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【フィクション】植物と愛


無印で買った多肉植物を、2週間ほどでダメにしてしまったことがある。育てやすく人気、という触れ込みはいったいなんだったんだろう。いのちを粗雑にしか扱えなかったことに、自分で傷ついた。


そんな前科があるから、生活に新たに植物を招き入れるまで、2年以上ためらいつづけた。

またすぐ枯らしてしまうのでは? 疲れて面倒になった日は、手をかけられないのでは? 

そうやって悶々と悩んでいる間に、向こうから飛び込んできた。というのは語弊があるが、姪っ子が切り花を一輪くれたのである。


「みーちゃん、おたんじょうびおめでとう。おかあさんといっしょにえらんできたの」

母の元へ行く予定だったという姉が、私の誕生日を思い出し、途中で寄ってくれた。連れられてきた姪が、私にオレンジのガーベラを手渡してくる。花びらがたくさんついた明るい色のそれは、一輪しかなくてもその場をぱっと華やかに彩った。

「里穂が、どうしてもお花をあげたいって張り切っちゃって。よかったら飾ってやって。花瓶はなければペットボトルでもいいと思うよ」

「ありがとう。私、ガーベラって結構好き」

ちょうど空いていたペットボトルがあったので、軽く洗って水を入れ、花を生けてみる。それを玄関に飾ると、里穂は声をあげて笑った。

「きれいねえ〜」

つぶらな瞳がきらきら光っている。彼女の無垢な感動と歓びが伝わってくる。私も嬉しくなり、「本当にきれい。りっちゃんありがとう」と頭をなでた。


この花を長持ちさせたくて、まずはかわいい花瓶を買った。ガラス製の、一輪挿し用の小ぶりのものだ。シンプルだからこそ、花のうつくしさが際立った。

そして、手入れについてもいろいろと調べた。水は毎日変え、入れ物も洗うこと。少しずつ茎をカットすること。鮮度保持剤を使うこと。そのどれもを試した。

そうすると意外と長持ちしてくれた。2〜3日くらいしか咲かないのかと思いきや、1週間も元気だったのである。


自信を取り戻した私は、改めて多肉植物も育て始めた。前回の2週間を越えても元気なままなので、一旦ホッとする。前と同じところに置いているし、水をやる頻度も変わっていないような気がするけれど、なんでだろう?

少し考え、「あっ」と思う。
もしかしたらあのときは、家の中に負のオーラが充満していたのかも。長年付き合ってきた恋人と別れ、自暴自棄だったから。

毎晩泣き、街で思い出の場所を見かけるとまた泣いた。呪詛を唱え、毎週末飲んだくれては酔いつぶれた。いま思えば笑える荒れ方だ。荒れたことのないやつが思いつく、ちゃちな行動の数々。しかしあの頃は必死だった。

そんな環境の中では植物も嫌になるだろう。そもそも多肉を買ったのは、失恋の傷をなんとか他のいのちで癒そうとしたからだったのではなかったか。なんとも浅はかだ。


いまは自分の穴を埋めるためではなく、その存在自体を愛でるために、植物を育てることができている。自分自身のために相手の愛を吸い尽くしてしまうのではなく、互いに思いやってこそ愛は成立する。

植物から、やさしく教わった気がする。


最後まで読んでくれて、ありがとうございます!