4:追憶の章

洗濯物は溜まっているしシンクには子供達の朝食の残骸と即席麺の容器が転がっている。我が家は夫婦共働きなので家事に役割分担は基本的にない。この有様を帰宅した妻が見たら何を言われるか知れたものじゃない。ババアに告げ口みたいな事をされても面白くない。

そもそもの発端はババアの表情で。妻や息子達と接する時には眼球及び口元周辺の筋肉を惜しみなく使うババアが、自分と会話をする段になると唇だけを動かしてAIロボット受付嬢みたいに話しやがる。そうなると必然的に元来気の弱い自分も腹話術師の術師みたいな話し方になってしまって。頭の弱い自分にも相手方に敵意があることを感じ取れる。おまけに「すき焼き事件」である。

一般的に「すき焼き」といったら牛畜肉を喰らう事を第一目的としていると自分は認識している。すき焼きをやるから馳走になりに来いと珍しくババアサイドから誘いがあって。自分の認識と世間一般の認識を計りようがない事を利用してあろうことか

「この白滝すっごく美味しいのよ!騙されたと思って食べてみて!群馬の白滝なの!」

「左様でございますか。美味しいですねこの白滝は。」

なんて一応は取り繕ってみるのだけれど、子供は正直で

「このヒモいらなーい」

「ないなーい」

孫達には滅法甘いババアは

「あらキライ?だったらパパに食べて貰いなさい。パパはこのヒモ大好きだってよー?」

と普段なら絶対に自分と目を合わせないババアが薄ら笑いとも何とも言えない表情でジッと自分を見つめた。これに至って明らかに自分に敵意があると確信し、それ以降は盛られた白滝に一切手を付けずにビールを煽ってババア方を後にした。

自宅に戻ると妻が

「何でずっと黙ってビールばっかり飲んでいたの?折角お呼ばれして貰ったのに。お肉だって高い和牛のやつを用意してくれていたんだよ?ちょっと失礼じゃない?」

ババアと妻は途轍もなく仲が良く、最終最後ババアと夫たる自分のどちらを一方を選択しなければならない危機的状況で迷わずババアを選択する女だった。

肉を全然貰えなかったから。などとは口が裂けても言えずに自分は話にならないと妻を相手にせずに息子達のお尻を丸出しにした尻たぶに齧り付く等して散々ふざけてゲラゲラみんなで笑ったりしていると、妻も同様に思ったのか無言で風呂場に消えた。

今日は導きをできないなと判断して息子達とふざけ合いながら妻が風呂から上がるのを待った。

「アンタが2人を風呂に入れて」

「アンタ」初めての呼ばれ方だったので少しだけ戸惑った。


#小説 #書いてみた

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