8:終焉の章

家族の姿を最後に見たのはいつだったろうか。一度散らかり放題になった家の中を妻に目撃されてからだったか。よく憶えていない。

とにかく、導きはどうやら佳境に入っている様子だし。敵は強大だ。王に促されて帆船に揺られ上陸した先は、周囲をぐるりと海に囲まれた孤島で内陸は暗雲に覆われていた。稲光によって時折写し出される城が目的地で、この城こそが悪の総本山なのだよと教えられてきた。

妻が玄関先で何事かを怒鳴っているのが聞こえる。何をそんなに激昂することがあるのか。やめてもらえないかな。

重い扉を開けた先に人の頭蓋骨で構成された玉座があり、豪奢な羽織を纏った翁が腰掛けていた。翁が言うには

「この世界を破壊し尽くし全てを無に帰す。その後全てが無となった世界に神として君臨する。それこそが真の意味で世界を手に入れるという事になるのだ」

自分で自分が何を言わんとしているのかわかって言っているのだろうか。俺には一欠片のパン程にしか理解できない。世界なんてものは既に自分の物だし、自分もまた同時に世界の物であるという真理に至っていないのか、その年で。もっとレゲエ音楽などを聴いて肩の力を抜いてリラックスするとかしたらいいのに。しかしそうできない理由はすぐにわかった。玉座から腰を上げた翁は奇声を発し、その身体からは蒸気が立ち上っている。みるみる体が大きくなって人相も変化し、頭から二本の角が生えてきた。翁の正体は人智を超えた異形の怪物だったのだ。

玄関のすぐ外からババアの話し声が聞こえてきた。絶対に様子を見に行かないと心に決めた。

相手が異形ならば自分もまた異形で。討伐した竜からその鋭い牙を失敬していた自分は、人里外れた山奥で、なんだか不潔な感じの「妖精」を自称する親爺に、牙を奪い取られた挙句に三日三晩待たされた結果受け取った剣を構えた。剣たって竜の牙に持ち手をひっつけただけの様に見えるが、妖精親爺をして最強と言わしめるこの剣。ここは親爺を信用するしかない。俺は気合を込める意味で絶叫した

「ウゥラアアァァ!!」

「家の中でなんか叫んでない?」

「あんな人放ってもう行きましょ。だからあれ程よせって言ったのに」

敵は当然のように口から火炎を吐く。その太い腕を振り回して渾身の力で殴ってくる。角を突き出して突進してくる等、怒涛の勢いで襲い掛かってくる。自分だって負けていられない、竜の剣を一振りすると周囲に稲妻が走り、相手に傷を負わせると同時に雷が肉を焦がす。王より餞別として授かった、飲むと病や怪我が一瞬の内に癒える秘薬を飲んでみたり。一進一退の攻防が続いた。

そしてその時は訪れた。

裂帛の気合で突き刺した竜の剣が敵の急所を貫いた。


#小説 #書いてみた






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