short story series『知らない』  person 19

作・橋谷一滴

20歳。女。

私の中指にホクロがある。
それに気がついたのはついこの間で、
パン食べてて。
パンを食べていた私に電話が入った。
あー。あれは多分1ヶ月くらい前の話。
兄が、どっかに行った。
私には兄がいる。
3歳離れた兄が。
そんな兄がどっかに行った。
と親から電話があった。
私はパンを食べてたから
「んー、どうしよっかー。」
ってもぐもぐしながら答えたら
怒られた。
私はとりあえずパンを机に置いた。

私は中学の時、兄の部屋に頻繁に入っていた。
兄のいないときに。
兄の部屋には鍵が付いていたけれど、私はあの部屋の開け方を知っていた。
親は入ったことないと思う。
彼の部屋には壁とか天井とかにとりあえず紙がいっぱい貼ってあって、緩いイラストがびっしり描いてあった。
上手い絵とかは特にない。
そうだ、兄はずっと変な人だった。
だから驚かないんだ私は。
彼はずっとどっかに行きそうだった。
それがついに今どっかに行ったという、ただそれだけのことだ。
なんなら遅いくらいじゃないか。

兄の中指にはホクロがある。
それに私が気が付いたのは中学校の時で、
私はそれに憧れて、兄の部屋に置いてあったボールペンで自分の指のおんなじところに点を描いた。
それがいつの間にか本当にホクロになっている。
私も変なのかもしれない。
と思ったのが1ヶ月前。
昨日、当たり前のように家にいた兄の中指には、まだちゃんとホクロがあった。
私は何も言わず、兄の隣でまたパンをかじる。
兄はついにリビングで緩いイラストを描き始めていた。

2018年11月16日

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