シロ

蟻酸 第9話

「そこまで極悪な奴らだったのか」

「モンキチョウが言うには、どうやら奴等は、君たちヘイケアリの蟻塚方向に行進していったらしい」

ゲンジアリの悪行を、トクジから又聞いたシロの胸中は、強い不安で埋め尽くされていった。それまで生きてきた中で考えもしなかった「一族の崩壊」を、現実にもたらす可能性がある存在。女王が殺されてしまう。そんな事は絶対にあってはならない。不安は徐々に、同胞を傷つけるゲンジアリへの怒りに変化していった。

「行こうトクジ」

「そうだね。本心はこのまま逃げてしまえば良い、と言ってあげたいけど。君にとってはヘイケアリの仲間だもんな」

「仲間とかそういう事じゃないんだ。それに逃げてその先どうなるということもないし。傍観するだけは嫌なんだよ。中隊長に約束もしたし」

それから2匹は、3日がかりでヘイケアリの蟻塚周辺に帰ってきた。蟻塚に続く道はゲンジアリの通過後を物語っていた、例のごとく様々な昆虫の無数の残骸によって。蟻塚が視界に入ってくると、シロは異変に気付いた。蟻塚の最上部が丸々消滅しているのである。ちょうど火山噴火の様に、蟻塚内部から爆散した事が、広範囲に散らばる元蟻塚の土塊によって見て取れた。近づいて更に観察すると、上層部分のみ破壊されていると思いきや、そんな甘っちょろい状態ではなく。蟻塚全体に、無数に穴が開けられていて、「全損ですね」半笑い、みたいにひどい有様だった。同胞の死骸が溢れる中、呆然とかつて自分の住処だった物を見つめるシロである。トクジに促されて蟻塚に入って行くと、そこには負傷した仲間を介抱するヘイケアリが、100匹前後いるばかりで、それぞれ既に絶望している様子だった。

そんな中、かつて仕事仲間だった給仕蟻を発見したシロは、話を聞く事に成功した。給仕蟻は、手足を半分失っていたが、意識ははっきりしていて、事の成り行きを話し始めた。

始めに、一匹の巨大な異種族の黒い蟻が下層に現れたという。黒い蟻は下層より上層を仰いで、微動だにしなかった。異変を察知したヘイケアリ大隊長が、黒い蟻の前に立ち威嚇を始めた。

「貴様は何者だ!?此処をヘイケアリの蟻塚と知っての狼藉か!?今すぐに立ち去らないと、強制排除対象として武力行使するぞ!」

黒い蟻は答えない。

「なんとか言え!ヘイケアリを愚弄するか!?」

ようやく視線を大隊長に向け、黒い蟻は言った。美しい声だった。

「お初にお目にかかります。私の名前はミナモトノシズカ。シズカちゃんって呼んでもいいよ。ゲンジアリの女王です」

「ゲ…ゲンジアリ?女王?しっしかしながら許可なく城内に入られては困ります!」

シズカは小首を傾げて、慈愛の表情を浮かべたかと思うと、大隊長の頭を噛み潰した。驚愕するヘイケアリ達。シズカは両手を広げて、天を仰いで叫んだ。

「みんな!アゲてこー!!」


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