〔憲法コラム7〕損失補償の要否


1 29条3項の趣旨

 ⑴ 財産権不可侵の原則との関係
   公共事業の用に供するために私有財産を収容することは、財産権の不可侵性と真っ向から対立するが、その損失を貨幣価値により償うことで財産権不可侵の原則を貫こうとするのが損失補償の制度である。
 ⑵ 平等原則との関係
   損失補償制度には、公共の利益のために特定人に対して加えられる経済上の損失は全体において負担すべきである、という平等原則の契機も含まれている。

2 補償の要否

〈論点1〉補償の要否の判定基準をいかに解すべきか。「公共の福祉」による財産権の制限の全ての場合に補償を要するものではないから、29条3項にいう「公共のために用ひる」を同条2項の「公共の福祉」による制限を含む広い意味に解する立場からは特に問題となる。
A説(通説)
 結論:相隣関係上の制約や、財産権に内在する社会的制約の場合には補償は不要であるが、それ以外に特別の犠牲を加えた場合には補償が必要である。そして、「特別の犠牲」といえるかどうかは、①侵害行為の対象が広く一般人か、特定の個人ないし集団か、という形式的要件、及び、②侵害行為が財産権に内在する社会的制約として受忍すべき限度内であるか、それを超えて財産権の本質的内容を侵すほど強度なものであるか、という実質的要件の二つを総合的に考慮して判断すべきである。
B説(芦部説)
 結論:A説にいう実質的要件を中心に補償の要否を判断する。すなわち、①財産権の剥奪ないし当該財産権の本来の効用の発揮を妨げるような侵害については権利者の側にこれを受忍すべき理由がある場合でない限り当然に補償を要するが、②その程度に至らない規制については、ⅰ当該財産権の存在が社会的共同生活との調和を保っていくために必要とされるものである場合は、財産権に内在する社会的拘束の現れとして補償は不要(建築基準法に基づく建築制限等)、ⅱ他の特定の公益目的のため当該財産権の本来の社会的効用とは無関係に偶然に課せられるものである場合には補償が必要(重要文化財の保全のための制限等)、とされる。
 理由:①私有財産の制限が一般的か特定的かは相対的なものにとどまる。
    ②財産権の中でも、特に土地所有権についてはその社会的規制が不可避となっており、内在的制約として補償を要しないとされることが多い。
    ③同条3項の「公共のために用ひる」方法も、現在では極めて多様であり、補償の有無やその程度についても個別具体的な考察が求められる。

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