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My Favorite Things~モノと私のストーリー~②キラキラお神酒

毎年お正月は実家のある山形に帰る。
新幹線「つばさ」で3時間、県境のトンネルを抜けると、
そこは本当に雪国なのだ。

雪解け水が豊富な山形は日本有数の酒どころ。
大の日本酒好きがそろうわが家の食卓にも様々な銘柄が並ぶ。

けれども、元旦のお神酒には毎年決まって
新藤酒造さんの「九郎左衛門」をいただくのが
いつからか恒例になっている。

初めてこのお酒を飲んだときの感動は忘れられない。

鮮やかなブルーのボトルに入った無色透明な液体を
錫のお猪口に注ぐと、チロチロと楽し気な音が響く。

両手で掲げると、ふわりと香る、花のような吟醸香。
口に含んだ瞬間、山奥の湧き水を飲んだような清涼感がスーっと鼻に抜け、
お米の優しい甘さが口いっぱいに広がる。

ひんやり冷たい液体がするりと喉を落ちていく瞬間、
キラキラと音が聞こえた気がした。

カラダの隅々まで浸透し、浄化されていくような清らかさ。
水晶を液体に溶かしたら、こんな感じかもしれない。

冷たいはずのお酒は、お腹の底からポカポカと私を温めてくれる。

***

もともと「九郎左衛門」は、わが家のハレの日のお酒だけれど、
ある出来事を境に私の中でさらに特別なお酒になった。

あれは数年前のお正月。今の旦那さんを連れて
はじめて実家に挨拶に行ったときのことだった。

挨拶と言っても、すでに結婚を決め、
一緒に住むマンションまで購入したうえでの完全なる事後報告だ。
しかも相手は外国人。

母には少し前から事情を伝えていたけれど、
帰省直前に知らされた父の反応やいかに……と、
行きの新幹線の中はドキドキして眠れなかった。

寡黙な父が「こんなどこの馬の骨ともわからん奴に娘はやらん!」と
お決まりの啖呵を切るところは想像できないけれど、
いきなり祝福はしてもらえないだろうな……と、長期戦の覚悟を決めた。

案の定、出迎えたのは渋い顔の父。
ひと通りの挨拶が済んだ頃、母に呼ばれて食事の支度を手伝いに私は台所へ。
このふたりを残して大丈夫だろうか……

いそいそとおつまみを持って居間に戻ると、
いつの間にか卓上にはあの「九郎左衛門」の青いボトルが出ていた。

そして、私の心配はどこ吹く風、
にこにこと邪気のない笑顔で嬉しそうに杯を受ける婿殿に
「お。君、この味がわかるのかね」とばかりに上機嫌な父。

こっそり練習したのであろう、
「ディス・イズ・プレミアム・ジャパニーズ・サケ!」と、
父・渾身のジャパニーズ・イングリッシュまで飛び出す始末。

すっかり拍子抜けした私は、自分も手酌で「九郎左衛門」をいただく。
ほっとして気が抜けたら一気に酔いが回ってきた。
身振り手振りで楽しそうに会話する両親と未来の旦那さんをぼんやり眺める。

キラキラ、キラキラ。

こんなご機嫌なお酒を飲みながら、しかめっ面なんてできやしない。

***

後日、母に聞いたところ、今回の帰省の趣旨を聞いた父ははじめ、
自分だけが蚊帳の外だったことについてブチブチ文句を言っていたそうだ。

それでも、日本が大好きだという異国の婿殿のために「おらえの一番んめ酒(注:うちの一番おいしい酒)」を用意しておくあたりが、なんとも父らしい。

口下手で気難しいところのある父が、突然連れてこられた娘の婚約者とこうもあっさり打ち解けられたのは、このお神酒のご利益かもしれないと、胸中で合掌した。

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