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呪いと恨のワンダーランド~韓国のスピリチャル (前編)

現代社会に生きるシャーマン文化

 朝鮮半島はシャーマニズムと呪術の宝庫です。これを認識しておかないと韓国の人たちの精神文化を理解することはできません。
 そもそも儒教の「儒」とはシャーマンを意味するのだといわれています。孔子の母がこの「儒」の家系の出身で、その仕事は現世と死者を繋ぐ本来の巫女のほかに、葬祭の一切を取り仕切る一種の葬儀屋さんのような役割もあったようです。墓を掘り起こして死者の身に着けている物を着服するのが彼女らの役得とされ、要するにあまり身分のよろしくない人たちと考えられます。孔子の父に関しては諸説ありますが、婚外子であったことは確かなようで、たとえば、ギリシャ神殿の巫女がそうであったように、「儒」もときに春をひさぐようなこともあったかもしれません。
 韓国の一般的なシャーマンは巫堂(ムーダン)といって、そのほとんどが女性ですが、数は少ないものの男巫堂(パクス、地方によってはファーレンイ)も存在します。とはいえ、巫堂の世界は男尊女卑の朝鮮社会にあって、独特の女系・女権社会を維持しており、「巫堂の夫」(巫夫)という言葉は日本でいうところの「髪結いの亭主」、つまり女房の稼ぎで食わしてもらっている男という意味です。ただ、巫夫らの名誉のために付け加えますが、彼らは拡大(クアンデ)=鳴り物の演奏者を兼ねることが多く、まったくのヒモというわけでもないようです。巫夫も多くは、巫女の血筋の者がなります。
 彼女らは朝鮮の伝統的職業区分からすれば賤業であり、今もインテリ層などからは眉をひそめられるような存在ですが、それでも21世紀の時代にもしぶとく生き残っていて庶民の生活の中に溶け込んでいます。巫堂の顧客の主流は中高年の女性で、彼女らは、やれ先祖の口寄せだ、やれ失せ物探しだ、やれ悪魔祓いだ、あるいは占いだ、悩み相談だ、とさまざまな理由を抱えて巫堂のもとに出かけ、先祖の霊やさまざまな神を卸してもらい、一時の心の安定を得て帰っていくのです。
 アメリカ人、特にNYなどの都市部の人は歯医者に通うような感覚で気軽に精神分析医に通うといいます。カトリックにおける懺悔部屋の役割を精神分析医が担っているという見方もありますが、韓国の庶民にとって、それがシャーマンなのかもしれません。
 済州島出身の呉善花氏は子供の頃、地元の巫堂のおばさんに可愛がられ、覚えたての日本語の単語を並べると頭を撫でられたといいます。その巫堂のおばさんもよき日本時代を知る一人だったのかもしれません。海に囲まれた済州島は巫俗信仰が盛んな土地柄で、海難事故の死亡者を冥界に送り成仏させるのは、巫堂の重要な役割でもあります。済州島では巫堂を神房(シンバン)と呼び、他の土地にくらべ、男性巫堂の比率が高いことも特徴のひとつです。
 また、あの悪名高い閔妃の巫堂好きはつとに知られています。
閔妃は王子拓を世子として冊封するために莫大な資金を費やした。そのうえ、閔妃は世子の健康と王室の安寧を祈るために、「巫堂ノリ」を毎日行なわせた。「巫堂ノリ」は巫女(シャーマン)たちが狂ったように踊り、祈る呪術である。そのかたわら、金剛山の1万2000の峰ごとに、一峰あたり1000両の現金と、1石の米と1疋の織物を寄進した。つまり、合計して1200万両の現金と、1万2000石の白米、織物1万2000疋を布施した。当時の国家の財政状態は、150万両、米20万石、織布2000疋を備蓄していたにすぎなかったから、閔妃が金剛山に供養した額は、国庫の6倍以上に当たるもので、とうてい耐えうるものでなかった。》(崔基鎬『韓国 堕落の2000史』祥伝社)
 金完燮(キム・ワンソプ)氏も、閔妃はその存命中、いつも宮中に巫堂を呼ぴ入れ、儀式がない日はなく、腕のいい占い師には即座に絹100疋とカネ一万両を渡すなど、国のカネを湯水のように使ったと記しています。(「SAPIO」2003年2月26日号)
閔妃はお気に入りの巫堂ケトンに王族しか名乗れない君号を贈り「真霊君」とし、廟を与え、あろうことか政(まつりごと)にも介入させました。真霊君の廟に続く街道は、おぼえめでたくあろうと、貢物を積んだ役人の大八車が四里の列を作ったといいます。まさに女版ラスプーチン、女版弓削道鏡です。
 自分の生んだ子を世継ぎにするために、国庫の6倍のカネをシャーマンの祈祷に寄進する。これでは、国が滅ぶのも当然でしょう。

世代交代する巫堂

 巫堂の看板「卍」はソウルのような大都市の片隅でも自然に目にすることができます。中には一階が駄菓子屋で、その駄菓子屋のおばさんが二階の部屋で巫堂を行うといった、兼業型も珍しくありません。「卍」の印は都市生活と冥界をつなぐ"どこでもドア"といっていいでしょう。

卍は巫堂の印。

 巫堂には世襲型巫病型の二種類があります。世襲型はその名の通り、巫堂の娘が母親の職業を受け継いで巫堂になるというケース。こちらが一般的です。もうひとつの巫病型は、いわゆる突然神がかりを起こし、巫堂のところへ運び込まれ、そのまま弟子入りしてしまうケース。神に呼ばれたという意味で召喚型、降神型ともいいます。
 それにつけ、思い出すのは先年、美人巫堂として韓国で大いに話題になった、イム・ジョンという若い女性です。彼女もまた、突然の神がかりを起こし巫堂入りしたわけですが、それ以前もサッカーの試合会場に露出度の高いコスチュームで出没するエロいサポーターとして一部では有名で、露出女(ノチュルニョ)というありがたくないニックネームを頂戴しているお騒がせギャル(死語)でした。その巫堂修行の模様はTVでも紹介されています。頭から水を被ったり、李瞬臣将軍の霊を降ろして重たい兜を被ったままクルクル舞ったり、それなりに大変そうでしたが、露出女からの転身は韓国の若者からは概ね好意的に迎えられたようです。

▲イム・ジョンの巫堂修行

「露出女」時代のイム・ジョン。

 朴軍事政権の迷信撲滅運動からソウル五輪以後の先進国キャンペーンの波を受け、前近代の遺物としてインテリ層からは白眼視されていた巫堂もここへ来て世代交代による若返りの様相を呈しているようで、韓国のTVでは時折り、美人巫堂、少女巫堂の特集が組まれたりしています。
 もっとも忙しい現代社会では、神がかりを起こしたといって、そうそう学業や家事を放擲して巫堂になるわけにもいきません。その場合、先輩巫女に頼んで「私はまだ学生(主婦)なのでご期待に添えることができません」と神さまに言い訳してもらうのです。もちろん、先輩巫堂にいくばくかのお金を払うことになります。

韓国人の霊媒体質

 この神かかりという現象、現代医学では一種の精神病(ヒステリー)として片付けられているようですが、私は韓国人全般にこの神がかり体質、霊媒体質のようなものがデフォルトで備わっているように思えてなりません。よく、「一億総○○」というフレーズがありますが、韓国の人口5千万として、いわば「5千万総シャーマン」です。
 デモや抗議活動で、興奮した韓国人が自分の指を切断したり、割腹をしてみせたり、あるいはガソリン等を被って焼身(焚身)してみせることがよくありますが、ああいった自傷行為に走るのはある種のトランス状態にあるからに他なりません。韓国人は自ら脳内麻薬を大量分泌して忘我の境地に入る先天的才能に恵まれているようです。トランスと自傷は密接な関係があり、世界中のシャーマンに見ることができます。台湾のタンキーなどはその一例です。韓国の巫堂においてもトランスに入ると、刃の上を素足で歩いたり、剣を呑むなど自傷的行為に及ぶケースは珍しくありません。
 また、抗議デモで日本の国鳥キジを殺して生肉を食らったり、生きたブタを日本に見立てて四肢を引っ張って八つ裂きにしたりの行為にも、未開宗教でよく見られる生贄の儀式とどこか相通じるようなものを感じます。 

ブタに罪はないと思うのだが。ヴィーガンさん、どう思いますか。

朝鮮人は本当に怒ると、正気を失うといえるかもしれない。自分の生命がどうなってもいいといった状態になり、牙のある動物になってしまう。口のまわりにあぶくがたまり、いよいよ獣めいた顔つきになる。遺憾なことだが、この怒りの衝動に我を忘れるといった悪癖は男だけの独占ではない。朝鮮の女はすさまじい凶暴さを発揮する。女は立ち上がってひどい大声でわめくので、しまいには喉から声が出なくなり、つぎには猛烈に嘔吐する。 》(ホーマー・アルバート『朝鮮滅亡』太平出版社)
 これはいわゆる「火病」(ファッピョン)と呼ばれる症状のようですが、一種のトランス、あるいは憑依現象と捉えることも可能でしょう。日本では類似の症状を「狐憑き」「犬神憑き」など動物霊の憑依として処理されてきました。
 ちなみに「火病」という用語をネット上の俗語のように思われている読者もいるかもしれませんが、アメリカの精神医学会が正式認定している韓国民族特有の精神疾患(英名anger syndrome)で、韓国でも一般的に広く使われる呼称です。ただ、多少その意味には広狭があり、ここでいう「火病」はやや広義のそれといえます。
 韓国の就職ポータルサイト「ジョブコリア」が、男女会社員1923人を対象に行ったアンケート調査で「むかつく上司と後輩を見た時に表れる症状」という設問の回答で、「火病」が断トツ1位で35.2%。2位は「純度高い怒り」(16・5%)、3位は「頭痛」(14.5%)、4位以下は順に「メンタル崩壊」(10.5%)、「吐き気」(7.3%)、「心臓の高鳴り」(6.9%)となっています。(中央日報2013年4月2日付) 2位以下の症状も「火病」に類するもので、要するに韓国人は、人間関係でストレスが生じると、かなりの確率で「火病」を発症するようです。

死者の支配する国

 新渡戸稲造は朝鮮を「死者の支配する国」といったといいます。生者よりも死者が大切にされる国という意味のようです。
 なるほど、私も、今でこそ韓国に対する多様なイメージがありますが、昔は韓国と聞くと、白衣の葬列や泣き女、あるいは祭祀といった「死者」に関連するイメージがまず浮かんできたような気がします。理由ははっきりしません。しかし、あながちそれは穿った見方ではないと今でも思っています。2008年、放火によって焼失したソウルの南大門跡で、焼けた門のための葬礼が行われたニュースを見たときにもそう確信しました。
 この人たちは生物でもない門まで葬義の対象にするのか、よほど葬式が好きなのかなと、これは正直な感想です。日本でも針供養とか人形供養とか、無生物に対する供養は行われますが、それともニュアンスが違うような気がしました。韓国人は供養・菩提というメンタルなものよりも、葬儀というセレモニー自体に不思議な愛着をもつように思われます。そういえば、日本の首相や政治家の写真を遺影に見立てた抗議デモや、サッカーW杯で相手チームの選手の写真を黒枠で飾ってのいやがらせなど、韓国人の得意とするところです。2011年(平成23年)8月、鬱陵島の独島博物館を視察に出かけた稲田朋美氏ら日本の国会議員3人を金浦空港で待ち構えていたのは抗議団が用意した3つの棺おけでした。
 新渡戸のいった「死者の支配する国」とは「葬式(祭礼)の国」という意味だったかもしれません。

日本大使館前で虎の葬式を上げる男。加藤清正の虎退治に抗議しているらしい。

 さて、儒教を信奉する韓国人にとってもっとも大切なのは祖霊(祖先の霊)です。長男となれば、自分から遡って4代前までのご先祖さまの祭祀(チェサ)を執り行うのが第一の務めということになります。
 祭祀は日本の法事を大規模にしたものといえば、当たらずも遠からずですが、ちょっとスケールが違います。なにせ親戚一同が長男の家(本家)に集うので、料理の用意だけでゆうに3日。その間、男は何もせず、嫁は台所に立ちっぱなし。祭祀当日の男たちと同じテーブルを囲むこともありません。完全に男尊女卑の世界です。韓国人男性と結婚したいなどと夢を見ている日本女性は、今のうちから覚悟しておいたほうがいいでしょう。
 何せ4代の両親ですから、年に最低でも8、9回も祭祀がある計算になります。当然、散財の方も相当なもの。さすがに最近では都市部の祭祀はだいぶ簡略化され、日本でも出来合いのおせち料理をスーパーで買ってすませるように、セット化された祭祀料理をネットで注文するというケースも増えているようですが、伝統を重んじる老人にはやはり不評のようです。
 これはまったくの余談ですが、韓国では葬儀や祭祀で花や穀物をそれこそ山のように盛ります。あの量感にはそれだけで圧倒されまれすが、韓国人の美意識の根底にあるのが量感です。黄文雄氏によれば、漢字の「美」という字は「大きい羊」と書くことからもわかるように、中国人にとって美は「巨大さ」を意味しているのだそうです。なるほど、万里の長城も、西太后の離宮、頤和園(いわえん)も日本人の想像を絶する巨大さです。頤和園は総面積290ヘクタール、東京ドーム50個ぶんの敷地内に、これまた巨大な人工湖、昆明湖が水をたたえています。大きいことがよきかな、なのです。
中国人にとっての美が大きさであるなら、韓国人にとっての美が数量ということになります。床の間の一輪挿しを愛でる習慣は韓国にはありません。花を飾るならば面前をあふれせせるように飾るのが韓国式です。供物もピラミッドのように高く盛ってこそ「孝」の証なのです。美人コンテストなどでも、同じ顔をした整形美人が大量に居並ぶという(あくまで日本人から見て)珍現象も、この美=量感という韓国人の独特の感性と無縁ではありません。

同じ顔ばかりがタイ焼きのように量産される。人呼んでタイ焼き美人。

処女のまま死ぬと鬼神になる

 祭祀で祀られるのはあくまで族譜に則った祖霊ですが、それ以外の、祀られることのない霊も当然無数にあって、朝鮮ではそれを鬼神(邪霊)と考えます。この鬼神を鎮め、慰めたり、ときに人に憑いて悪さをする鬼神を追い払うのも、巫堂の大切な仕事のひとつです。ちなみに、巫堂のお祓い儀式を「クッ」といいます。
 われわれが普段なにげに使う「敬遠」という言葉、実は論語の「敬鬼神而遠之」(鬼神は敬うがこれを遠ざけるべし)の一節を語源としています。鬼神とは、敬わないと祟られるので敬うけれど近づきたくないもの――これにつきるというものです。
 では、どんな霊が鬼神になるのか。もっともポピュラーなのは未婚で死んだ女性の霊、処女鬼神です。男を知らず死んだ娘はそれだけ「恨」が強く鬼神になりやすいと考えられています。
 朝鮮では山のふもとなどに大きな土饅頭をこしらえて墓にするのが慣わしですが、処女のまま死んだ娘の墓には土饅頭を盛ることはありません。われわれの感覚からすれば明らかな女性差別です。朝鮮でもさすがにそれだけでは可愛そうだと思ったのか、こんな俗話が残っています。
ある日、旅人が酔っ払って路傍の墓に小便を引っ掛けた。その晩、旅人の枕元に美しい処女がみえて「私は今日、あなたのもっている貴いものを見せていただくことができました。これで私の恨も解けて、あの世に旅立つことができます」と言って消えた。それ以後、娘の霊がたびたび旅人を救った。娘の助言で彼は科挙にも及第し美しい妻もめとることもできた。以来、未婚女の墓に土が盛られなくなったという。人が気が付かず、小便をかけやすいように。》(『朝鮮の民話』岩崎美術社刊)
 つまり、墓を盛らないのは処女霊を成仏させる機会(陽根を拝ませて恨を溶く)を増やす親切心なのだそうです。小便をかけた男性の方も出世するので万々歳ということになります。
 また、処女の遺体を墓地には埋葬せず、墓地に続く道の途中に穴を掘り暗葬(一晩のうちにこっそり葬る)する風習もありました。
その理由は、処女の霊魂が鬼神のなかでも怖ろしい部類に入る鬼神、孫閣氏(ソンカツシー)にならないようにするためである。異性を知らぬまま死んだ恨み、つまり絶ちがたい春情への未練は、多くの人たちの足で踏まれることによって断ち切ることができると考えられていたのである。》(林鐘国『ソウル城下に漢江は流れる』平凡社)
 孫閣氏というのは処女の霊魂が祟って化身した妖怪で、代々実家に祟り、主に処女に害するといいます。未婚の女の遺体を道の辻にそっと埋葬するのは、多くの男に踏ませることによって性交の代用行為としたようです。
 村山智順の労作『朝鮮の鬼神』(昭和4年)にも、このことが紹介されています。村山は朝鮮総督府嘱託の学者で、智順(ちじゅん)という珍しい名前からもわかるように僧籍にあった人です。迷信、習俗、呪術、民間治療などに関して膨大な記録を残しています。
年歯妙齢に達し未だ春を解せずして世を辞したる処女の魂が、悶々の情に堪えずして
遂に悪鬼となり、代代其家に祟り併せて他人の処女を害するもの、又一説には処女のみに取憑く出歯式の悪鬼なりとの二説あれども確たる事は不明。鮮人は最も之を怖れ巫女は之を金儲の材料に使う、若し処女が病に罹れば直に巫女をして孫閣氏の祟りなりや否やを問わしめ、然りと云うときは祈祷を依頼し種種の供物をして巫女は鐘鼓を打ち賽舞す、而して孫閣氏が衣類に乗り移る様に其処女の衣服全部を屋内の空室に積み重ね昼夜祈祷を続行する、それにもかかわらず其処女病死せば之を埋葬する時には男子の衣服を着せ頭を下に足を上に倒して墓穴に葬り其上に沢山の刺のある木の枝を棺の周囲に埋める。或は道路の四達の十字交差点下に密かに埋却し、せめてもと多数の男子に其上を踏ましめ、艶情を満足せしめ悪魔の出て来ぬ様にする。
》(村山智順『朝鮮の鬼神』朝鮮総督府)
 処女に病あれば、「孫閣氏(鬼神)の祟り」だとして巫女(巫堂)が祈祷料をふんだくったと村上は記しています。孫閣氏を乗り移れるように処女の衣類を開き部屋に積み重ねるとか、祈祷空しく処女が死んだ場合、男物の衣類を着せ、棺の周りにトゲのある木の枝を埋めるなど興味深い記述も出てきますが、紙面の関係上、これ以上の考察は置いて、先を急ぎます。

村山智順は数多くの写真も残している。写真は厄払い人形のチェウン。『朝鮮の鬼神』より。
眼病払いのおまじない。『朝鮮の鬼神』より。

死後婚礼を挙げた韓流女優

 こういった処女霊(未婚霊)の有力な救済法が冥婚(死後婚礼)です。つまり、死者のための結婚式です。韓国ではこの冥婚が現在でも、さかんとはいいませんが、決して奇異な儀式とは思われない程度によく行われています。
 死後婚礼には二種類あって、死者と生者の結婚と男女共に死者の結婚です。前者では、1982年11月、米ラスベガスのWBCライトヘビー級世界タイトルマッチで、14ラウンド壮絶KO負けのまま病院で死去した韓国人ボクサー・金得九(キム・トック)と婚約者・李英美(イ・ヨンミ)氏のケースが有名で、この二人の「結婚」は当時、韓国中の涙をそそりました。英美氏は3ヶ月の身重だったそうです。余談ですが、この金得九選手の死がきっかけとなり、これまで15ラウンド制で行われていたボクシングの世界タイトル戦が現在の12ラウンド制に改められています。
 また、98年には、元慰安婦の李容洙さんが、恋人だった日本人特攻隊員と死後婚を行ったと発表して話題になりました。

ファイター金得九選手。運ばれた病院で植物状態であることを告げられ、母親の同意のもと生命維持装置が外された。その母親も事故の3カ月後、後追い自殺。試合を止めるタイミングを誤ったと攻め告げられたレフェリーも自ら命を絶った。不幸は連鎖する。
何かとお騒がせの李容洙さんだが、日本人の「霊魂」と結婚したことで、韓国では「裏切り者」という批判も。

 一般に冥婚といえば、後者、つまり死者と死者の婚礼を指すようです。これに関しては、2007年2月、26歳の若さで自ら命を絶った女優・チョン・ダビン(鄭多彬)のケースが記憶に生々しいかもしれません。 彼女、子役出身でシリアスからコミカルな役柄までこなす役者さんでしたが、移籍を巡って所属事務所との間にトラブルを抱えて悩んでいたともいわれます。一説によるとダビンと事務所社長はかつて男女の関係であり、社長は個人的なヒモでもあったらしく、移籍するならあれこれバラすと脅されていたという話もあるようですが、真相は定かではありません。また、整形手術の結果に不満をもっていたともいわれています。それはさておいても、いわゆる性上納(性接待)の問題も含めて、韓国芸能界の闇の部分が見え隠れする自殺劇だったのは確かなようです。
 ダビンの死から4年後の2011年5月、彼女の母親のたっての希望で、02年に病死した5歳年上(享年は同じ26歳)の男性との冥婚(報道では霊魂結婚式)が執り行われました。ダビンの両親と青年の両親が友人同士ということもあって、話はスムーズに進んだといいます(ダビンと青年の間に面識があったかは報道からは不明)。
 冥婚を取り持つのも当然、巫堂の仕事です。ダビンのケースのように、新郎(新婦)があらかじめ決まっている場合はよいとして、相手が決まっていない場合は巫堂が同じ年頃の手ごろな新郎・新婦の霊を斡旋してカップリングします。むろん、その場合は別途仲介料も派生するのでしょう。

死後婚礼(冥婚)で、床入れの儀式に使われる人形。冥婚はアジアで広く行われていた。中国のある地方では、本物の遺体を用いる。他ごろな遺体を斡旋する死体屋ビジネスもあるようだ。日本では東北地方に、ムサカリ絵馬という死後婚の風趣があった。

「結婚式」には両班装束の男女の人形が使われ、床入れの儀式も行われます。花嫁花婿の合成写真が遺影代わりに使われますが、ダビンの場合では、体に比べて合成した顔が大き過ぎて、昔の投稿雑誌のアイコラ投稿のような出来になってしまい、要らぬお節介とはいえ、もう少しどうにかならないのかと思いましたが、ダビンの母はただただ満足そうでした。ここいらへんがケンチャナヨ精神というところなのでしょう。二人の遺骨はひとつの墓所に埋葬されたとのことです。

▲チョン・ダビンの死後結婚式。眼鏡をかけた中年女性が母親のようだ。

 ダビンの母親という人はこういった民間信仰的なものに熱心ならしく、09年には、巫堂に"娘"の霊を口寄せしてもらい、それをケーブルTVで生中継させるということもやっています。その時、巫堂の口を借りて出た"ダビン”の言葉に他殺を連想させるものがあり、さすがにやり過ぎだと局に非難の電話が殺到したとのことです。実はダビンが首を吊ったのは当時半同棲中のイ・ガンヒという俳優の部屋で、一時期、第一発見者である彼にあらぬ目が注がれていたこともあり、イにしてみれば、元恋人の死後婚礼からして心境複雑なものがあっただろうにと、同じ男として同情せずにはいられませんが、わが子可愛いやのダビンの母親には、イのことなど眼中にもないといった様子で、ここいらへんは、むしろスガスガしいほど韓国人です。
 翻ってダビンの身として考えたら、死後に独り身では寂しかろうと冥婚を挙げてくれた母に感謝すべきなのか、あるいは好きでもない相手と結婚させられてありがた迷惑と考えるのか、ちょっと複雑なところかもしれません。
 なお、死後婚を題材にした演劇に李麗仙の独り芝居『オモニ』があります。

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(初出)『韓国呪術と反日』(青林堂)。一部加筆。


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