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天道花と天道虫


<季節行事の農的暮らしと文化 4月 天道花と天道虫>

卯月の8日は天道花を掲げる風習が中国・四国地方を中心に西日本各地で見られる。もともとお釈迦様の誕生日を祝う行事であり、地方によっては旧暦の卯月8日(5月8日頃)に行うところもある。

竿の先にウツギ、ツツジ、シャクナゲなどをくくりつけて高く立てて、お釈迦様もしくはお天道様に対して掲げる。
また家の玄関などに花瓶をかけて、花を立てるところもある。
これらの花を天道花とか日輪花とかいう。これは名の通り日の神様に捧げたものである。

御釈迦様の生誕を祝った九匹の龍が不老不死の飲み物である甘露を吐き注いだ伝説(産湯にした伝説もある)からアマチャ(ヅル)の葉を煎じた甘茶を飲む習慣がある。
独特な甘味を持つ甘茶は無病息災の縁起物として、家族全員で飲んで厄除けとする。甘茶を飲むことで子供が健やかに成長できるという言い伝えから、地域によっては子供達が衣装をまとい、おめかしして町内を歩く稚児行列も行われ、無事に成長することを願う行事も残っている。ちょうどこの頃にツバメがやってきて子育ての準備をすることにもリンクする。入れ替わるように雁(がん)は子供を連れて北へ帰っていく。

また稲の種籾を播くタイミングと被ることから山の神様や田の神様を祀った行事の一つとして、雨乞いをする地域もある。
江戸時代の仏教と神道が融合していった名残が季節の行事にも残っているわけだ。そして、ここに儒教や道教といった中国古来の思想もまた江戸時代の農民は受け入れてきた。

それが天道思想である。江戸時代の農書を代表する農業全書(宮崎安貞著)にはこう記されている。

「陰陽のバランスをよく調和させることが大切である。・・・農家はこの道理をよくわきまえて、あらゆる農事に陰陽を調和させて、天地の徳を助けるようにすべきだ。」

江戸時代の農民たちは人間の都合ではなく、野菜の都合、自然の都合、地球の都合を第一にすることを極意のように語った。
そして、それを天道と呼んでいた。
また、天道はお天道さまの太陽だけではなく、人が生きるべき天の道として考えていたようだ。

中国思想の天・地・人の三才思想に「天の道を用い、地の利に因り、人の事を尽くす」という言葉がある。
これこそ農業の根本的な考え方を示している。
天こそが最も優位を占め、天道あってこそ地の利と人の功はいきてくる、というわけだ。

もともと中国思想の天道は、天に選ばれた皇帝のみが天子として天を祀り、他のものは天と関わることはできない。しかし、日本では将軍だけではなく個々の領主、さらには民衆までもが天道と直接向き合うことができると考えられていた。

天道と直接向き合うことで、自らを律し主体形成を行うことができる。
天道はすべての人々の親として、行動の指針を与える存在だったのだ。
将軍は天の祭祀を行わず、独占しなかった。こうして天道は万民に解放された。

江戸時代前期を代表する思想家の貝原益軒は
「人は天を父とし、地を母として、限りなき天地の恩恵を受けた天地の子」という思想で天をすべての人に開放した。
人々の家職はそれぞれ違うがその奥には道徳心があり、将軍から農民までみな同じ天地の子であり、直接天と向かい合っているという。
万物を愛する御心(仁心)を持って、天地のお恵みの力を助けるべき存在が我々天地の子である人の役割だと言う。

益軒は編集に関わった農業全書(宮崎安貞著)で天職のうちもっとも大事なのが農業であると強調している。
「目前に天地の化をたすけて、世をゆたかにする手立てなれば、聖人の御心にかなひたるわざなり。心あらん人誰か是をたつとびざらん。」と農業を最も貴いものと位置付けている。

この思想は農書の普及とともに全国に波及していった。それは江戸時代の百姓の中で流行した伊勢信仰(主祭神・天照大神)も深く関わっている。実際に農民が採用した暦は伊勢で配られおり、太陽ほど農民にとっても植物にとっても重要な要素はない。

農民は幼い頃から「御天道様が見ている」「御天道様に恥じない行いを」などとしつけられてきた。
江戸時代の農民が大切にしていた「勤勉・倹約・孝行・忍従・正直」などの道徳心は天道あってこそだった。この思想は現代の日本人にも受け継がれており、嘘をつくことやズルをすることはたとえ周りの人が見ていなくても、お天道様が見ていてしっかりと罰を与えられる、と考える人も多いだろう。日頃の行いが悪天候や悪運につながると考えるのも、もともとはこの天道思想である。

その天道の名をつけられている虫がいる。そうテントウムシである。
名前の由来はテントウムシが枝や葉を歩いていって、行き場を失うと天に向かって飛び立つ様子から名付けられたと言う。

テントウムシはちょうどこの時期になるとたくさん目につくようになる。畑にも野草地にも歩いているとテントウムシの幼虫もよく目につく。
テントウムシの幼虫も成虫もよくキク科植物の近くで観察できることが多い。これはキク科に集まってくるアブラムシを目当てにしているためなのだが、キク科植物の花が日輪模様であることは興味深い。

日本には約180種ほどが生息しており、その多くが肉食でアブラムシやカイガラムシなど野菜を食する害虫を食べてくれるため、生物農薬として研究と応用が進んでいる。また菌食のテントウムシはうどんこ病の病原菌を食べてくれる。そのためか、テントウムシは昔から幸運を呼ぶ虫として世界中で愛されてきた。

テントウムシを畑に長く居てもらうためには、キク科植物の他にシソ科植物も有効で、さまざまな品種が常に育っている環境を用意することで春から秋にかけてずっと居てもらうことができる。また、卵を産むところは種によって草の葉だったり低木の枝だったり様々なので、こちらもやはり多様な植物を植えておくことがオススメだ。

しかし、テントウムシの中には野菜などの植物を食べるベジタリアンもいる。害虫扱いを受けるテントウムシをテントウムシダマシと呼ぶ人見るが、実際はテントウムシダマシという別の科が存在する。

テントウムシといえばまん丸の姿に鮮やかな色と水玉模様が可愛らしく、子供から大人まで広く愛されている。
テントウムシのようにはっきりと目立つ色をしている虫の多くは毒を持っていることを強調しているという。実際に鳥や肉食昆虫にとって目につきやすいのは、捕食の危険性が高まる。しかし、はじめから毒を持っていることが分かれば、誤って食べられることがないという戦略である。そして、それを真似したのがベジタリアンの虫である。彼らは毒を持っていないにも関わらず、見た目を真似することで捕食から逃れようとしている。
そのため鳥はときに毒のあるテントウムシを捕食してしまうことがあるという。

結局のところ自然界では天敵に食べられるかどうかは、目に見える日頃の行いよりも、運任せといったところなのかもしれない。


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