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ダムの下流で人が流される

電力の技術系・事務系の現場経験などから学んだ『現場力』に関係する記事を掲載します。「現場力」が無いことで、事故を未然に防ぐことができず、対応にも失敗します。
知らないという恐怖が対応時の冷静な判断を狂わせることにもなるのです。
今年も大雨の時期で、すでに水害が発生したエリアもあります。これから本格的な夏になると、河原で楽しんでいる人たちに被害が及ぶ場合があります。


水力発電所は水しか見ない

今は、誰もその場に通常は勤務していない水力発電所が多いと思いますが、かつては、水力発電所には、水力発電所を制御する制御室があり電気関係の運転操作員や土木関係の技術者も常勤していました。制御室には「水系盤」というものがあり、それは河川の流れに沿って大小様々なダムの絵が描かれたもので、そこに入ってくる水の量を表します。

水系盤には雨量も表しますが、水力発電所の運転は地下にあるため、外の様子は全く分かりません。雷が鳴って雨が降っていても、水系盤を見ることによって流入量が増えるということで、雨が降っていることがわかります。

転勤により最初に揚水式発電所の職場に行ったとき、「水力発電所の運転業務というのは電気を見ていなくて水を見ている。」という話を聞きました。実際に仕事をし始めますと、まさにその通りでした。

電力機器の方は事故があれば警報が鳴って切れた遮断機が分かります。しかし、河川の水は警報が鳴らないうちに水が増えてくることがあります。そのため、いつも水系盤を見ています。

中州や下流に人はいないか

当時、最も恐く感じていたのは、下流の地域はお天気が良くて水遊び日和ですが、上流の山間の地域では雷が発生して大雨が降っているというような状況の時です。そうすると、流入してくる水の量が一気に増えますので、下流に対してダムから発電機を通じて流す水の量を徐々に増やします。

このとき、雷が鳴っている場所から遠く離れた地域に住んでいる人たちは、子供が水遊びしているかもしれませんし、中洲でバーベキューをしているかもしれません。

そのため、水量をどんどん上げるときは、下流の現地ではサイレンが鳴ったり、パトロールの車が走ったりします。
しかし、「こんなに天気がいいから、これは何かの間違いだろう」とか、「せっかく楽しんでいるのだから、続けよう。どうせ大したことないだろう」とか思われることが一番怖いのです。

私は経験したことはありませんが、過去には国内で、避難を呼びかけていても中州でバーベキューをしている人が従わず、結果として、尊い命が失われたということもありました。

自分がダムを流れる水の量を操作して、それによって子供が流された、というようなことが絶対にあってはならないので非常に緊張が走ります。

川遊びの人が増える時期になると、毎年、どこかで、中州とか川の向こう岸から帰れなくなったという事例があります。

操作者の緊張感

マスコミでは、操作員がミスしたのではないかという思い込みに基づいたような報道を目にすることもありますが、そうした現場を経験してきた立場から言えば、上流の水量が増えたり、急激な増加が予想される場合以外に、勝手に下流への水を増やしたりしないと断言できます。

おそらく、全国のどこでも、ダムの水量を調整する立場にいる人は、当時の私のように、増え続けるダムへの流入量を見ながら、ダムからの流出量を増やし、それにともなって、下流での人の安全にも気を配り続けていると思います。

そうした事例を見たことはありませんが、もしダムが決壊するようなことがあれば、下流域の住民はとんでもない被害を被ることになります。
現に、今年、ウクライナでダムが爆破され、広大な下流域に被害が及んでいるようです。

水力発電所にとって、雨(流れ込んでくる川に水)はお金であり、出来る限り無駄にせず発電機を通って発電に利用してから、下流に流すものです。
従って、雨量や流入量の推移を注視し、決して無駄な放流(発電機を通さずに下流に水を流す)ことはしませんし、してはならないのです。

その一方で、ダムにも限界があります。上流からの流入量と同じ量の水を下流に流すことはダムを守る事でもあり、また、ダムが決壊して下流域の広大な範囲に被害を及ぼすことを防いでいる事でもあります。

だから、ダムの水量を調整する立場にいる人は、集中豪雨やゲリラ雷雨と言われる時期になると、相当集中して各データや関係個所との連携を図りながら24時間体制で取り組んでいるはずです。
簡単にはミスをしません。・・・と私は信じています。


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