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『約束のネバーランド』完結と雑感(中盤以降凡庸もジェンダー観は公平)

白井カイウ・出水ぽすか『約束のネバーランド』が完結した。結論から言うと「序盤は良かったけど中盤から失速して凡庸な漫画になった」という印象なのだけど、なんだかんだジャンプの人気漫画ではあったし、一応は毎週欠かさず読んでいたので、読む必要がないというほどの駄作だったとまで言うつもりはない。点数制で言うと雑な評価になるけど、わかりやすく言えば『鬼滅の刃』が95点として『約束のネバーランド』が75点くらい。以下雑感。

・序盤からグレイス=フィールド農園を脱獄するまでは非常に面白かった。はっきり言って絶賛してました。ノーマンとレイの天才設定と、それに微かに劣るものの真っ直ぐな理想を立てるエマの構図も良かったし、ママとシスター・クローネのキャラも練り込まれていた。シスター・クローネは、最初「黒人女性を悪役にするのか…」と心配したけれども、単純なやられ役という以上に強烈な印象を残したし、間違いなくママと並んで本作序盤を彩った秀逸なキャラだったと思う。シスターに関してはネタ化されるあたりも含めて、肯定的な意味で読者にも愛されていた。少なくとも『黒子のバスケ』のパパ・ンバイ・シキよりは良い描き方だったでしょ。

・序盤の心理戦の緊張感もさることながら、情報量の多さと天才設定を活かした各キャラの理解力の早さによって、読者を一手上回る驚きを作り出していたと思う。2巻のノーマンの「内通者は君だったんだね」というタイミングは、この漫画すごいなって思いましたよ本当に。お互い納得済みで話が早い展開は好きだった。

・でも脱獄後は話もキャラもしぼんでいったというのが正直なところ。致命的だったのがノーマンの長期離脱。あれだけ主要にして人気キャラだったノーマンを捨ててどうするのかと思ったし、エマとレイの天才設定もだんだん関係なくなってくる。悪役として極めて魅力的だったママも、もったいなかったな…。

・脱獄後に出てくる新キャラがどれもたいした印象がない。印象に残ったのがせいぜいオジサンまでで、それ以降は誰こいつ…としか思えなかったし、怪我したり死んだりしてもあまり感動を呼べる作りになっていなかった。ただでさえノーマン不在になってしまっている状況だったのだから、ドンとギルダ(とフィル)をもう少し使えなかったものかな…。よくわからない凡庸なキャラばかり増えて、さほど活躍もしないし愛着も湧かないというなんとも言えない無が続く(というか最後までそうだった)。

・出水ぽすか先生の絵は上手いなと思うのだけれど(単行本表紙絵の色使いも好きだった)、残念ながら鬼のデザインは失敗だったと思う。あの仮面っぽい感じで顔の上部が見えない敵ばかりで、表情が表現しづらいんですよ。ムジカだけがギリギリ表情あったけど、それ以外の鬼は感情表現が台詞でしか見えなくて、キャラとしての魅力が非常に薄かった。それでいてバイヨン卿とかレウウィス大公とか爵位だけ厨二っぽく大袈裟なので、なんかインスタントな虚勢のキャラ作り感が増していた。

・人間に対して鬼が強過ぎる設定でどのように対抗していくかの答えが、唐突かつ大量に出てくる銃火器だったのが中盤で一番萎えた。もはや天才設定何も関係ないじゃん。あのシーンが、この漫画が当初から変容してしまったと確信した瞬間だったな…。鬼の怖さを出すために強くし過ぎたのを解決するには、そうするしかなかったのかもしれないけど…。『進撃の巨人』でも巨人との戦力差はかなり大きかったけれど、あのくらいキャラの個性を出しながらもサクッと冷徹に死んでいく形式だったらともかく、本作のようにできるだけ死なせない形で(死んだら感動シーンを入れるようなテンションで)描く漫画で、あの敵の強さはミスマッチだったと思うんだよな…。身体能力的にも鬼の方が上なのに、逃げることができているのも不自然だったし。

・中盤から終盤は厨二病を煮詰めたような凡庸な話が続いただけで、エマやレイの天才設定を活かすこともなく「イベントをこなした」感じしかしなかったな…。ノーマンやママの再登場も、まぁ一見盛り上がりはするけれど、この展開で盛り上がってくださいねというのがよくある感じで出されただけ。序盤は本当にキレのあるキャラだったのに…。

・中盤以降のキャラ作りの浅さが致命的だったかな…。白井カイウ先生が序盤しか話を考えられてなかったんじゃないかとか推測されたりもするけれど(連載が続くかどうかなんてわからないので仕方がないのもわかるけど)、実際中盤以降はとにかくインスタントだった。エマの真っ直ぐな理想もジャンプ漫画としては正しいんだろうけど、同時期の『鬼滅の刃』の炭治郎の方が良い意味で過剰だったので、比較されるとどうにも弱い。

・終盤もイベントをこなす感じで「約束」をどうこうしたり鬼の世界をどうにかしたりママを感動的に処理したり世界観設定の言い訳をしたり。最終話もまぁこういう話あるよねっていう。『君の名は』かよ。でも無理にまったく新しい物語を作り上げなくても、少年少女が最初に読むジャンプ漫画と考えれば、どこかで見た話の寄せ集めでもいいといえばいいんだろうか…。良くも悪くも悪くも(やや悪さ多め)、ベーシックな話の作りだったなとは思う。序盤が良かっただけに中盤以降が凡庸というのは、期待値のギャップによる低評価にはなってしまった。

・序盤がめっちゃ面白いというのは、作品刊行点数が非常に多くてあれもこれも読めない時代においては勝利ではあったのかもしれない。まず1巻、それこそ1話を読んでもらえないと話にならないからね…。多様な作品が出てくるのは喜ばしいことだけれど、その中で生き延びるための1巻最優先主義というのも辛いなとも思うこのジレンマ。

・散々文句を言ってきたけど、序盤の展開を除いて本作で特に評価したい部分は、その公平なジェンダー観だったりする。女子主人公のジャンプ漫画で最も売上が多いのは『約束のネバーランド』(2020年6月時点で2100万部)なのではないか…!? と爆上げしようかと思ったけど、『Dr.スランプ』(3500万部)があったぜ…。まぁアラレちゃんはアンドロイドなので…(そういう話ではない)。少なくとも『きまぐれオレンジロード』(2000万部)と『電影少女』(1400万部)よりは多いぞ。いずれにせよそれらの作品は「少年」向けだったと思うにしても。閑話休題。

・本作、ジャンプには珍しい女子主人公漫画ではあるけれども、エマも(ギルダも)特に概念上の「女の子っぽさ」が強調されることもなく、子供設定であるためかお色気シーンもパンチラも胸が出るような服装や胸の大きさの揶揄なども一切なく、女子だから/男子だからという思想もなく、そもそも男女混合の話なのに無駄な恋愛要素すらないという、ジェンダー的には極めて肯定的な意味でフラットな形で話を構築し続けてきた。この点はノイズにならなくてかなり読みやすかったと言える。厳密に言えばママ・イザベラが「ママ」な部分とかもないわけではないけれど、ここは陰惨とも言える設定として許容できないわけではない。設定的に「先祖代々の力」や貴種流離譚のような血縁主義をほとんど回避しており、ジャンプ漫画の中では奇跡的とも言えるバランスを保ったまま完結した。一時期『進撃の巨人』のジェンダー観が邪魔にならないということが話題になったけれども(https://togetter.com/li/557118)、それと同じように、ジャンプの人気漫画としてこれだけのジェンダー的なフラットさを描けたのは、貴重な一例にはなったと思う。「ジャンプはジェンダー観や無駄なお色気シーンがあるから…」と言いたくなる気持ちもよくわかるし、個人的に大好きな漫画である『ハイキュー!!』や『ワールドトリガー』ですらその点で問題があったりもするのは事実なのだけれども、『約束のネバーランド』によって一つ反証ができたとは言える。

・とはいえ物語自体が凡庸になっていってしまったのは残念ではあるんだが…。ジェンダー観がフラット「だから」評価するというのも本来違うというか、むしろそれは当然、前提としてそうあるべきものだと思うので、その上でちゃんと物語の本筋を面白くし続けていてくれればな…とも思わざるを得ない。いや、まぁ、実際人気漫画だったのは確かなので、僕は文句を言うけれども世間的には上々の評価だったと考えればジェンダー観の一例として必要な漫画ではあったかなと現状では思う。

・物語として完結して、一つの「漫画作品」になったということは、当然ではありながら大事なことでもあるので、その点も評価したい。ジャンプだけではないけれど、各種の都合によって早期完結(所謂打ち切り)になって、物語というか作品自体が壊されてしまう事例が多いのは、どうにも辛いんですよね…。編集部というのはなんで作品を破壊してしまうのか…。ぶつぶつ…。最近『鬼滅の刃』もちゃんと(後から思えば終盤の禰豆子の登場タイミングとか若干駆け足だったが)完結したことに隠れてしまうかもしれないけど、同じく20巻程度のまとめて読みやすい巻数で概ね謎を残すこともなく終わったのは、やはり良かったと思っていますよ。

・改めてすごく雑に点数制で言えば、序盤の面白さで40点、現代にとって必要なジェンダー観で20点、引き伸ばしも早期完結も破綻もせずに(いや、最終盤での「約束」の設定説明は駆け足の言い訳臭かったが…)作品として完結させたので15点で、合計75点の漫画でした、という結論でどうでしょう。異論は認めますがクソリプは認めないので自分のブログでやってください。

・ママ・イザベラとシスター・クローネは百合。トップ画像は白井カイウ・出水ぽすか『約束のネバーランド』2巻より引用。この頃は面白かったな…。

以上。円満完結おめでとうございます。

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