短編小説:ハクフの歯ブラシ

青い海、白い砂浜。大自然と一緒に暮らす島に小さな港町がありました。この港町に住んでいる人ならみんなが知っている、ちょっと変わった船大工さんが住んでいました。名前をハクフといいます。若いころハクフは船大工の見習いだったので小さな船から、大きな船まで……これまでにいろいろな船を作るのを手伝ってきました。ハクフは生まれつき力が強く、他の船大工さんが二人で3本持ち運べる丸太を、ハクフは一人で10本も持ち運べるほど力持ちで、皆から頼りにされていましたが、力があまりにも強すぎるため、細かい道具などを使う作業は苦手でした。

「おや、どうしたんだハクフ」
「親方すみません、また砕いてしまいました」

ハクフは力が強すぎるので、いつも道具を壊す、のではなく砕いてしまいます。今日もハンマーを粉々にしてしまったので親方に謝りました。

「これで何本目だ?数えておけばよかったわい。わっははは!」

親方はいつも怒らず笑って許してくれますが、砕いてしまったハクフはがっくりと肩を落としてしまいます。道具だけではありません。生活で使うお皿やコップ、お箸やフォーク、上手く力加減ができずいつも砕いてしまうことにハクフは悩んでいました。
 
ハクフには両親がいましたが事故で死んでしまった為、今は親方の家に住まわせてもらっています。親方と親方のお嫁さんの3人暮らしです。

「そんなに悩むことはないのよ?誰にだって苦手なことがあるんだから」

親方のお嫁さんはとても優しい人です。今日も夕食のときに砕いてしまったお皿を一緒に片付けながら落ち込むハクフをなぐさめてくれます。

「親方みたいに立派な船を作ってみたい。でもそれにはどうしても細かい作業ができなきゃダメなんだ。僕は自分の手で作ってみたい」
「ハクフよ、俺は手で船を作ったことは一度もないぞ?心で作ってるのさ。わっははは!」

お酒を飲んで上機嫌の親方に言われた言葉を、ハクフはまったく理解できませんでした。


「心で作るって……どういうことだろう?」
 

今日もハクフの一日が終わります。朝と夜、ハクフはあることをするのが毎日の楽しみでした。ハミガキの時間です。町の皆にそれを話したら笑われてしまいましたが、それでもハクフは歯を磨く時間がたまらなく好きでした。……両親を思い出すことができる時間だからです。

『ハクフ、よく覚えておきなさい。歯が生え変わって大人になったら、その歯とは死ぬまで永遠の友達なの。だから大切にしてあげてね』
『ほら、父さんの動きを真似してごらん?前歯を磨くときは笑顔のポーズだ。そうすれば、キレイに磨けるよ』

ハクフはいつも、両親に教えてもらったことを思い出しながら毎日、丁寧に歯を磨きます。鏡を見ながら奥歯を、口をイーっと横に広げて前歯を。母親と父親の面影を、ハミガキをする度に思い出せる。ハクフにとって歯ブラシは、死んでしまった両親とを繋ぐ絆のようなものでした。

「ハクフ、磨きすぎもよくないわよ。そろそろ寝なさい」
「あ、ごめんなさい。夢中になっちゃって」
慌てて水で口をゆすいでいると、親方のお嫁さんが少し笑いました。
「……ふふっ、不思議ね。食器も工具も砕いちゃうあなたが、歯ブラシだけは砕くところを一度も見たことがないわ」

早く寝るのよ、と言い残し親方のお嫁さんは先に寝てしまいました。歯ブラシだけは砕いたことがない……言われるまで気にしたことがありませんでした。

「母さんと父さんのことを考えているから、上手く力をコントロールできているのかな……?」

そこでハクフは次の日から試しに歯ブラシを首から紐で下げ、ネックレスのようにして持ち歩くようにしました。

「ハクフ、なんだそりゃ。なんかのまじないか?」
「ぎゃははは、ハミガキが好き過ぎてついに身につけるまでになっちまったか」

町の人にも同じ船大工の仕事仲間にも言われたい放題でしたが、ハクフは特に気にもせず今までずっと出来なかった、ハンマーで釘を打つという細かい作業に挑戦しました。

「……大丈夫、僕には母さんと父さんがここにいてくれる。ハンマーも歯ブラシと同じだ」

そう、父さんが教えてくれたみたいに、口を横にイーっと開いて、同じように、丁寧に磨くだけ……ハクフは自然と口角が上がり笑顔になっていました。そしてそのまま、驚くほど見事にハンマーを使いこなし、苦手だった作業を成功させました。

「ハクフ!すごいぞ!」
「ハンマーを砕かずに、しかもキレイに仕上がってる!」
「お、俺よりうまいかも……」
「やったぁ!ありがとうみんな!……ありがとう、父さん、母さん」

親方も船大工の皆も一緒に驚き、一緒に喜んでくれました。ハクフは首元にある歯ブラシをぎゅっと握り、両親にそっと感謝をしました――
 

あれからハクフはずっと歯ブラシを肌身離さず身に着けるようになりました。笑顔のポーズ、ハクフは笑うことで力をコントロールすることができるようになり、仕事のときも、ごはんを食べるときも、いつもニコリと笑えば物を砕くこともなくなり、ハクフから悩みが一つ解消されました。そして、ハクフの笑顔は、町の人皆を笑顔にしていきました。ハクフが笑えばみんなも笑う。みんなが笑えばハクフも笑う。笑顔で溢れる町には活気も溢れ、この島で一番栄える港町になりましたとさ――

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