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【第一回山本清流賞】貴志祐介『十三番目の人格 ISOLA』に決定。

 さあ、始まりました。

 山本清流賞は、完全なる素人である山本清流が直近の一カ月で読んだ小説の中からいちばん推せる小説を選出する賞です。

 なお、自分のことは棚に上げていることをご理解ください。






 今回は、2024年1月に読んだ小説が候補作となります。

 厳正なる審査の結果、第一回目の山本清流賞は、貴志祐介『十三番目の人格 ISOLA』に決定しました。







 候補作と選評は以下の通り。なお、読んだ順番で並んでいます。

◯『シャイニング』スティーヴン・キング……言わずと知れた幽霊屋敷ものの金字塔。エピソード描写が細かく、没入感が凄まじい。とくにホテルへスノウモービルで向かうハローランのパートは雪山の描写が優れていて、美しかった。ホテルに呑み込まれていく主人公ジャックと家族との関係が崩れていく様がリアルで恐ろしい。また、クライマックスの戦いの描写は細かく、小説にもかかわらず、アクション映画のような迫力を感じた。ただ、ところどころに冗長すぎるところがあり、ここの描写にそれほどページを割く必要があるのか、と疑問に感じるところもあった。全体としては完成度が高いものの、読書慣れした読者でなければ飽きてしまうのではないか。そこでポイントを落とした。

◯『変な家』雨穴……映画化が決定している有名な作品。冒頭から間取りに関する謎が提示され、次から次へ謎が解決していくため、リーダビリティーがとてつもなく高い。家の間取りというポイントだけでこれだけ話をつくれることはすごいな、と思った。ただ、アイディア剥き出しの作品であり、小説とは認められないと思う人も多いだろう。ミステリ小説の謎と解決編だけを載せ、それ以外のところをすべて削ったという感じの作品である。最後のほうは、なんとかまとめようとしているものの、さすがに無理があり、作者の言い訳を延々と聞かされているような気分になった。後付けだから、仕方がない部分もあるだろう。映画は絶対に観にいく。

◯『死んだ山田と教室』金子玲介……メフィスト賞受賞作。まだ発売されてないが、メフィストリーダーズクラブの会員である山本清流のもとには届いた。死んだクラスメイトが教室のスピーカーに宿るという設定が面白い。ほとんど高校生同士の会話で展開するが、その会話にリアリティーがあり、またセンスがあるため、ぐいぐいと読み進めることができる。漫才を聞いているみたいだと思うところもあり、ところどころに爆笑ポイントがあった。ただ、高校生同士の中で展開される下ネタはキツかった。とくに『童貞』という言葉は、高校生たちのリアリティーを確保するには外せない言葉だが、山本清流は嫌いである。性的な事柄にはもっとセンシティブであってほしい。そのへんの感覚が合わなかったため、推しきれなかった。発売は楽しみ。選考委員の方が映画化したいと言ってるので、映画化されるかもしれない。

◯『十三番目の人格 ISOLA』貴志祐介……貴志祐介の小説はほとんど読んでいるが、このデビュー作を読んでいなかった。今回、はじめて読んでみた。他者の感情の波動を感じれる主人公が多重人格の少女と出会うという魅力的な冒頭だ。その中に危険な人格がいる、そして、その人格が暴れる、というところも山本清流好みである。作者の貴志祐介は心理学や精神分析の知識が深いため、ありえない設定でも説得力があり、作品世界に拒絶感を覚えない。しかも、地震で危険な人格が生まれてしまったという短絡的な説明だけでは済ませず、さらなる読み応えのある魅惑的な説明が用意されていた。もう手が止まらない。クライマックスやエピローグも考え尽くされており、うまく落とした、という感じで気持ちがいい。たしかに『黒い家』と比べると、それほど怖さはないし、作品が悪い意味で小説的ではあるものの、構成としてはお手本のように見えた。これがエンタメ小説です、と堂々と見せつけられたように感じ、もはや脱帽である。すごかった。これなら、あまり小説を読まない人にもオススメできる。満場一致(一人)で受賞が決まった。

◯『消滅世界』村田沙耶香……『コンビニ人間』と『殺人出産』は既読であり、どちらも衝撃的だったが、本作もやはり衝撃的だった。夫婦同士がセックスすることが近親相姦とされ、体外受精で子供をつくることが一般的となった世界。未来のことを書いたわけではなく、現在の日本社会のパラレルワールドを書いたかのように、作中で仄めかされていた。もうそれだけで面白い。主人公は正常になろうともがき苦しみながら、アニメの中の人や実際の男性とセックスをしていく。だが、セックスを汚いものや時代遅れなもの、家族を子供のためのシステムや経済的な利害関係とする周りの人たちについていけず、夫とともに駆け落ちをする。その先が、子供を家族ではなく社会全体で育てる社会実験をしているエリアだった。そこではすべての大人がお母さんであり、子どもちゃんたちにみんなで愛のシャワーを浴びせる。そこには家族という概念はなく、性欲は排泄欲と同じように扱われようとしていた。ラストシーンはただの犯罪なのだが、山本清流には清潔なセックスシーンに見えた。セックスから、家族、恋、性欲、繁殖などの概念を削除していって、真に美しいセックスに辿り着いたかのようだった。小説としては面白かったが、経済学部出身者として無粋なことを言うと、家族としての経済主体はいたほうがいい、と思った。子供を自分で育てる必要がなくなると、働く時間が減り、経済規模が縮小するのではないか。破綻しそうである。まあ、そんなのはどうでもいい。読みやすくて、社会のことを考えたりもできる、よい小説だった。山本清流には少し読み解くのが難しかったため、受賞とはいかなかったが、面白いのでオススメしたい。