、結果的に試合に出られなかった人間や試合に勝てなかった人間は「自分は通用しない」と実感することになります。小学生でそんな体験をしたところで、ラグビー楽しい!続けたい!と思わないですよね?
当時、僕も通用しない側の人間なんだなと思っていました。でも、同級生のおかげでラグビーを続けることになり、中学校で諦めずに頑張れました。その結果、中学校でオール大阪(大阪の選抜選手)に選ばれて、ようやく自分に自信がついたんです。
ーーラグビー本来の楽しさを感じられないのは、勝利至上主義の弊害なのかもしれませんね。
岸岡選手:
ラグビーから学べることって勝ち負け以外にも多くあると思うんです。僕はラグビーを通して人間的に成長させてもらったので。ただ、現状は勝利至上主義に偏りすぎているように感じます。OBとしてラグビースクールの全国大会を見学したことがあるのですが、小学生のレベルの高さに驚かされた一方で、かわいそうだなとも思ったんです。メンバー選考に漏れて、会場に来ることすらできていないメンバーもいました。この日大会に来ることができなかったメンバーのうち、何人がラグビーを続けてくれるのだろうと。
実際、僕のラグビースクールでは同じ学年のメンバーの大半が中学校進学へのタイミングでラグビーをやめることになりました。中学校で続けたメンバーもいましたが、ほとんどは途中で退部しました。結果、高校進学後もラグビーを続けていたのは、僕と僕を勧誘してくれた同級生の二人だけでした。
個人的な意見ですが、勝利至上主義はどのスポーツにおいても存在すると思います。ただ、サッカーや野球と比べてマイナースポーツのラグビーがこの状態ではダメだと思うんです。大人は本気になって勝利を目指している一方で、勝利にこだわるあまりに子供に勝ち負けを押し付けているように見えます。この環境では、ラグビーを続けられるのは一部の上手い選手だけで、大半はラグビーの本当の価値を知らないままラグビーを辞めてしまうんだと思うんです。
全国ラグビー教室で地方格差に一石を投じる
ーー岸岡選手は今年から全国8カ所に自ら赴きラグビーの指導を行う「全国ラグビー教室」を始められましたが、スタートのきっかけは何だったのでしょうか?
岸岡選手:
SNSでの発信を続けていく中で、学生からの反応で気づいたのが地方におけるラグビーの情報格差なんです。先ほど、お伝えしたように地方ではラグビーの指導者不足が原因で、スキルや知識の部分のレベル差はどうしても生まれてしまう状態になっています。そういった環境的な課題について、僕に投げかけてくれる中高生はたくさんいて、僕もSNSを通じて、それを目にしてきました。
今まで、SNSを使って、オンラインでスキルやノウハウを発信してきましたが、次のステップとして、足を現地に運んで彼らに直接何か伝えられないかと考えたことがきっかけになります。
ーー実際にスタートしてみて、周りの反応はいかがでしょうか?
岸岡選手:
まだ始めたばかりなのですが、喜んでいただいているというのを実感できています。この部分を真似してみよう、こうするともっと上手くできるなど、子供達が向上心を持つ機会を作れているかなと思っています。上達する過程を楽しんでもらうことで、ラグビーを続けたいというきっかけになれたらと願っています。
また、全国ラグビー教室を始めてから受け入れ側の意識も少しずつ変わってきたように思います。僕の活動を知った新潟県のラグビー協会から直接オファーいただくこともできました。ラグビーのスキルの部分で僕が教えられない部分もあると思うので、他のトップリーガーも派遣できるようにしてきたいですね。僕以外でも全国ラグビー教室をやりたい選手が出てきたり、受け入れたいですという地域が出てきたりと活動が広がっていけばいいなと思っています。
ーー岸岡選手は休日も使って全国ラグビー教室に取り組まれています。また、インタビューを通して「ラグビー界全体を良くしたい」という使命感のようなものも感じました。
岸岡選手:
使命感というよりも、トップリーグの一選手として、日本のラグビー界に貢献することが役割だと思っているんです。憧れの選手がいるから、そのチームを目指そうと思う子供達も多い。そういった志を持つ子供が増えれば、ラグビーは本当の意味でもっと盛り上がっていくと思うんです。トップリーグの選手として憧れるプレーをするだけじゃなくて、憧れる存在にならないといけないと思っていて、全国ラグビー教室などの活動を通じてその役割を果たしていきたいと思っています。
ーーありがとうございました。
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