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宇宙心理学(Space Psychology)


宇宙心理学(Space Psychology)とは

「宇宙飛行士へのカウンセリングや心理支援」(Laham, 2023)
とも言われていますが、厳密な定義はまだ確立されていない学術分野です

そもそも「心理学」とは、臨床心理学、社会心理学、認知心理学、
実験心理学、神経心理学など、多くの分野の総称です。

私たちは「宇宙心理学」には、
カウンセリングや心理支援といった、いわゆる臨床心理学的な側面以外も
含まれると考えています。

宇宙環境における心や行動等について、エビデンスに基づいて理解する学問
であると捉えており、このページではこのように定義付けたいと思います。
※ここでいう「心や行動等」とは、従来の心理学が対象としている、
 心理、行動、認知、感覚等のことを指します。

この記事では、宇宙心理学のこれまで、現在、そしてこれからについて
紹介します。


これまでの有人宇宙開発と精神心理的課題の変遷

①有人宇宙時代の開幕(1960年代)
当初の宇宙開発は「人類の宇宙進出と生還」が1番の目的でした。
宇宙へ人が行くこと自体が大きな挑戦でした。

②ミールにおける長期滞在準備(1980年代後半)
「宇宙空間に滞在すること」が目的となり、
複数名のクルーが短期間宇宙ステーション内で生活するようになりました。
このとき、クルー間もしくはクルーと地上要員間で関係性が悪化したことで
さまざまなトラブルがあったことが報告されています。

③ISSにおける長期滞在、科学研究(2000年代)
「地上に還元できる科学実験や微小重力環境での人体への影響の観察」
が目的となりました。
現在の職業宇宙飛行士のメインの職場であるISSですが、
ミール時代のトラブルへの改善策として、クルーに対する精神心理支援は
とても手厚くなっています。
たとえば、業務過多にならないようスケジュールの管理が行われたり、
専門家による定期的な遠隔面接が行われたりしています。
物資による支援もあり、クルーが希望した物資や宇宙食を届けたり、
イベントを催したり、様々な支援がなされています。
さらに、クルーの家族に対しても長期的なサポートが行われています。


現在の宇宙心理学研究の動向

宇宙心理学は先述の通り、まだ確立されていない分野といえます。
現在の研究の動向としては、「アナログミッション」で行うものが
ほとんどです。
「アナログミッション」とは、ISSのような宇宙環境に限りなく近い、
地上にある閉鎖実験施設や南極観測隊等を対象とした実験のことです。

宇宙空間でのヒト研究は医学、生物学等の研究が大部分を占めており、
心理学研究の報告もあるものの、継続的に実施しているわけでは
ありません。


有人宇宙開発における心理学の重要性

ISSの運用は2030年までと発表されており、
現在は月周回軌道・月面へ向けたミッションである
Artemis計画」(アルテミス計画)が始まっています。

現在の地球軌道から外れ、月を目指すにあたり、
これまでのISSやアナログミッションで得られた知見を
そのまま応用できない可能性が考えられます。

たとえば、ISSはモジュールが複数個連なっており、
閉鎖性はあるものの、居住という観点からすると広いともいえます。
また地球軌道上という点から、通信遅延もほとんどなく
必要があればすぐに地上側に支援を依頼したり、帰還することも
できます。

しかし、これから月や火星に向けた探査が進むと、
・物理的に限られた環境で超長期の生活をすることとなる
・その間固定されたクルーとともに過ごす
・通信遅延が起こりリアルタイムでの地上との連携が難しくなる
・クルーだけでの判断が求められる場面が増える
など、これらの他にも多くの検討事項が挙げられます。

そのため、これまで以上に精神心理面の影響は無視できない大きな課題
として認識されています。


今後の宇宙心理学の応用性

有人宇宙開発における重要性に加えて、
他にも宇宙心理学が貢献できる場所があります。

たとえば、これからの民間宇宙旅行時における旅行者への簡易な訓練や
民間企業の研究者がISSで実験をする際の産業保健的なサポート、
またさらに将来の宇宙利用の中で、月面基地建設などの際に飛行する
建設要員への心理支援などが挙げられます。


参考文献
・Laham, S. J. (2023). Meeting the Psychological Needs of Astronauts in the Flourishing Human Spaceflight Frontier: The Case for Astronaut-Trained Psychologists.
・Kanas, N., & Manzey, D. (2008). Space psychology and psychiatry (2nd ed.). Springer Science + Business Media; Microcosm Press.
・Oluwafemi, F. A., Abdelbaki, R., Lai, J. C. Y., Mora-Almanza, J. G., & Afolayan, E. M. (2021). A review of astronaut mental health in manned missions: Potential interventions for cognitive and mental health challenges. Life sciences in space research, 28, 26-31.
・三垣・藤井 (2023). 有人宇宙開発におけるこれまでの心理支援と惑星移住に向けた展望, 第16回宇宙ユニットシンポジウム, ポスター発表
・北村(訳) (2000). ミール宇宙ステーション・悪夢の真実. 筑摩書房.
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※本記事のサムネイル画像はAIで生成しました。

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