〔民法コラム2〕761条と表見代理

 761条は、夫婦の一方が負担する日常家事債務につき他方と共に連帯責任を負う旨を定める。
 夫婦平等原則の下では日常の家事も夫婦共同の仕事であるから、それに伴う債務も共同の債務とすべきである。また、法律行為の相手方も日常家事に関する取引については夫又は妻ではなく夫婦双方を相手方と考えるのが通常である。そこで、日常家事債務につき、第三者保護のために夫婦の連帯責任とした。
 このように、日常の家事に関する法律行為については夫婦は連帯責任を負うが、この責任を争う前提として、いかなる権限に基づいて法律行為を行うのかにつき争いがある。

〈論点1〉夫婦間に明示的・黙示的に代理権が与えられていると解される事情のない場合に、761条を根拠として法定代理権を認めることはできるか。761条本文が、他の一方は、これにより生じた債務につき、連帯してその責任を負うと規定するのみであることから問題となる。
 A説(最判昭44.12.18百選Ⅲ(第2版)[9])

  結論:夫婦相互に日常家事に関する法定代理権を認めることができる。ただし、通常の代理権と異なり、①顕名不要で②夫婦双方に効果帰属する。
  理由:①761条は、効果につき規定するのみであるが、その効果が生じる前提として法定代理権を付与したものと解すべきである。
     ②夫婦生活維持の便宜のために夫婦相互に法定代理権を認める必要がある。

〈論点2〉761条本文における「日常の家事」の範囲及び具体的判断基準をいかに解すべきか。
 A説(夫婦間の事情を基準とする見解)

  結論:日常家事の範囲は各夫婦の生活様式により異なり、結局夫婦の職業、資産、収入、社会的地位及び地域社会の平均的生活慣行からみて、当該行為がその夫婦に相応の行為といえるか否かにより判断するとし、更に主観的意思も考慮する。
 B説(相手方の判断を基準とする見解)
  結論:第三者からみて、一般的に当該行為が日常家事に属するかという客観的判断を基準として、「日常の家事」の範囲を決する。
 C説(最判昭44.12.18百選Ⅲ(第2版)[9])
  結論:抽象的には、個々の夫婦がそれぞれの共同生活を営む上において通常必要な法律行為をいい、その具体的範囲や程度は、社会的地位、職業、資産、収入等により決まるそれぞれの家族共同生活の現実の状態や、その地域社会の慣行等により個別的に判断する。しかも、その判断はその法律行為をした夫婦の共同生活の内部的な事情やその行為の個別的な目的のみを重視して判断すべきでなく、更に客観的に、その法律行為の種類、性質等をも十分に考慮して判断すべきである。
  理由:①夫婦生活の形態は様々であり、一律に決することはできない。
     ②取引の安全を図る観点から、判断基準については、行為の外形を重視すべきである。

〈論点3〉761条本文の「日常の家事」に該当しない場合、相手方を保護する手段として、夫婦の日常家事代理権を基本代理権として110条を適用することはできるか。
 A説(最判昭44.12.18百選Ⅲ(第2版)[9])

  結論:110条を適用することはできないが、「当該越権行為の相手方である第三者においてその行為が当該夫婦の日常の家事に関する法律行為の範囲内に属すると信ずるにつき正当の理由のあるときにかぎり」110条の趣旨を類推適用すべきである。
  理由:①夫婦の日常家事代理権を基本代理権として、広く一般的に110条の表見代理の成立を認めることは、夫婦の財産的独立(夫婦別産制762条)を損なうから、認めるべきでない。
     ②他方、「日常の家事」の範囲が当該夫婦の内部事情(社会的地位、職業、資産、収入等)により異なるものであることから、当該行為が、当該夫婦の日常の家事に関する法律行為の範囲内に属すると過失なく信じた第三者の保護も重要であり、その調和を図るべきである。
 B説(有力説)
  結論:判例のような限定を付することなく一般的に110条を適用する。
  理由:法定代理にも表見代理の成立を認める以上、日常家事代理権を基本代理権とすることも問題ない。
  批判:夫婦の財産的独立を損なうことになる。

※ 相手方の信頼の対象についての両説の差異
  A説によると、問題となる行為が「当該夫婦の日常の家事に関する法律行為の範囲内に属する」ことが信頼の対象となるのに対し、B説によると、問題となる行為をした夫婦の一方に当該行為をする代理権があることが信頼の対象となる。

[重要判例]
・最判昭44.12.18百選Ⅲ(第2版)[9]

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