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擁護側ばっかり弁が立つんじゃあ、それこそ公平性に難あり、でしょう?/蛇足/おまけ Mリーグの目無し問題についてⅢ

ここから先はゴシップです。殴ります。


去年の最終戦の何が良かったって、不本意ながら黒子を務めた彼の表情、仕草、声、それら雰囲気で黒子を完璧に演じていたから、見事に消えていたからだ。
打ち回しで消えていただけでなく、表情、声、仕草、それら雰囲気でも見事に消えていたからライト層からまでも称賛されたんだ。
去年黒子が称賛されてしまったってのもあって、今年わざわざ見せ付けるかのようにやっただろ、フラット打ちを。下の下だ。
お前らの思想発表の場所じゃねえぞエンタメ事業は決勝戦は最終戦は。教化のための講壇にでもしたつもりか。オリンピックの表彰台で抗議のポーズを示してみせたつもりか。
大きな舞台でこれをやれば、初めて観た人たちに刷り込みになって、スタンダードな思想スタンダードな価値観という地位を手に入れられるとでも夢想したか?下の下だ。下の下の下だ。
現実はどうだ。同じ宗派の人はますます崇めてくれるだろう。でも他はどうだ。教化されるのではなくただ居なくなるだけ。
私が雇い主で万が一無断であれをやったら即時契約解除案件だ。
自らの思想に殉じて静かに散るならばまだしも、これみよがしにやる必要がどこにあった。

やれることもやらないで、給料分の仕事もせずに、能書きばかりたらたらたーらたら花粉症の時の鼻水みたいにいつまでも途切れない。

チームにもう一人居るやろ。そいつの覚悟こそ一級品や。純文学の世界にいつでも逃げ帰れるお前ら三流の覚悟とは格が違う。このご時世に退路を断ってこの世界に飛び込んできたホンマもんの酔狂者や。間違いなくこっち側で一緒に戦ってる。だからみんな、もっと観たいって言うんやぞ、給料分も働かない三兄弟より給料分以上に働いてる一人を、エンタメで三人の尻拭いをしている苦労人を。学べやお前ら。麻雀は教えて、エンタメは学べや、エンタメも研究せえ、十歩も二十歩も遅れてんぞ。

まだしもなあ、いっつもいっつもいっつもいっつも周りに迷惑を掛けることを第一に麻雀やってる全体一位さんか、無慈悲なことをやってむしろ様になる神が出て同じ事やってればギリギリギリギリエンタメとして及第点だったよ。

お前ら去年の最終戦の何を見とったんや。あれを見て、いい決勝戦だったなあ、いい最終戦だったなあ、って気持ちを共有出来ないなら、エンタメにお前らの居場所はない。

私が好きな選手はみんな、エンタメを舐めてないしエンタメを馬鹿にしていない。

純文学の登場人物が大衆文学の世界に迷い込んで何やら暗いことばかり考えているのはそれはそれで滑稽話として面白そうではある。滑稽話としては、な。誰も喜劇を観に来てないんだよ決勝戦に最終戦に。


麻雀に対してかつてライト層の抱いたギャンブルのイメージから、競技性だけ抜き取るために大いなる苦労があったのだろう。
そして今またライト層の数の暴力に奪い返されそうで気味が悪いか。
競技性だけにやっとなってきたところに今度はエンタメ性という巨大外来種がやってきて協力しようと言ってきて、でも食われてしまうんじゃないかと感じて怯えている、警戒している。
理想は将棋のように競技性ありき、副産物としてのタレント性という順序で広く受け入れてもらいたいという本心、もとい野心があり。
獅子身中の虫として飛び込んで、偵察するなり邪魔をするなり内側から競技性を浸透さすなりしようと考えている。
そして今回、あまりに目立ちすぎた。それとも狙い通りかな。
浸透できないならせめて嫌われてしまえというのもBプランとしてあったんじゃないか、線引きを明確にして棲み分けできるならそれもよしと。さらにZプランとして最悪事業を潰してしまってもそれはそれでいいとすら。
最高峰の舞台で戦うということよりもむしろ、最高峰の舞台を造ろうとすることを目的にして参加しているからエンタメ性への協力傾向が著しく低い。
競技性の確立よりも、クリーンな知的競技として広く普及さすという野望で加わった選手たちは存外上手くエンタメ性に溶け込んでいって、昔は仲間だと思っていたあいつもかアイツもか、なんて。
プレーや人生に合理性を追究するなら、エンタメ性も合理になら組み込んで納得することができた。合理的で在ろうとすることは主義思想とはレイヤーが違うから。
だが、ある種の潔癖で競技性の純度を高めていきたいと思っているとそれは合理ではなく主義思想であるから、エンタメ性の主義思想とは相容れない。
リーグには様々な思惑が入り交じっている。
もともとエンタメ的な思想でやってきた人たち、合理的に身のこなす人たち、競技性の純度を高めたい人たち、あと、直感的にこの舞台に飛び込んで直感に従って生きる人たち、さらにはいくつかを併せ持つマーブルなパーソナリティー。
白い巨塔ならぬ白い十三不塔?ハッハそれじゃあ白一色だ(正確には塔じゃなくて搭だっけか)。
まあこんな見方も面白いかもしれない?ほとんど妄想だけれども。


議論をするのに一方の陣営ばかりに弁の立つ者が多いとき、弁論に不明な相手の言い分を言語化して「お前が言いたいことはこういうことか」「お前はこう思っているのか」と提示提供するのは暗黙のルール、紳士協定みたいなものだ。
そうしないと弁の立つ者が多い方か、感情に訴えるのが上手い方が勝つことになり、議論の競技性が害なわれる、議論の公平性が害なわれる。
でも暗黙のルールとか紳士協定は嫌いなんでしょ?でもでも競技性や公平性が害なわれるのは嫌なんでしょ?
どっち!?嫌いと嫌はどっちが大きい?
ざっと見渡したところ公平性三羽烏の陣営の方が弁の立つ者は多そうである。しかし何がなんでも議論に公平性をという雰囲気ではなく、近くに味方がたくさん見えるから安心しているようである。遠くには味方よりたくさんの敵が居るやもしれないけれど。
どうやら公平性三羽烏もあらゆることに公平性を求める公平性の権化というわけではないようなので、あるいは議論自体を避けて多数決に委ねるしかないと諦めているようなので、いっぺん頭を空っぽにして斜に構えるのをやめてみて、明言してエンタメの場ではエンタメをやり競技の場では競技をやればよいと思う所存である。状況に応じてあらゆる引き出しを使い分けるのは、プロ雀士の本分ではなかろうか。


まったく、蛇足だな。
いやあ私も理不尽や、理不尽をなくそうとするつもりで新たな理不尽を振り撒いてしまう奴と、そこそこ戦ってきたからさ。
最後までを楽しみにしていた人たちにとって、あれは結構理不尽だったんじゃないのかい?
まあ私の言っていることも理不尽だろうけどね。


社長が競技性と合理性とエンタメ性と直感性を全部搭載している得難い人物だからというのもある(立場的にエンタメ性重視にはなる)。
全部を理解出来てしまうからどれも切り捨てることが出来ずに、ある程度自由にやっていいですよ、なんて任されて。それはそれで困るだろう。
絶対エンタメ!!って言い切ってくれたら出るならエンタメを演じ切るし、もしくは最初から出ないのにね。
出なきゃ出ないで「なんで出ないんですか」って言われてしまうし、出たら出たで何から何まで(麻雀でも麻雀以外でも)選手に委ねられていることが多すぎるし。
任され慣れてなくてやりすぎちゃったりやらなさすぎちゃったりする選手も居る。
社長批判を展開するわけにも行かないので抗議というか実力行使というか、あなたの方針にはこういう欠陥がありますよ、というのを実演して見せた。
ね?だから、きちんとルール決めた方が良くないですか明文化した方が良くないですか?選手同士の暗黙の間合いに任せたままでは結局選手批判が起きちゃいますよ、ぼくらだってお約束のギャグで観客と以心伝心して笑いを取る芸人じゃないんだから、麻雀打ちなんだから。
競技のルールに口出しするっていうのは、選手から内々に上申するのはいいし、ファンが意見を言うのを妨げるものはないが、選手が公に口に出していいかは微妙。私の感覚ではそこそこアウト。ルール変更ではなくルールの付け足しの話だからギリギリアウト。運営批判になるからアウト。雇い主批判になるからアウト。
でも今のタイミングでなら、ギリギリセーフになっている。ファンがみんな不興を感じたこの瞬間なら、運営批判ではなく、前向きな提案をしている人という風に見られる。
用意周到じゃなくて今の雰囲気を察して即興でそう振る舞えているなら、観客とも十二分に以心伝心できそうなものだけどね。
初年度の頭の月からもう内々に上申していた人は居たと思うよ。気にする人は気にするところだから。で毎年言い続けても丸三年音沙汰無し、と。そうそう最後の席順だけは今年から変わったっけ。
フフーフこれはさすがに想像力がたくましすぎるというものだ失礼した。

最後に、社長!社長は人前に立ったとき立ち姿がピリッとしない。これだけはいただけない。玉に瑕だ。


理不尽を無くさなきゃいけないんだ、という理不尽を撒き散らす人。
理不尽は、なにがなんでも、絶対に、すべて取り除かれなければならないんだ、という理不尽。

たかが麻雀で(笑)、と言われなくなるように頑張っている人たち頑張ってきた人たちの顔に泥を塗った。今お前ら思われてるぜ、たかが麻雀でそこまでするか、って。視聴者に思い出させてしまったぜ、「たかが麻雀」って言葉をさ。せっかく忘れかけてたのにさ。三年間の苦労がパーだ。いったい何人関わってきたと思う?いったいいくら投資してもらったと思う?
お前らのそのでかい腹の割りに小さいオツムで考えている以上の影響があったとしたら、責任取れるのか?礼儀も知らないし自分の頭で考えることも出来ないようだからどうせ開き直るんだろうな。これが麻雀ですこれが公平性ですだから仕方ありませんって馬鹿の一つ覚えでさ。エンタメの所為にし続けるんだろう。

将棋のプロがアマチュア将棋やエンタメ将棋を馬鹿にした態度をとるところを見たことがあるのかお前は。
エンタメ将棋として四神将棋って番組があって、ほとんどお遊びなのに、なのにそこでプロ棋士たちが真面目に最善を議論し始めるから面白いし愛されるし尊敬もされる。
矢倉は将棋の純文学、という言葉もあるが、それは美しく形容したまでであって、他をまがい物だなどとは露ほども言っていない。
競技性が正しく公平性が絶対で、そうでないものはまがい物だ、などという腐った性根で尊敬などされるわけもないし、純粋競技性の麻雀に関わる資格があるかどうかすら怪しい、わざわざ余所に出かけていって火炎瓶投げて帰ってくる奴なんて。やってやった、みたいな顔をしやがって。

エンタメへの礼儀として、優勝争いにカメラを向かわせる努力をしなければいけなかった。
人前で麻雀を打つ資格が無いし麻雀を打つのを見せてお金をもらう資格も無い。
競技の世界からエンタメの世界に「出演してやってる」と上から目線で思うならとっとと帰れとっとこ帰れよハム太郎。
お前らみたいなヘタクソより見せるのが上手い奴なんて五万と居る。代わりはいくらでも居る。
見せるのが上手い人が他にたくさん居るにも関わらずお前らが出れてるのはなんでなのかちょっとは考えろ。お前らは育成枠なんだよ、エンタメの。

敗退行為をするのだから選手四人のうちの一人ではなく、選手三人とおまけの一人。おまけが選手みたいな顔をして画面に映るな。差し込みだって黙ってやれ。苦悶の表情で画面を占拠する資格は無い。選手ではなくゲーム進行のために仕方なく必要なおまけとして座っている身分を弁えろ。
野球の試合で大差がついて仕方なく野手を登板させることがある。この野手に表情豊かにプレーをする資格はない。抑えても打たれても喜ばず悔しがらず無表情で淡々とプレーするだけだ。もはや進行のために仕方なく必要なおまけなのだから。それが礼儀ってもんだ。
敗戦処理するおまけ役を務めると自ら決めたはずだ。合議なり指示なりあったとしても最終的には自分が納得して卓についたはず。納得しないままだったとしたら話にならない。にもかかわらず、崇高でも高潔でもないアホ面を画面に晒し続けた。台無しだ。見るに堪えない最低最悪の対局姿勢対局態度で一年間みんなで積み上げてきたものをぶっ壊した。ひょっとしたら三年間の分までもだ。
競技性や公平性を尊ぶ奴らは最低限度のマナーも解さない野蛮人どもなのかと思われて仕方がない。そんなんで将棋のように尊敬されるわけもない。将棋で最初に教わるのは、礼に始まり礼に終わるということだ。
選手が苦悶するのはおおいに絵になるが、おまけで座ってる奴が苦悶するのはただの礼儀知らず。
根本的に礼儀というのを理解してない。礼儀を形骸的に知っているだけに過ぎず、常日頃の振る舞いも中身の無い見せ掛けだということ。昔ながらの麻雀のイメージそのままの人たち。
本当の大勢の目に曝されたことがなかったから、化けの皮が剥がれないまま今まで生きてこれてしまったんだろうね。
もしなにかひどい喧嘩別れをしたことがあるなら、それは君がひどい礼儀知らずだったからだ。

敗退行為の時点で対戦相手にも観客にも失礼な行為だが(敗退行為が失礼なことだと理解しているかどうかも怪しいが)、弱くて勝負にならなかった不様のために仕方がない、運もなかったから仕方がない、と、百歩譲ってそこまでは容そう・・・。
そこにさらに十重二十重も無礼を塗り重ねる奴があるか!馬鹿野郎!大馬鹿野郎!
どうして将棋みたいになれないか全然解ってないんだなこいつら。
中身の無い見せ掛けだけの礼儀ってのを観客がどれだけ見抜くかを解っていない。
強いだけでいいなら自分で金払って選手喚んで私設大会で勝手にやってればいいだろ。表に出てくるな。
麻雀を探求していく資格はあっても、麻雀見せてお金を稼ぐ資格はないよお前らには。
あぁん?言い過ぎだって?どこがだ。これは正論だぞ。お前らがあの大舞台で叩きつけたものと同じだ。
それにな、こちとら殴ると宣言してから殴ってるんだ。見境なく不意打ちで殴ったお前らと一緒にするな。記憶違いだったらすまんな。でも「最低の態度で無礼に打ちます」と聞いた覚えは無いぞ。

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