9:帰還の章

人々を導き世界に平和をもたらしたあの日から家族は家に帰って来なくなった。

本当に導くべき人達。それを俺は見失っていたという事なのだろうか。

幼少期、自分は母子家庭で母に女手一つで育てられた。父親は母と自分を捨ててある日蒸発したらしかった。父に関する記憶は少なく朧気にしか姿を思い出すことができない。自分がまだ学生時代、母に父はどんな人物だったのか尋ねてみたことがある。嫌々ながら語ってくれた多くのエピソード。その一つに胸を打たれた、両親がまだお互いに愛し合っていた頃の話。

その当時、ロールプレイングゲームという新しいジャンルの家庭用テレビゲームが発売された。これは与えられた役割を演じつつ物語を読み進めていくという類のゲームで、それが人々に熱狂的に支持され出した頃。自分を妊娠中の母は興味を惹かれゲームを購入し、連日連夜ゲームに没頭したそうだ。そして物語も終盤になった頃に、いつものようにゲームを開始しようとした母は、それまで積み重ねてきた記録データが読み出せなくなっていることに気付いた。これを例えると書き溜めてきた小説の原稿を何処かに置き忘れてしまった事に等しく、母は一日中泣いていたそうだ。さめざめと涙を流す母の姿を見かねた父は、母に気づかれぬ様にこっそりとそのゲームを一から始め、とうとう母のデータが消えてしまったであろう辺りまで物語を進めるにまで至ったのであった。その後、事情を説明され物語の進行を譲渡された母は歓喜し、あんなに嬉しかったことはなかったとこのエピソードを締め括っている。

何故か両親のこの暖かいエピソードが頭をよぎった。そして妻の事、息子達の事を思った。はたして俺は愛する人達にその愛を十分に伝えられているのだろうか。そう自問したのだけれど答えは未だに出せてはいない。

あれ程までに熱中してきた導きとはいったい何だったのか。それは、今ではもう役目を果たさなくなった単なるテレビゲームだったことを、家族が誰も居なくなった広いリビングルームで噛みしめているのだった。馬鹿だと思う。


#小説 #書いてみた


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