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「上機嫌」の種

皆さんどうも、ひでっちです🐧✨
今回は「上機嫌」をテーマに、noteを書いていこうと思います。よろしくお願いします。

音声でもお話ししています↓
https://stand.fm/episodes/652191f7c44b68d451cce6a0


さっそくなのですが…。
皆さんは、自分にとっての「上機嫌」を考えたことがあるでしょうか?

世間一般的な「上機嫌」ではなく、自分にとってのです(笑)

何故ここで、「自分にとって」を強調するのかというと、私自身が「自分にとっての上機嫌」をあまり意識していなかったからです。
 

まず、世間一般的な「上機嫌」とは

世間一般的な「上機嫌」について調べてみると…。

「たいそうよい機嫌。非常に機嫌がいいこと。またその様」とあります。

その通りだな…という感じですね。昨今では、「上機嫌で過ごすこと」をテーマに、本を書かれていたり、動画を挙げている方も多いです。

よく見かけるものが「在ること」に目を向けることで、日々の日常そのものに感謝をして過ごす。「当たり前のものなどない」と、在るものに意識を向け、ないものねだりをしないようにする、などですね。

しかしここで私が思うのは、「在ることに目を向けるって、上機嫌というより小上機嫌くらいじゃないか?」ということです。もっと言うと、上機嫌というより「不機嫌な時をなくす」のほうがしっくりくる。

もちろん、「在ること」に意識を向けるのを否定するわけではありません。それは必要なことだと思うし、日々実践を重ねて磨いていければと私も考えています。

私が言いたいのは「不機嫌をなくす」ことと、辞書的な意味である「非常に良い機嫌」の追求が必要なのではということ。追求と言うと少し大袈裟ですが、「どんな時に」「どんな要素」を満たしていると、上機嫌になるのか。

それを知ることによって(思い返して、反芻することによって)、普段は小上機嫌で過ごし、ここぞという場面(仕事の大事な場面や、大事な人と接する時など)には、上機嫌でいい印象を与えることが可能になるのではないかと。

前置きが長くなりました。ここからは私が、上機嫌になることの出来たエピソードを、2つ紹介します。内容と合わせて、私が上機嫌になれた要因についても書いていきますので、よろしくお願いします。


祝!! Rakeさん、ラヴィット!出演の話

タイトルの通りです。同郷(仙台)であり、10年以上応援しているシンガーソングライターのRakeさんが、9/29(金)放送のラヴィット!に出演しました!!

サプライズ出演だったため、リアルタイムでは観れなかったのですが…。

出演の時間は約5分。長い時間とは言えませんでしたが、100万回の「I love you」をフルで披露し、ラヴィット!ポーズをハイテンションで繰り返すRakeさんの姿は、とても見応えのあるものでした(笑)

その映像を観た時の私の心の声↓
「Rake、めちゃめちゃテンション高いなー(笑)どんだけラヴィット!ポーズやるんだよ。ラ〜ラ〜ラヴィット〜♪は笑ったわ」

100万回の「I love you」の間奏で、「ラ〜ラ〜ラ〜ラ〜♪」とみんなで歌う場合があるのですが、そこがまさかのラヴィット!verに(笑)
サプライズ出演(スタジオのメンバーも知らなかったらしい)だったのもあり、スタジオのメンバーもラヴィット!verに乗り切れてないのもまた面白かったです。

映像を楽しんで、心でツッコミを入れた↑のと同時に、湧き上がってきた気持ちがコチラ↓
「活動再開してからは、1番大きな舞台だったよね。しかも生放送。これだけ長く応援し続けてきた人が、このタイミングで多くの人に触れる機会に恵まれた…。何だか嬉しいし、誇らしいわ」

この、応援し続けてきた人が多くの人目に触れる「喜び」

そして、生放送で堂々と100万回の「I love you」を歌い上げ、感動に花を添えた「誇らしさ」


応援している人が、しっかりとパフォーマンスを発揮して、多くの人の心を動かしている姿。どうですか!我らがRakeの歌声は!!という、何だか誇らしい気持ち。やたらテンション高いなーという、ファン目線のツッコミと、喜びと誇らしさが同時に込み上げてくることで、私の心はとても温かくなり、まさに「上機嫌」でした。


自分では手応えがなくても…。

2つ目の話です。去年の11月頃、一緒に長野に行った男の子がいました。その際、長時間一緒にいることで見えた彼のだらしなさ(集合時間にこない、寝起きが悪いなど)もあり…。長野から帰ってきてから、少し距離を置いていました。

私から会いに行くこともなくなり、気付けば1年近く経ちました。そんな時です。

彼の状況が変わったと、他の人から聞いたので、久しぶりに会いに行くことにしたのです。

状況が変わったことを直接聴き、色々と話をすること数時間。私としては手応えがなく、「まあ、話は聴けたからいいか」と、あまり気持ちが盛り上がらないまま、話は終わりました。

その数日後。彼のほうから、私に会いにきました。そこで言われたのが「ひでっちさんの、なんとかなるって言葉が嬉しかった。直接お礼を言いたかったんです」とのことでした。

そこで私が実感したこと。それは「自分が伝えようと思ったことが、必ずしも相手に伝わるわけじゃない。しかし、気持ちがこもった言葉は、相手の気持ちに届く」ということです。

「なんとかなる」という言葉は、最近の私が1番実感していることでした。6月に声が出なくなって絶望し、身体の状態もなかなか上向かない。それまでの自分の「動きたいと思ったらすぐ動く」が出来なくなり、気持ちが塞ぎ込む日々。

そんななかでも、何だかんだこうして生きている。声もだいぶ戻ってきて、身体の調子も最悪という状態ではなくなった。一日一日の「なんとかなる」の繰り返しで、毎日を生きている。ちょっとした楽しみだってある。そんな自分の状況を踏まえての「なんとかなる」という言葉。そりゃ、気持ちが乗るよなーと振り返ってみると思います。

話を戻しますが、この手応えがなくても、相手には何かが伝わるという実感。私がラジオを好きになった理由そのものでした。

話し手が伝えたいことはあるのだけど、聞き手は自分の興味関心で聴き、何かはよく分からないけど、その人なりに受け取っている。一見曖昧だけど、それを誰に侵されることもない自由な感じ。

この、言葉で言われれば理解は出来るけど、実感がないと体現出来ないもの。「上機嫌」というものも、その人なりの最上に上機嫌になれた体験がないと、上滑りした上機嫌(ボヤっとしていて、具体性のないもの)になるのではないか。今回紹介した話は、私にとって最上の上機嫌になれた話です。

私の上機嫌の重要なテーマは、「誇らしさ」や、「意外性」だと実感しました。何となく好きなことをしたり、好きなものに囲まれたりするだけではなく、そこに「自分がいいと思ったものを、周りにも認めてもらえる」「自分が思ってもみなかったことが起こる」というスパイスが加わることで、とてもいい気分になれる。

皆さんはいかがでしょうか?
自分にとっての「上機嫌」を考える機会にしていただけたら、幸いです。 

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
それではまた🐧✨







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