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ドレッシングルームだけが知っている。タイガーマスク、二重の仮面の秘密

原作版伊達直人、それは壮絶な孤独死だ

『タイガーマスク』はいうまでもなく、梶原一騎原作のプロレスマンガの金字塔であり、おそらく今後これを超えるプロレスマンガは現れることはないだろう。
 その『タイガーマスク』だけれど、アニメ版と原作版では、キャラクターのビジュアルもふくめてその趣は大いに違う。特にアニメ版中盤以降の、原作ストーリーを完全に無視した暴走っぷりは一部マニアには定評で、超ボスキャラ、タイガー・ザ・グレートを壮絶な反則マッチの末に血の海に沈める最終回(どう見ても、殺しているだろ)は、テレビアニメ史上に残るトラウマ・エピソードとして語り継がれている。
 一方、原作版では、NWA世界王者ドリー・ファンクJrとの再戦を控え大坂入りをしていたタイガーマスク=伊達直人が、暴走トラックに跳ねられそうになる寸前の少年に遭遇、これを救出したものの、自分が跳ねられて死んでしまうのである。いまわの際、直人はポケットから虎の仮面を取り出し川へ捨てるのだ。彼の死によってタイガーマスクの正体は永遠の謎となってしまうのである。あっけないというか、尻切れトンボ感の強いラストだった。
 作画を担当した辻なおきも、最終回の原作原稿を読んで、「こんな安易な結末がるか」と梶原一騎に電話で文句を言ったそうだ。ちなみに、アニメ版のメインライターだった辻真先は同姓ということもあって、当時、辻なおきと混同して記憶している少年ファンもいた。
 読者の反応もイマイチだったようで、今も『タイガーマスク』のラストについてはアニメ版に軍配を上げるファンも多い。

罰当たりなセリフを吐く健太。

 そもそも、猛獣と闘い、コールタールのプールで泳ぎ、巨大な鉄球を体に受けるといった、虎の穴の怪特訓に耐えてきた不死身の男が、トラックに跳ねられたくらいであっさり死ぬというのも拍子抜けだ。ジャイアント馬場、アントニオ猪木という実在のプロレスラーと荒唐無稽な虎の穴レスラーが上手く共存する作品世界だっただけに、残念な気もする。
 まあ、それはさておくとして、近年単行本全巻を通して読み返してみたが、これはこれで、原作版のタイガーマスクらしい最期では、とも思えてきたのである。
この犬死ににも等しいタイガーの死は、ある意味で孤独死と言い換えてもいい。
 こんなことを考えてみる。虎の穴を壊滅させ、ドリー・ファンクJrとの再戦にも勝利し、日本人初、覆面レスラー初のNWA王者の栄冠を一度は手にしたとして、その後のタイガーマスクはどうなるのだろう。虎の穴の怪人レスラーたちとの死闘の数々は確実に彼の選手生命を縮めているはずだ。すべてのたくわえを世界のみなしごたちと富士の裾野のみなしごランド建設につぎこんだあと、老年に達した伊達直人がボロボロの体を抱え、看取る者なく一人、都会の片隅のアパートの一室で死んでいく、というストーリーである。むろん、彼が元レスラー、しかもタイガーマスクだったなどということは、他の住人は誰も知るよしもない…。
 思えば、タイガーマスク=伊達直人は、昭和の少年漫画の中でももっとも孤独なヒーローではなかったか。アニメ版よりも漫画版のタイガーにより孤独の影がより重くのしかかっている。

まさに梶原ワールド。プロレスに関する情報が行き届いている現在、ここまでぶっ飛んだ作品は成立しないだろう。古き良き時代である。

 そもそも、伊達直人はどこに住んでいるのだろう。孤児院時代、虎の穴時代の彼については物語の中でも語られてはいるが、黄色い悪魔タイガーマスクとなって以降の彼の私生活は、原作、でもアニメでも一切明かされることはなかった。健太たちの待つちびっこハウスの門をさっそうとくぐるあの赤いスポーツカーは一体どこからくるのか。「お金もちのキザ兄ちゃん」を演じていても、どれくらいのお金もちなのかは、よくわからなかった。
ここまで読んでくれた読者は、すでに気付いているだろう。伊達直人は実は、二重の仮面を被っているのである。ひとつは、いうまでもなく、健太たちちびっこハウスの子供たちの憧れであるリングのヒーロー・タイガーマスク。そして、その健太たちの前では、たよりない「キザにいちゃん」の仮面を。
 彼が本当の素顔をさらけ出せるのは、試合後のドレッシングルーム、虎の仮面を脱いで鏡の前でひとりごちするときだけである。虎の使者の恐ろしさ、自分ひとりでは世界中のみなしごを救うことはとうていできないという無念さ、健太たちに対する本当の気持ち、が吐露されるのはいつもドレッシングルームだったではないか。
 タイガーマスクでも「キザにいちゃん」でもない、生身の伊達直人を知っているのはドレッシングルームの鏡だけ。なんという孤独であろうか。実際、レスラーにプライベート用の控室が用意されているなどということは、ありえないことだが、ことこれはニクい設定である。

血まみれの天使……。

大門大吾やケン高岡という”抜け忍”仲間がいるだけ、アニメ版の伊達直人はまだしも救いがある。原作版のハードさがおわかりいただけるかと思う。
そして、アニメ版にあった、ルリ子さんへの愛の告白も許されず、原作版伊達直人は一人静かに死んでいく。
僕自身、このトシまで独身。いずれ孤独死する身分だ。そんなこともあって、妙に原作版伊達直人に共感してしまう今日この頃なのである。

タイガーの本当の顔を知ってる者は…。


初出・『昭和39年の俺たち』2023年9月号

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