短編小説：おはようとパン

ちょっと聞いてよお母さん。お父さんがね

「今日から朝食は俺が作る」

なんて言い出してから、もう毎朝未知との遭遇なの。私も早起きして手伝うよって言っても聞いてくれないから

「朝食はパンにしたら？」

ってお父さんに提案してみたの。家にはトースターがなかったからパンを焼くときはフライパンしかなかったんだけどね、パンを焼くくらいならお父さんでも出来るかなって思って、私なりの、思いやりだったんだけど。お父さんったら、毎朝違うパン料理を作るようになったんだ。

「これ、何？」
「……フレンチトースト、だったもの」

普通に、食パンを焼いてくれるだけでもいいのに、毎朝変にこだわったパン料理を作ってくれるのは、正直、すごく嬉しいんだけどね？

「これ、何？」
「昨日作った……カレーをパンに入れてみたら……あはは」
「……はぁ」

どう調理したらそうなるのってくらい料理のセンスがないんだよね。朝は、私のほうが電車の時間が遅いから私が作るって言ったこともあったんだけど

「夕飯はお前に任せっぱなしだからな」

朝出掛けるのだってお父さんのほうが早いのに、あんな顔されて言われちゃったらもう何を言っても聞かないんだって、最近ようやく気付いたんだ。お母さんも大変だったでしょ。お父さん、変なところで頑固なんだもの。

あ、気付いた事と言えばもう一つあったんだ。

「え、朝からお肉なの？」
「お前、今日発表会があるんだろ？見に行きたいけど、その代わりに、さ」

一週間くらい前にチラっと話しただけだったのに、ちゃんと覚えててくれたことは嬉しかったけど、カツをパンに挟んでカツサンドって……ベタすぎて思わず笑っちゃった。

別の日もね、こんなこともあったんだ。

「なんか、いつもの味と違うね。何かあった？」
「いや、別に何も……いつも通りに作ったんだけどなぁ、あはは」

なんか、いつもと違う味付けだし、いつもより焦げてるし、変だと思ってお父さんに、いつもは絶対しないことをしたんだけどね。

「……やっば、すごい熱じゃん！朝食なんか作ってないで寝てなよ！」
「す、すまん」

謝るくらいなら心配させないでほしいんだけどね。まぁ、早く気付かなかった私も悪いんだけどさ……。お父さんの朝食を毎日食べてたらね、少しずつ、お父さんの体調だったり、何を考えてるのかが朝食をとおして分かるようになってきたんだ。……もちろん、気付かないときもあるんだけど。

私のことばっかり尋ねてくるのに自分のことは何にも話さないお父さんだけど朝食から……パン料理からちょっとでもお父さんのことが分かったときちょっとだけ、嬉しくなるんだ。だから今はもう、朝食はお父さんに任せっぱなし。たまーに、未知との遭遇もあるけどね。

げっ、やっばもうこんな時間！
……お母さん、いってきます。
あーー、ダッシュしなきゃ遅刻だよーー！

……おはよう、アイ。
最近になってようやく、寝坊せずに起きれるようになった。早起きにも慣れてきたよ。飯を作るのがこんなに大変だったなんて、毎日やるようになってから気付かされたよ。……気付くのが遅いって怒られそうだな。ごめん。

「起きたか、おはよう」
「……はよ」

アイがいたときでさえ喋る機会が少なかったのに、反抗期もあってか挨拶くらいしか娘と話すことがなくなってしまっていた。こちらから話を振っても

「ああ。うん。そう」
「……何なんだ、お前は。二文字しか言葉を喋れないのか」
「うざ」

……そんな氷河期みたいな時期もあったんだが、今は違う。あれは確か……俺が自分で朝食を作ると、言い出した翌日からだったっけ。

「おはよう」
「……おはよ。……へぇ、ちゃんと起きてるじゃん」
「え？何か言ったか」
「別に」

娘の口から出る言葉が、二文字から三文字以上に変わったのは、俺が朝食を作るようになってからだった。それからだったよ、娘のちょっとした変化に気付くようになったのは。

「おはよう」
「お、おう。おはよう。……珍しいな、お前から挨拶だなんて」
「別にー」

後から聞いた話だったが、その日は娘の推しアイドルのニューシングル発売日だったらしい。

「……」
「おはよう。なんだ、起きてたのか。幽霊かと思ったぞ」
「……うるさい」

これも後から聞いた話だったが、その日は前日に友人とケンカをした直後だったらしい。

……俺が何を言いたいか分かったか？……そうなんだよ。朝の挨拶、「おはよう」だけで娘のバイオリズムが少しずつ分かるようになったんだ。

もちろん、１００％当たるわけでもないし、俺は超能力者でもない。娘のことを「分かったつもり」でいるだけの父親なのかもしれないけれど

「おはよう」
「おはよう」

二文字でしか返ってこなかった返事が、今はちゃんと四文字。「おはよう」だ。娘との関係も少しずつは、進歩しているって、胸を張ってもいいよな……？

おっと、そろそろ起きてくる時間だ。アイ、そこで見守っていてくれ。今日は初めて、フレンチトースト、を作ってみようと思ってる。パンを焼くだけでいいんだよ？他になにもしなくていいと娘は言ってたけど、いっつもトーストだけじゃ味気ないだろうし、……それに「おはよう」だけじゃ、まだまだ、俺の腹はいっぱいにならないのだから。