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映画俳優?但馬オサムのはなし

 僕の映画出演などの話をしようか。ライター以外の但馬オサムの活動である。
 最初に、映画に出たのは群雄社時代の末期だったと思う。たまたま、ピンク映画の撮影現場取材にいったら、助監督に気に入れられ、「一本出てみないか」と誘われたのがきっかけだ。
 渡された脚本には、『時計仕掛けのオレンジ』ならぬ『機械仕掛けのナントカ』とか書いてあった。もっともこれはあくまでダミーのタイトル。ピンク映画では、脚本と上映時、ソフト化されたときでタイトルがそれぞれ違うなんて普通のことだ。たとえば、スタッフが喫茶店で打ち合わせをする、あるいはお店などとロケの交渉をする際、脚本の表紙に『悶絶!人妻肉欲団地』であったりするといろいろとまずいわけである。あの周防正之監督のデビュー作『変態家族 兄貴の嫁さん』の脚本タイトルは『お嫁さん日和』だった。
 渡された台本を見ると、僕の役名は「伊達男」。チョイ役ながら、セリフもいくつかある。
ということは、一応演技らしいことをしなければいけないということである。責任重大だ。
 助監督からは、「伊達男ぽい服装で着てくれ」と言われた。だいたい、どういうものが伊達男なのかよくわからないし、僕のどこが伊達男なのか。とりあえず、一張羅の黒ベルベッドのスーツにネクタイというかっこうでロケ先の新宿のスナックまで出かけた。
 脚本はなかなかしゃれていた。フリフリのアイドル歌手がオタクなストーカーに拉致監禁される。それと同時進行的に、アイドル歌手の双子の姉が淫蕩な男遊びを繰り返すという、サスペンス仕立てになっていた。監督は 中山潔氏。アイドルと姉の二役をベテラン日野繭子さんが演じていた。
 僕の演じる「伊達男」は、アイドル姉とスナックで遭遇。トイレに連れ込み、姦ってしまう、ただそれだけの役であるし、絡みはビニ本時代にさんざやっているので、慣れているが、やはり映画のキャメラを前にすると、また違った緊張感がある。どれくらい緊張していたかといえば、日野さんの黒スリップを脱がすのに手間取って破いてしまったくらいだ。彼女の自前だったから、叱られたのはいうまでもない。初めて見る前張りもちょっと感動した。
 一点、とても気になったことがあった。こっちも勝手がよくわからず、絡みの途中、ふと監督のほう、つまりカメラを真正面から見てしてまったのである。その部分、きっと間が抜けて見えるはずだから、編集でカットしてくださいと監督にお願いしたら、監督はわかった、わかったと笑っていた。
 一週間後、今度はアフレコである。二言三言だったが、僕の役にはセリフがあった。日吉のスタジオに呼ばれた。80年代になっても、ピンク映画は同録でなくアフレコなのであった。
男女ペアになって、絡みの部分のアノ声をレコーディングしている。さすが、プロだなと思ったのは、女優さんが悩まし気な声を出すのが上手いのは当然だが、男優さんのほうも、女優さんの声のとぎれとぎれに、合いの手を入れる感じで、「うう…」とか「はあん」とか言っているのである。それがまた実に自然なのだ。
さて、僕と日野さんの番である。僕も先輩の男優さんに倣って、日野さんのあえぎにかぶるように「ああああ~」とマイクに向かって声を上げたら、ブースにいる監督がヘッドフォンを外して「男は悶えんでいい!」と叫んでいた。
 そのまた数日後である。試写には仕事の関係で遅れていった。映写室の扉を開けたら、ちょうどスクリーンでは、僕が日野さんを犯しているシーンである。しかも、あれほど監督に「カットしてください」といった、カメラ目線のマヌケ面がばっちり映っているのだ。客席からは笑い声はおきなかったけど、そのまま映写室の暗闇に溶けてしまいたいと思ったものだ。
『機械仕掛けのナントカ』は、『誘拐密室暴行』というタイトルでその年の春に無事公開された。配給は新東宝だった。

ヤボな修正は入れたくないんだが、どこでAIに引っ掛かるかわからんので。また、物好きなチクリ屋もいるしね。
今やピンク映画館自体、見かけなくなった。


(追記)
 ちょっとだけお話に続きがある。
『誘拐密室暴行』だけれど、なぜか、撮影中も打ち上げの飲み会でも、日野繭子さんは話しかけてもそっけないし、なんとなく怖い感じすらしたものだ。他の女優さん、男優さん、スタッフがフランクだったのでなおさら、よそよそしさが際立った。まさかスリップを破いたことを根に持っているわけではあるまい。
 後年、黄金劇場の飲み会で再会した日野さんにそのことを話したら、
「あのときはさ、助監から、今度連れてくるやつは本物の暴行魔だから、気合入れて演技してよって言われてね、正直、あんたのこと怖かったのよー」
 と打ち明けられた。伊達男がいつから暴行魔になったんだろ。それにしても失礼な話だな。苦笑するしかなかった。
 昔、横浜に黄金(こがね)劇場というストリップ小屋があったので、よく混同されることもあったが、ここでいう黄金劇場は、シマタツこと島達弘さんが主宰するアングラ劇団・黄金(おうごん)劇場。日野さんも何度か黄金劇場で芝居をしたことがあるらしい。ピンク映画とアングラ劇団は本来、近い関係にあるのだ。ピンクの女優が「板場の芝居」がしたいということでアングラの舞台に上がることもあれば、逆にアングラ系の女優がアルバイトで映画に出ることもよくあった。
 僕もひょんなことから、黄金劇場に役者として参加することになったのだが、そのあたりのお話はまたいずれの機会に――。

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