蟻酸

蟻酸 第12話

忍者になったからには、忍術はこれ必要であろう。2匹は道中、お互いの長所に、忍術らしい名称をでっちあげて、正式な忍法にまで昇華させる、という虚無的な作業を開始した。先ずは、シロである。これはもう単純明快に、蟻と言えば

「君のはそうね。忍法「力持ち」とかでいいんじゃないかな」

「えらく適当だな。もう少し捻りが欲しいところだ。欲を言うと」

「うーん、それじゃあ、忍法「いっつも火事場」!」

「うん悪くはない。悪くはないんだが、もっと忍術っぽさがあるとなお良い」

「忍法「鷲の印の大勝制約」」

「うん段々近づいてきたかも」

「注文が多いなどうも。忍法「柔と剛ならGO」」

「突き抜けすぎた。ちょっと戻って」

「ええいうるせいやい!自分でも少しは考えたらどうだ!」

「そうだな…忍法「力業」なんてどうかな?」

「業と書いてワザと読む。よろしいじゃありませんか」

「うん。力業。いいね。なんだか漢字という概念を理解しているというあり得ない位にハイレベルな知能指数の名称だ。」

「どういうこと?」

「自分でも何を言ってるのかわからん」

同様の手順で、どんな昆虫とも気兼ねなく会話できて、その場の空気に瞬時に溶け込める、というトクジの才能に、忍法「無作為の常連」と名付ける等した。不思議なもので、無意味に思われた一連の作業によって、2匹に忍者としての自信が芽生えてきた。

2匹の忍者がゲンジアリの痕跡を辿っていると。道端に蹲って泣いている1匹のチャドクガの幼虫に遭遇した。

「やや。あんなところでケムシが泣いている。どうかしたのだろうか」

「まかせろ。忍法「無作為の常連」!」

「頼んだぞ。俺も付いて行くけど」

「なにがそんなに悲しいんだい?」

ケムシは顔を上げて、事の顛末を話し始めた。なんでも、元々の居住場所だった椿の木が、弟や妹の誕生によって手狭になってきたので、隣のもっと大きな椿に引っ越しを行っていたそうだ。兄弟姉妹の中で、何事も一番乗りでないと気が済まないケムシは、当然一番に引っ越しを済ませて皆の到着を、椿の木の上で待っていた。上から覗くと、兄や姉たちが、生まれたばかりの弟や妹を気遣いながら、こちらに向かってくるのが見える。すると、地響きと共に、黒い蟻の群れが、濁流の如く押し寄せ、一瞬にして兄弟達は濁流に飲み込まれて、見えなくなってしまったのだった。群れが通り過ぎた後には、兄弟姉妹の残骸と、最後に必死に抵抗した証拠。即ち、全身に毒針が刺さって息絶えた、ゲンジアリの死骸が30体程残されていた。

「あのゲンジアリを30匹も殺した!?」

「僕たちの全身を覆ている毒針は攻防一体の武器だから…」

こいつは使える。トクジはシロに目配せをして、このケムシを仲間に引き込むべく、自分たちの素性と任務を明かして、同行を提案した。

「ついてっていいのかい?一矢報いてやりたいとは思っていたんだけど。勇気がでなくって」

「もちろんだとも。君の身体は一つの忍術と言ってもいい。一緒に来てくれると心強いよ」

「僕が忍者に…」

「忍術集団の結成だ!…ところで君の名前は?」

「ボウ坊」

名前の由来は、言わぬが花でしょう。


#小説 #昆虫忍法帖 #昆虫SF #忍術集団結成




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