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変態さんよありがとう⑬~顔面騎乗イラストの始祖・春川ナミオ先生

 性倒錯を主題にしたクリエーターには大きくわけて、二通りいる。実践型クリエーターと妄想型クリエーターである。実践型については説明はいらないだろう。妄想型クリエーターは、文字通り、自身の妄想の中で作品を完成させるタイプの創作者である。ともすれば、妄想型よりも実践型のほうが、本格派であるかのように思われるかもしれないが、そんなことはまったくない。経験がなければ書けないというのなら、ミステリー作家はみな殺人犯でなくてはいけなくなる。むしろ妄想クリエーターたちの無限のイマジネーションは、僕らをしばし悪夢のユートピアへと遊ばせてくれる。このタイプの作家で突き抜けた存在を一人挙げるなら、『家畜人ヤプー』の沼正三だろう。ちなみに、団鬼六先生は一度もSMプレイなどしたことがないという。
 今回、触れる春川ナミオ先生もまた、妄想型クリエーターの代表格だと思う。先生の絵の世界のような、極端な体格差のある男女はまず存在しないし、あの世界で描かれる願望は、女性の豊満な尻の下での圧死、窒息死だ。現実世界で再現は不可能だからだ。妄想の中でしか咲かないプレイであり、まさに、唯一無比の春川ワールドなのである。

銀座ヴァニラ画廊で行われた追悼展のポスター

 春川先生の宝塚のご自宅兼アトリエにお邪魔したのは、正確には憶えていないが、震災の復興もようやく済んだ時期だから、90年代の終わりだったと思う。となるともうかなりの年月が経ったということになる。待ち合わせの場所に現れたナミオ先生は、デニムの上下を着た小柄な老紳士だった。東野英治郎を少し洒脱にした感じである。
 やはりというか、春川ナミオというペンネームは、女優・春川ますみと谷崎潤一郎の小説『痴人の愛』のヒロイン・ナオミをもじったものだそうだ。『痴人の愛』は、京マチ子版(49年)、叶順子版(60年)、安田道代版(67年)(いずれも大映)、それに『ナオミ』のタイトルで封切られた、水原ゆう紀版(80年=東映)がある。先生に「どのナオミが一番お気に入りですか?」と尋ねたら、「それはもう、叶順子ですな」と即答された。僕も叶順子版が一押しなので、お話は合った。ただ、豊満という意味ならば、京マチ子のほうが先生好みだろうと思っていたからこれは意外でもあった。ちなみに、京マチ子版では、家出から帰ってきたナオミが改心して終わる。昭和24年の当時では、男が女に屈服するという結末は許容されないと判断されたのだろう。ワンマンで知られた永田雅一大映社長の指示だったのかもしれない。この改編をよしとしない京マチ子版の監督・木村恵吾がより原作に近い形でリメイクしたのが、叶順子版なのである。おそらく、春川先生も、京マチ子版の結末は納得されていなかったのだと思う。もっとも京マチ子版が封切りされたとき、春川先生はまだ2歳だったが。

『痴人の愛』の叶順子。ニンフな役をやらせたら天下一品だった。
こちらは京マチ子版『痴人の愛』。この翌年の京が出演した黒澤明作品『羅生門』はヴェネチア映画祭金獅子賞を獲得、彼女はグランプリ女優といわれるようになった。

 お宅には、娘さんが拾ってきて育てているという猫がいた。僕が猫好きだと知ると、先生はわざわざ台所から連れてきてくれたものである。
「あの地震のとき、まだ子猫でね。揺れでびっくりして2階の窓から下に落ちてしまいましてな。ずいぶんと心配したけれど、2日目に無事戻ってきましたわ」
 春川先生はそういいながら、猫の背をやさしく撫ぜた。お話を聞いて、あらためて大震災があったことを思い起こさせてくれた次第だ。

これはおまけ。春川ますみ。谷崎潤一郎も彼女のファンで、可愛がっていたようだ。

 もう20年も経ったので、差しさわりがないと思って書くが、先生は高齢になって生まれたお嬢さんをとても可愛がっていらっしゃる様子だった。当時、お嬢さんはまだ小学生で、先生のお仕事についても当然伝えておらず、アトリエには足を踏み入れてはいけないと厳命しているとのこと。
「いつかは話さなくてはいけませんなあ…」
 これは家族をもったマニアには共通する悩みである。
 あらためてアトリエの中を拝見する。ペン立てには4~6Bの鉛筆が林立している。どれもが錐のように先が長く尖っている。先端恐怖症が見たら怖気を振るに違いない。消しゴムは汚れた部分をカッターで切り落として、常に白い部分を使っておられるようだ。いつも思う。一流の創作者の仕事場というのは、独特の緊張感とぬくもりを感じるものだ。
 ふと作業台上に、完成したばかりの2枚の作品を見た。ブクブクに肥った少女が描かれているが、その二人のキャラは、どう見ても綾波レイとキキ(『魔女の宅急便』)なのである。春川先生がアニメファンだとも思えないので、「これは何ですか」と伺ったところ、さるマニアからの個人発注なのだという。
 きっと、これを発注したマニアも、春川ワールドに魅入られ、甘美な悪夢に遊びながら、自分なりの妄想を膨らませていったことだろう。豊満なアニメキャラに圧殺されたい、という願望に一人むせび続けたことだろう。と、同時に春川ナミオのイラストが幅広い年齢層に愛されていることも痛感した。なんでもヨーロッパにも熱烈なファンがいるそうである。

 春川先生はアニメファンではなかったが、実はアマチュア・アニメーターでもあった。帰りに先生自作のアニメビデオをいただいた。内容は、やはり超豊満な女性と小柄な男の人間便器もので、尻に敷かれた男が女性の大量の小水を浴びて溺れ死ぬといった内容だった。わずか15分程度の作品であるが、鉛筆画を一枚一枚描いて動かすというは、やはりかなりの手間暇、労力が必要だったことだろう。

マニアというのは一人一派だというけれど、SMに顔面騎乗というジャンルを確立し、豊満フェチとマゾヒズムのマリアージュを提示した、春川ナミオ・ワールド、これはやはり一代限りのものだろう。

春川ナミオ先生、ありがとうございました。改めてご冥福をお祈りいたします。

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