冷たい棺の中のディスコ

知人が死んだ。もう四年近く前のことだ。鴨がネギ背負ってじゃないが、彼女も背中に何かを背負って何かにバクリと喰われてしまった。酒の好きだった彼女が酒の飲めない身体になり、連絡がきた。酒を断てと医者は言うが、そんなものは知ったことか。昏睡状態になっても取り上げられない場所を見つけたから、酒を買って来てほしい。私は彼女のいう通りにした。酒は詳しくないが、琥珀色のものなら何でもいい、というリクエストに答えてその手の強めの酒を手に入れて病院にいくと面会を謝絶された。容体が悪化して家族以外は会えないという。知人もバカではない。彼女には妹がひとりいて、妹の蟹子が私を待ち受けていて、酒のことも聞いており、蟹子は私からウイスキーやコニャックの瓶を受け取りながら朗らかに笑う。蟹子は姉さんとはあまりにかけ離れた穏やかな性格で、かつ姉さんと同じ血筋のせいで(イギリス人と日本人の混血であった)、手足が長くて、顔にそばかすがあった。太陽光を浴びると肌が白いのがよくわかる、透き通って身体の向こう側に手が伸ばせそうな錯覚が起きるような女だった。蟹子は姉さんは次はもう目覚めることはないと医者はいうが、そんなことは信じていないと泣きながら言った。不謹慎と笑わないでいただきたいのだが、私は蟹子の美しさに既に脳をやられており、姉さんは酒を飲むためにかならず復活する、大丈夫だから泣かないで、と肩に優しく手を置いた。私は病院のすぐ隣にあるシアトル系カフェに彼女を誘って、温かいものを飲むようにすすめた。カフェラテを飲みながら私たちは静かに何も語ることなく、見つめあった。出会い方がこんな風でなければ、私はあなたに恋をしたかもしれない、と蟹子が私の胸に抱かれながら語ったのは、姉の死後、二ヶ月後のことだった。蟹子は姉さんの代わりに姉さんに身体を貸すつもりで貴方に抱かれました、と言った。それから、これから二度とお会いしません、さようなら、とも。蟹子は去っていった。私の渡した酒は、奇跡的に復活した姉がコップ一杯分飲んでから瓶ごと床に落として割れたそうだ。病室が蒸留酒の香りに満たされる中、姉は口元に笑みを浮かべて逝きました、と蟹子は私に今にも引き千切れそうな表情で語った。


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