【ショートショート】熱風
夫が熱い。ついていけない。
いつものように、「ベストを尽くそう」、「手抜きのやつに明日はない」と言ってくる。
結婚する前には気づけなかった。ひとつ屋根の下を共にするようになってから、遅くも、夫の熱い心に気が付いた。
家の外では、私も熱くなっているつもりだ。問題は、その熱さを家の中まで持ち込まれることである。
表向き、熱い人間を演じている私だって、家の中では、ちょっと反社会的な、あるいは、もっと脱社会的な、そういう醜いものを表出してみたい。
しかし、夫がそれを許さない。ソファでぐうたらしていたら、「それでいいのか」と注意され、ベッドでごろごろしていたら、「お前に明日はあるのか」と責められる。
そんな夫との共同生活の中、私は、ひとつ、工夫をしている。夫から放出される尋常ならざる熱波は、水風呂に入れると、その勢力を弱めていく。
それを見抜いている私は、いつも、夫が帰宅するまでに水風呂を用意し、帰宅してきた夫をむりやりにでも水風呂に沈める。
風呂上がりの夫は、ちょっとだけ優しくなるのだった。
「それで、今日はどんな成果を挙げたんだ。教えてくれ」
今日も、水風呂に浸かってきたはずなのに、どういうわけか、夫は熱いままだった。
「なあ、教えてくれよ。どんな偉業を成し遂げる準備をしていたんだ?」
この夫は、私にキュリー夫人にでもなってほしいのだろうか。私は、最後の手を使うべきか迷ったが、ひとまず様子を見た。
「カフェで読書。新しい体験をできたよ」
夕食の準備をしながら応じると、夫の目の鋭さが増した。これは失敗だ。
「お前、それでいいのか? 読書だけで満足していていいのか?」
お決まりのセリフが飛んでくるので、私はもう、最後の手を使うしかなくなった。あまり使いたくないのだが。
「なあ、どうするべきだ。考えてみろ」
相変わらず熱い言葉を投げてくる夫に、私は、塩対応をした。「は?」、「え?」、「それで?」、「だから?」。
冷たい私の言葉は冷風となり、熱すぎる夫を冷却していく。
熱風には冷風で対応する。
夫は徐々に冷たくなり、平温まで落ち着いていった。
これが、私たち夫婦の愛のカタチである。