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陽だまりの霊能者

 昨日は天気がよかったので、久しぶりに散歩がてら外食することにした。メインストリートから外れたところに、ひっそりとある街の喫茶店。ランチサービスがあるというので、入ってみることにした。
僕の他、客は店の常連らしいおばちゃんひとり。日当たりのいい窓辺のソファを自分の特等席にしていた。ふんわりとした銀髪がかすみ草のように見えた。話好きのおばちゃんらしく、いろいろと話かけてくる。とりとめのない話が続いたあと、おばちゃんはこんなことを言い出した。
「あなた、ビニール本てご存じ?」。
 にしても、唐突な。ん、なぜに僕にその話を。突然、霊視が始まったのだろうか。一瞬の戸惑いよりも、この人には逆らえないという覚悟が先ん立ったのか、言葉が勝手に口をついていた。
「ええ。ビニール本なら、僕、昔作っていました。ハタチのころです」。
 その後、ビニール本について2、3、会話が続いたが、どうもかみ合わない。よくよく聞いてみると、彼女が言っているのは、ビニール本でなく、ビリー・ヴォーンという音楽家の話だった。
 ビリー・ヴォーンはいわゆるイージー・リスニングの人で、その名を知らなくても、彼の演奏は、デパートのエレベーターの中で、商店街のスピーカーで、僕らも一度は耳にしているだろう。

 要は、おばちゃんの甥っ子だったか姪っ子が、アメリカ留学して、一時期ビリーのオーケストラに入った、というよくある身内の自慢話のひとつだったわけである。
 やはり、霊能者なんてそうそういるもんじゃないな。
 

ついでこれ


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