見出し画像

廃園だけが人生だ

私はずっと健康体だ。異常なまでに肉体が壮健である。両親共に文盲でろくな知性を有しなかった分、息子は盗賊になるために必要な全てを与えられて生まれてきたようだ。屈強な肉体と虎狼のような精神は私を支える屋台骨である。その屋台骨の土台がグラグラと揺らいだとは大袈裟であるが、先日初めて就業中に脂汗を滲ませたことがあった。春である。出社前に食した自家製トマトポークダルカリーが悪くなっていたようだ。冷蔵庫で保冷せずにいたことが全ての原因で、食後のひととき、私はトイレに籠って水のような便をケツの穴から噴射させるに至ったのだった。

【閑話休題】
昨年末に数年ぶりにゲーム機を購入してプレイをしている。もちろん私が愛するベスセダソフトワークス社『フォールアウト4』を、だ。このゲーム内容を知らない人も多いだろうからどんなゲームソフトなのか簡潔に説明する。喉が渇いても汚染された水しか見当たらない絶望的なアメリカ大陸で無頼漢として方々を流転しながら撃ったり撃たれたりしつつ生き残ることを目的とし、大規模な銃撃戦となれば数で劣勢な方が不利で何の戦略もなくイキってジョン・ランボーしていると大抵は脳味噌を飛び散らかして死ぬことになる極めて現実に即したゲームである。海賊王におれはなると言ったのが誰だったか忘れたが(リンカーン大統領?)、核戦争を生き延びた僅かな市民は残らず武装していて山塞に寄ったり「賊(レイダー)」として跋扈しているので油断ができない。水を飲んでも腹を壊して腹が減っても出どころのよくわからない謎肉を焼くしかないのである。多少傷んだ自家製トマトポークダルカリー程度で水便をしているようではすぐに身包み剥がされて路頭に迷うことになる世界観を構築したゲーム開発者たちを私は便所に籠りながら永久に称える。人々は銃器によって会話する。金融会社など200年前に滅んだ社会の中でクレジットカードを臆面もなく100キャップで売ってこようとする善良な市民を私は壁の前に立たせている。生命は銭では買えないことを盗賊たちは鉛弾を通じて理解することになるのだ。

水便をしこたまやった後、私は職場に向かって社用車を走らせていた。唇はカサカサで腸が痙攣している。しかも夜勤である。私が休めば大きな穴を開けることになるからどうしても行かねばならない。もちろん行かねばならないことはない。私は自分の頑強さを信仰していたのだ。知らず知らずにジョン・ランボーとしてマッチョ山の高みでガトリングガンを撃ちまくっていたのである。額には玉のような脂汗が浮かびハンドルを握る手には力が入らない。脱水症状と腸の痙攣が私を襲う。気が遠くなりそうになりながら、私は壁に立たされ銃を向けられる。銃を構える男は私に瓜二つでニヤニヤして私のことを見下げているのである。

【閑話休題】
肉体が壮健であることの代償として私には正しい知性が欠けていた。正しい知性とは豊かな想像力である。想像力が欠如すると間違った判断を下すことが増える。私は差別的なヘイト思想や陰謀論やスピリチュアルなどの霊感商法を憎んでいるのだが、食中毒などでバタンQになる様な柔らかい肉体を有しているので当然精神も生クリーム入りの大福のように脆弱なものであり、そのような弱い精神で導きだす答えなど神がかりの狂信者たちと大差がないことくらい予測可能だ。ヤワな精神の想像力を欠いた知性を恥じよ。私が得意とするのは盗賊らしい謀略であり、他者への労りの心は絶無である。弱さを受容できないことは強さではない。私は他人の弱みにつけ込む。地雷を設置して罠を仕掛ける。銃撃戦における陣地構築はお手のものだ。私は破壊してあなたたちは想像して作り直す。私は虎狼のように牙を剥き出して笑う。私は銃を撃つ。あなたたちはなす術もなくどうと倒れる。

おぞましい一夜が明けた。私は体調不調のまま働き続け、朝を迎える。限界を迎える頃、私は神奈川県某所にいた。何年か前に潰れた遊園地が半分廃墟として濃い霧の中に浮かんでいるのが朧げに見えた。肉体の中で起きた激しい戦いの賜物か、私は10歳も年老いたような見た目になっていた。砲撃をかいくぐり塹壕で伏せた後の頭上をかすめる銃弾の音。狂信者たちが爆弾を手に抱え笑いながら突進してくるのを朦朧とする頭と目で理解する。私は危険を承知で身を乗り出しヘビースナイパーライフル銃を構える。敵に正確な銃撃を加えていく。しかし多勢に無勢は否めない。撤退戦だ。地雷を設置してから私はライフル銃を捨て闇雲に走った。廃園と化したかつて遊園地と呼ばれる施設が見える。燃える回転木馬の美しさは格別だ。グールたちがむっくりと起き上がりこちらを指差しているのが見えたが手には銃も手投げ爆弾もない。ここで終わるのか。私は社用車の座席をリクライニングさせ目を瞑る。意識を失ってから30分。セットしておいたタイマーが鳴り響く。新しい朝だ。すでに陽が昇り、体調も幾分マシになっていた。幸か不幸か私は孤独に戦うジョン・ランボーでもなければスマイルが顔に焼き付いた狂信者でもなかった。

家に帰ろう。そして家に帰ってから『フォールアウト4』の続きをプレイしようと虚弱体質である私は思った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?