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【私のアウトドア履歴書♯9】安藤 剛さん(THE GUILD 共同創業者 UX.UI Designer / YAMAP CXO)

スペースキーの小野(@tsugumi_o_camp)です。今回のアウトドア履歴書は、THE GUILD 共同創業者であり、YAMAP社CXOの安藤剛さんにお話を聞きました。UIデザイン×登山において右に出る者はいない、スペースキーとしても憧れの存在。『YAMA HACK』編集長の大迫も交えて、登山の魅力から業界の未来まで、幅広くお聞きしました。


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安藤 剛さん(@goando)
大規模システムの提案・構築、モバイルアプリの企画・開発を経て、2019年よりYAMAP CXOに就任。デザイン・テック・データを駆使したサービス開発を得意とする。


安藤さんと登山との出会い


-本日はよろしくお願いいたします。まずはアウトドアの原点について、お聞かせください。幼少期はどのように過ごされていましたか?

ものづくりが好きな子どもでした。LEGOやプラモデル、TAMIYAのラジコンを一人でもくもくと作ることが楽しかったですね。なので幼少期は特にアウトドアはやっておらず、大学生の時に始めたスノーボードが原点でしょうか。社会人になってからはサーフィンも始めました。自然の中に身を置く心地よさを知ったのはこの頃からです。

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登山を始めたのは5年くらい前に、妻とアイスランドに旅行をしたのがきっかけ。観光地から少し離れたところにトレッキングルートがあり、準備もそんなにせず散歩感覚で、軽い気持ちで1時間程度トレッキングを楽しんだのですが、とても心地よかったんです。帰国してからも「あの感覚は何だったんだろう」と尾を引いていて。気になってトレッキングや登山関連のことを調べるようになったのが、足を踏み入れる要因となっています。そもそもどのような装備が必要なのか、どのようなギアがあるのか。調べて実際に揃えだしてみたら、その魅力にすっかりハマってしまっていました。

-意外と登山歴は浅いのですね!

(大迫)安藤さんがすごいのは、雪山やいろんな山へ頻繁に行っているところなんです。うらやましい!

YAMAPへジョインしたことで、エンジンがかかってしまったんでしょうね。山のことをもっと知りたくて、ジョインしたのが12月だったんですが、雪山であろうと行かないといけないような、使命感のようなものを感じました。そこからは、毎週山へ通う日々。

-安藤さんにとって、登山の魅力とはなんでしょうか。

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たくさんありますが、主に3つです。

1つめは、自分で計画を立てて実行していけること。計画通りにいかないこともありますが、そこも含めて臨機応変に意思決定できるところにおもしろみを感じます。

2つめは、没頭できること。登山をしていると、歩くことだけに集中しています。特に足場が悪いところでは、どこに足を置くか。一歩一歩に集中し注意を払い続けている。動作はゆっくりですが、脳内では膨大な計算処理をしている状態で、これを長時間し続けていることで充実につながっているかと思います。こんなに集中していられることって、普段の生活ではなかなか難しいですよね。登山だけに没頭していられる時間は、私にとってとても大切なものとなっています。

3つめは、ギアとの出会い。山に登っていないときでも山を感じられるのが、ギアのいい部分。スノーボードをしていた頃からアウトドアメーカーのプロダクトは好きで、毎年最新の素材を使ったギアなどが特に好きでした。登山ギアは機能性だけではなく、軽さが重要。プロダクトとしての機能性にプラスして、削ぎ落したデザイン性がある点にとても惹かれます。そういったギア集めはもちろん、知るというプロセス自体も楽しんでいるのかなと。

-安藤さんといえば、ギアのイメージです。ちなみに、今年気になっているギアなどはあるんですか?

モンベルの「シームレスダウンハガー」というシリーズのシュラフ(寝袋)ですね。3年ぐらい使っていたものがだいぶくたびれてきたので買い替えを検討していたところで見つけました。今までにない感じですごくよかったです。おすすめです!

(大迫)これすごい人気ですよね。僕も気になっていました!

-計画通りにいかない不確実性は、アウトドア全般に共通する楽しみでもありますね。3つの魅力、どれも納得です。


安藤さんとギアの話


-安藤さんのおすすめのギアについて聞かせてください。

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Nruc(ヌルク)というガレージブランドのバックパック「KARLOFF」です。雑誌で見かけていいなぁと思って、Webで調べてたどり着きました。栃木のガレージブランドなんですが、オーナーさんが1人でハンドメイドされているというこだわり。しかもWeb受注はやっておらず、オーダーは店舗のみだったので、「じゃ、栃木行くか」と(笑)。

-すごい!

(大迫)Nrucは人気すぎて、今だとオーダーから1年待ちと言われているブランドなんです。登山者の中でも、おしゃれな人がもっているイメージがありますね。このバックのどこが好きなんですか?

Nrucのコンセプトは、”無駄”を楽しむこと。これも合理性だけで考えるとポケットは1つのほうが便利なんですが、敢えてわかれている。それによって、どのポケットに何をいれるか考える楽しみが生まれます。

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(大迫)遊び心あるデザインが人気のひとつですよね。

ブランド名とそれに込められた想いも好きな要素のひとつです。

Nruc(ヌルク)。意味はそのまま「ヌルい」という事です。山と真摯に向き合うには、時として「ヌルさ」も必要だ。私たちは本気でそう考えています。「山の事故を減らしたい」実はこれが、Nrucの中に潜ませた想いです。(https://www.nruc.net/aboutより引用)

山の楽しみ方のひとつとして「ヌルく」という価値観を伝えている。山の楽しみはサミットだけではないですから。そういう想いもいいですね。

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(大迫)登山ギアは無駄を極限まで削ぎ落して軽さを追及する中、“無駄”に敢えて注目しておもしろさを追求しているのは特徴的ですよね。

ガレージブランドはUL(ウルトラライト)志向のプロダクトが多いのですが、ストイックになりがちなULに対してアンチテーゼ的で個人的には好きです。トレンドに左右されず我が道を行くところも、他になくておもしろいです。

パタゴニアもザ・ノース・フェイスも、もともとはガレージブランド。創業者たちが、自分が山に行くためにつくられたブランドなので、登山ギアとはそのようなものなのかもしれないですね。

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-ピークハント一辺倒ではなく、多様な楽しさを伝えるのはいい傾向ですね。スペースキーも目指してるところなので、一緒にこの動きを盛り上げていきたいです。


YAMAPへジョインするまで


-登山アプリ『YAMAP』を運営するヤマップ社のCXOとして活躍される安藤さんですが、コミットされたきっかけをおしえてください。

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代表の春山さんからDMいただいたのがはじまりです。登山がわかるUIデザイナーを探していて、ちょうど登山しているツイートを見つけられて。早速翌日にお会いして、YAMAPの中長期構想を聞いたら、共感する部分が多くありました。「テクノロジーで山の安全をアップデートする」。山での体験をテクノロジーでもっと良いものにできたら素晴らしいのではないか。また私の経験を、好きな登山へ活かせることも魅力に感じ、ジョインすることを決めました。

特に、地図のあり方については実際に山を登っていて感じる部分が大きく、とても共感できるポイントでした。地図は2次元のフォーマットが、もう何百年と変わっていないんです。ここにテクノロジーが加わることで、もっと違った利便性が生まれるのではと。

-たしかに、あのフォーマットが当たり前すぎて、それ以上の利便性を想像もしていませんでした。

そのひとつの取り組みが『3Dマップ』です。立体的な地図で活動記録を軌跡を見ることで、より記憶に残る登山体験が提供できると考えています。また、今は過去の活動記録を振り返るものですが、今後は登りながら3Dで見ることも視野にいれています。

2019年にリリースした『みまもり機能』も地図の新しいあり方の1つだと考えています。『みまもり機能』とは、電波の届かない山中でもYAMAPユーザー同士がすれ違うことで位置情報を交換できる機能。位置情報の軌跡を可視化し家族などに共有することで、安心につながるだけでなく山岳事故の防止にもつながると考えています。今年は実際に、『みまもり機能』によって遭難された方が救助された事例もあって、開発者として、また登山をする1個人としてもよかったなと感じています。

-命を守れるサービスって、本当に価値があるし素晴らしいと思います。

今後では、『フィールドメモ』という機能のリリースを予定しています。これは、地図上にユーザーさんが直接メモを残していくという機能。「登山道が崩れている」「水場が枯れていた」などの情報は、行ってみて気づくことも多いものです。山へ行った人がリアルな状況書き込めて、次に行く人の登山計画に活かしてもらうことを目的としています。

(大迫)現地に行った人の速報性のある情報が知れるのはいいですね。

-開発のスピード感がすごいです!

(大迫)安藤さんがジョインされて、開発スピードにも拍車がかかったような印象を受けます。同じ登山サービスに携わる者として、YAMAPさんのスピード感にはとても刺激を受けますね。「やられた!」と思うこともたくさんありますが、ここまで使命感をもって、圧倒的なスピードで登山業界を動かしているのはYAMAPさんの他にはない。『YAMA HACK』としても非常に頼もしい存在であり、一緒に切磋琢磨できたらいいなと思っています。

-実際に登山をするユーザーから事業者側になって、変化はありましたか?

一番感じたのは、『YAMAP』ってインフラに近いサービスだということです。今までWebサービスの運営に関わってきたものはたくさんありますが、命に係わるインフラ的な役割のサービスは、今回がはじめてでした。その「責任感」はとても感じます。サービス開発をする上でも重視している要素でもあります。

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(大迫)僕は、安藤さんがジョインされてから見た目のUIの変化も大きいなと感じていて、シャープでかっこよくなったのはもちろんなんですが、UIがやわらかくなったところが好きです。登山情報って地形図とか、無機質で取っつきにくい印象を受けますが、それを感じさせないあたたかい雰囲気が好き。難しさを感じさせないデザインというか、受け入れてくれるような雰囲気をデザインから受けます。

そうですね、そこも意識して変えているポイントです。YAMAPのビジュアルデザインでいうと、角を丸くし、尖ったところがないようなデザインに統一しています(ロゴも最近新しくしました)。鋭利って、無意識に危険を察知してしまうそうで、そこは意識してなくしていきたいと。

-そのUIの変更は、狙っているターゲットに合わせたデザインに変えたということでしょうか?

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ターゲットに限らず、登山に寄りそうアプリとして最適なデザインにしたということです。危険は“危険なもの”として伝えるのも大事ですが、過度に思わせる必要はないのではと。過度に不安に感じさせないように、それをサービス開発にも心掛けています。


安藤さんが登山から得ているもの


-アウトドアをすることで、どのような影響を受けていますか?

自然にいる時間が長いことでメンタルの改善につながるという研究結果が出ているので、一般的に見てもいい影響があるのだと思われます。実際に、自分に置き換えてみても、いい影響を受けていると思いますね。山を歩いて、帰ってきたときのあの心身ともにすっきりした充実感は、プライベートも仕事にも現れているのかと。

コロナで外出自粛期間だった3~4カ月は山へまったく行けておらず、ほぼ家の中で過ごしていました。やはり気分が鬱積して悶々としていて、自粛が明けて山へ行けた時に「必要だったんだな」と改めて認識しました。

-ちなみに、自粛明けはどちらに登ったのですか?

たしか奥多摩あたりだったと思います。(まだ他県への移動が制限されていたため)

-アウトドア業界に思うことは何でしょうか?

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パンデミックで国内旅行のニーズが高まるようになって、必然的にアウトドアも注目を集めるようになりました。注目をされるのはいいことですが、一極集中になってしまうことには懸念もあります。シルバーウィークの立山とかは混んでいたようですが、私が行った八ヶ岳の編笠岳~権現岳のルートは一人もすれ違わないくらいでした。人気が高まる一方、情報が偏ることで人も集中してしまう。

これを解消するには、様々な山の楽しみ方を伝えることだと考えます。高い山もあれば、絶景を楽しむ山、低山でゆっくり歩く楽しみも山もある。山によっていろいろな楽しみ方ができることが伝われば、おのずと分散していくのかもしれません。また、山だけでなく、足元に広がる地域の文化に触れながら登る楽しさもひとつあるかと思います。多様な楽しみ方を多くの人に知らしめることが大事であり、アウトドア業界としてやっていく責任があると感じています。

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(大迫)僕は関西出身で、六甲山によく登っていたんです。六甲山は街との距離が近いので、行きたくなったら準備もそこそこにさっと行ける気軽さも楽しみのひとつだと思っています。自然を感じにいくもので、気負わず日常的に楽しめるもの。楽しみ方や向き合い方、レベルによってそれぞれなので、装備もそれに合わせて準備すればいいのかと。登山って命に関わる部分があるので、どうしても「こうしないとダメだ」となってしまう雰囲気が一部あるんです。でも、安全性の部分は確保しつつ、こういう部分は変えていきたいと思っています。少し話は変わりますが、低山っていう名称もどうなんだろうとか考えちゃいますね。

名称って結構重要ですよね。YAMAPでも様々な山の楽しみ方を伝える取り組みの一環として「低山で楽しもう」を発信しようとしたことがあるのですが、“低山=下に見ている”のではないかと。いろいろ議論した結果、“ホームマウンテン”という名称で落ち着きました。大迫さんのホームマウンテンはどこですか?

(大迫)僕は六甲山ですね。街からの距離が近くて、山を身近に感じられるところが好きなんです。

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私は、塔ノ岳ですね。縦走するのも楽しくて、ヤビツ峠から縦走するのが好きなコースです。縦走後は、ふもとの地域でゆったりするのもおすすめです。周辺地域も含めて、ホームマウンテンとして好きなんでしょうね。


安藤さんと登山の今後


-アウトドア業界は今後どうなっていくべきだと思いますか?

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登山寄りの意見になってしまいますが……。登山には山小屋という存在が大きいのですが、経営が厳しく存続の危機に瀕している山小屋が多数あります。昨今のコロナの影響で小屋営業を自粛され、さらに状況が厳しくなった。国からの支援がないのも非常に大きいと考えています。実は、登山道を整備しているのは山小屋だったりするので、登山者は“山のインフラ”として、山小屋に依存している現状があります。でも、山小屋を支援するには利用するくらいしか機会がありません。享受しているメリットに比べて、対価として貢献できていない。経営者も高齢化が進んでいる中、山小屋の存続を可能にしていくために何ができるかと真剣に考えなくてはいけないと思います。「こうすれば解決」という答えがあるわけではないので、業界全体の課題として経済が回る仕組みを考えて講じていかなければいけないと感じています。

(大迫)『YAMA HACK』としても、山小屋存続問題は課題と感じています。

山を中心とした経済を考える上で、周辺地域の存在も重要です。登山をする人の中には、山へ行って帰るまでの移動費だけしか消費しないなんてこともあるのではないでしょうか。きっかけは登山でもそうでなくてもいいのですが、山を中心に地域に興味をもってもらいたいと思います。知りさえすれば、興味が芽生える。新しい経済サイクルにつながるように、YAMAPとしても取り組みたいと考えています。

-その上で、スペースキーに期待することなどあれば聞かせてください!

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登山向けサービスを扱う企業として、一部ユーザーさんには競合として捉えられているそうですが、それは誤解です。私もライバルではなく、多くの人に登山をはじめアウトドアの魅力を伝える“仲間”だと思っています。山の楽しみをどれだけ多くの人に伝えられるか。これからもそういう部分で一緒にやっていきたいです。

(大迫)「ライバルなのに」って、ほんとにすごい言われるんですよ。その誤解を解くためにも、ぜひ一緒に何かやりましょう!お願いします!

-安藤さん個人として、アウトドアでやってみたいことはありますか?

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今年の目標として、雪山縦走をしてみたいですね。また、関心ごとでは、この先あとどれぐらい登山を楽しめるかということ。もちろん、長く楽しみたいので、健康とか体力を維持することに関心をもっています。あと2~30年楽しむために、どう身体をメンテナンスしようかと。

最近では、体力維持もですが、登山のスキルを磨いていくことにも取り組んでいきたいと思っています。足の運び方ひとつでも、疲労度が全然違ってくるんです。トレーナーの方に見てもらったりして、そこの改善にも努めたいですね。

(大迫)ああ、それわかります!登山ガイドさんとか、登り方をチェックしてくれますよね(取材でガイドさんと歩くとテストされてるみたいでドキドキします……。)

-YAMAPさんの構想に限らず、ビジネスとして挑戦したいことはありますか?

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つい先日なんですが、ミシンを購入したんです。自分でギアをつくってみたいとずっと思っていて、ちょうど手頃なものを見つけたので買ってしまいました。いつか、自分のブランドでギアをつくってみたいですね。

(大迫)出たら絶対買います。

-それはユーザーとしてもぜひ実現してほしいですね!今後もYAMAPさんを通じて、登山業界のアップデートに、力を貸してください。今後ともよろしくお願いいたします!


■ おまけ:当日持参いただいた愛用ギア ■

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SIGMA fp


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MSRのフライパンとエバニューのふた。他社製品同士でありながら、プロダクトとしての完成度の高さが素晴らしい。


■ おまけ2:インタビュアー情報 ■

インタビュアーを担当した『YAMA HACK』編集長・大迫はこんな人です!

登山メディア『YAMA HACK』もよろしくお願いします!


■ 編集後記 ■

アウトドア履歴書では数々の著名人にインタビューしてきましたが、登山では今回が初。テクノロジーを駆使した登山サービスとして、プロダクトとしても憧れている安藤さんにお話を聞くことができました。

印象的だったのは、登山に対する多様な楽しみを伝えたいという想いでした。それはギアにも表れていて、自分のペースに合わせて時にはぬるく楽しんだっていいと優しく話す安藤さん。SNS等で見られる、シャープでカッコいい印象とはまた違った一面が良いギャップとなり、新鮮に感じました。

今後は『YAMAP』と『YAMA HACK』がお互い連携しながら、山の様々な魅力を伝え、登山業界を盛り上げていってほしいと願っています。(小野)