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朝永振一郎『物理学とは何だろうか』【基礎教養部】[20210725]

今回は朝永振一郎『物理学とは何だろうか』の紹介をした。この本は僕が初めてkindleで購入した本でもあり,コロナで大学の始業が遅れたため暇つぶしとして読み始めた記憶がある。僕は物理が好きで物理学科にいる人間であるが,この本を読んでもっと物理が好きになった。

高校では力学・電磁気学・熱力学・波動・前期量子論を学ぶことになっており,僕もこれらを勉強した。しかし,学校の授業で扱う内容は単に物理的な事実と公式,それらを問題にどう応用して解いていくのかという形式的なことのみであった。僕は予備校で某物理講師の授業を受けていたため多少は分野が発達した背景についても学ぶ機会があったが,そこまで力を入れて調べたことは無く,分野の繋がりや歴史についてはあまりピンときていなかったと思う。

高校で習う物理の中でよくわからないのが熱力学だと思う。気体の状態方程式 PV = nRT や熱力学第一法則 Q = ΔU + W を,等温操作や断熱操作をした後の気体の温度はいくらでしょうかといったような問題に当てはめるだけ。入試問題でもあまり出てこないし,出てきたとしてもそこまで難しくない。(入試では他の分野と絡んで出題されることが多く難しい場合もあるが,それは熱力学の難しさではないと思う。)熱力学と言えばこのように公式を当てはめるだけの作業という認識をしている人も多いのではないだろうか。僕も大学に入ってこの本を読み,自分で本を買って熱力学を体系的に学ぶまではそのような認識が少なからずあった。

この本を読めば,熱力学の成り立ちや他分野との関わり,さらに気体分子運動論の成立途中が混沌としている様子がわかると思う。高校で習った公式が鮮やかになるのはもちろんだが,それを少し発展させればすぐに熱力学第二法則やエントロピーといった概念に到達することもわかる。しかもそれはとても自然な発想であり,その背後には19世紀の産業革命後の世界と密接に関わっているという実感が持てるはずである。熱力学を公式に当てはめるものというイメージで終わらせてしまうのはとても勿体ない。熱力学は最も身近な分野とも言えるからだ。マクロな視点で物事を捉え,構成する物質に関係なく統一的な議論を試みているというのは,物理の他のあらゆる分野にはない熱力学の特徴だ。それをこの本を読んで実感してほしい。

また,この本を読んで熱力学に興味を持った方は是非田崎晴明『熱力学―現代的な視点から (新物理学シリーズ)』を手に取ってほしい。これは大学教養レベルの熱力学の本だが,前半は数式が全く出てこない。力学の仕事の概念がわかっていれば十分読める。第6章のエントロピーまではこのノリで読めて,第6章まで読めば熱力学の全体的な構造を把握しきったと言ってもいい。解説も丁寧で筆者の物理観も交えながら熱力学を語っているため読みやすく,『物理学とは何だろうか』が面白く読めた人はこの本も面白く読めると思う。物理的なものの見方を育てるという観点からも適している本であるため,これを機に本格的な熱力学の世界を楽しんでみるのはどうだろうか。


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