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小説「ハトの時間」ショート版

「あの森の入り口のさきにはねぇ・・・」
 その時の僕は、ついつい少しだけ自慢げに切りだしてしまっていた。
「小さいけれどひらけた野原があるんだ。そこには綺麗な小川もある。野生だけど、ユリとか他にも綺麗な花が、季節ごとに咲いてたりするんだよ。あそこは、写生の宿題とか、読書とかにはもってこいなんだよなー」
「へぇー!行ってみたい」
 小学3年生で同じクラス、そしてたった二人だけのヒミツの仲間であるなつさんは、この話題に強く食いついてきた。
「それがねぇ、森の向こうのその場所に行くにはまわり道するしかなくて、歩いて片道1時間ぐらいかかる。僕はぐうぜんだったけどひとりで見つけたんだ。今度、二人でいっしょに行かない?」
「そんなにかかるの?休みの日にしたって、ご飯までに家に戻ってこれないじゃない」
「森を突っ切れば、ほんのちょっとだと思うんだけど、やめた方がいいね。ほらあの辺はヘビがいるだろう。ひどいヤブだしね」
「そうねぇ。わたしもヘビはイヤだわ・・・」
「毒がないって分かっているなら、僕は割と平気なんだけど。近くで見たわけじゃないから、種類がよくわかんない」
「でもね、わたし最近はもしかしたら、平気かもって思ってるのよ」
「へぇ。前はあんなにヘビを怖がってたのにどうしたんだい?」
「コツはね、ほんとうに秘密よ。だから、ヒントもなし!」
「あんまり危ないこと、しない方がいいよー」
 僕は心配になって言ったが、その時のなつさんは、ただ少し笑っているだけだった。
   *
 そして、しばらくしたあと、「その日」は、いきなりやって来た。もう梅雨が開けそうな頃。僕にとっては、何年も経った今でも忘れられない、七月初めの日だった。
 いつもの小さな公園で、いつものようになつさんと二人で、いつものように「仲間の生き物に時間を借りて」いた時のこと。
 いきなり、なつさんがベンチの上に立ち上がって、「突然ですが、これからネコに時間をかりて、森の入り口に入ってみたいと思います」そう宣言した。とにかく他には公園に誰もいなくて良かった。
 そう、彼女は、何か決意みたいなものをいだいている様でもあり、ちょっと緊張している様にも見えた。
「なになに、どうしたの?いきなり」
「あなたが前に話していた野原まで、ネコの足で行けるところまで森を突っ切ってみて、人間でも大丈夫な近道を探してみたいのよ」
 その様子となつさんの性格から言って、これをやめさせるのは骨がおれそうだった。
「ええー。あの森を突っ切って?」
「だってー。あなたが話してた野原って言うのを、どうしてもみてみたいの!」
「だから途中でヘビが出るって言ったじゃない。いったい、どうするつもりなのさ?」
「この前はヒミツにしてたんだけど、実は、ネコに時間をかりているときは、そんなにへビが怖く感じないのよ。ふしぎなものね」
「へぇ。そうなの?でも・・・」
「じゃあ行ってくるわね!」
 こうなったらもう止まらなさそうだった。
「本当に今から行くの?」
「ええ、もう決めたことよ」
 なつさんは、諸手で賛成されなかったことが気に入らないのか、不機嫌そうにして、僕のいうことなど聞かずに、さっさとネコをさがしていた。僕はもちろん反対だったんだけど、なんとなくその気持ちはわかる様な気もした。やっぱりこの前はちょっと自慢しすぎたかな?例の野原の景色を思い出して、つい僕までなつかしくなってしまった。この前に行ったのはいつの頃だっただろう。
 そうこうしているうちにも、もう、なつさんは一匹のネコを抱っこしてベンチに腰かけていた。そのネコは、僕たちが「ムツ」と呼んでいる、体が少し大きい感じのオスで、僕の6番目の友達だ。彼女のお気に入りのメス、「ミツ」はいなかったらしい。
 さっそく「時間をかりよう」としてる様子のなつさんは「それじゃあ行って来るわ、あなたはここで、私の体を見守っていてね。頼むわよ」といって、さっさと目をつぶる。
 そうしたら、その瞬間にムツはまるで目を覚ましたかのように、「バッ!」と立ち上がると、ダッシュで公園を出て行ってしまった。
 公園は、僕を残して、誰もいなくなったように静かになった。事実、なつさんのほかは、だれも、なにもいない。そして、そのなつさんだって正確には、ここにはいないようなものだ。
 僕はしょうがなく、ひっそりと寂しくなった公園でなつさんの体の横でベンチに座りながら、おとなしく待つことにした。
 なんとなくイヤな気持ちになって、もう夏になろうかっていうのに、なぜか肌寒い感じまでしてきた。
 そうしてしばらく公園では何も起こらない時間が過ぎたんだけど・・・。
 けど、おかしい。ぜったいに長い、長すぎ。もうあれから8分は、経ってる。特に今回は、そんなにギリギリになるまで時間を使わないだろうし、どう考えてもおかしい。
 何かしら戻れない訳がきっとあるんだ。僕は決めた。やっぱり探しに行こう。辺りを見回しておあつらえ向きな生き物がいないのを確認すると、森の入り口に向かって走った。そして、その途中ひときわ高いけやきの木の上で鳴いている一羽のハトを見かけたんだ。
 聞こえてくるのは「グーポッポー」と、特徴のあるあの鳴き声。あれはどうやらキジバトというらしい。この前、父さんに教えてもらったやつだ。どうする、やってみるか?
 都合よくこのあたりはふだんから人通りも少なくて、いまもだれもいない。
 もちろん、ハトに時間をかりるなんて、練習でも、うまくいったことはない。でも他になつさん達を探すのに都合のいい生き物も見当たらないし、なつさんの命がかかっているかもしれないんだ、たとえ無理でもやるしかないと心を決めた。
 僕は、そのけやきの木を背もたれにして、木陰にすわり、あぐらをかいた。目を閉じて、落ち着いてキジバトの気持ちを探る。
 けれどだめだ、みつけられない。
 高さで5メートルぐらい、いやもっとあるのかな。遠すぎるんだ。できれば、あと2mくらいにまで近づいてきてくれないかな・・・。あせりながらも僕は一生懸命に考えた。
 その時、僕は急にある事を思いだして、ポケットに手を突っ込んだ。確か、まだ残っていたハズだ。探ってみたら、あったあった!
 図鑑にはキジバトの食べ物は木の実だと書いてあった。生米も食べるだろう。いつか空を飛ぶ練習のために、いつも用意していたのを思い出したんだ。そしてそれを全部片手ににぎりしめ、真上にむかって思いっきり放り投げた。パラパラッとお米が、けやきの木に当たって音を立て地面に落ちた。どうか降りてきてくれ!心の底から祈った。
 すると、なんとそのキジバトは、「バサバサササッ」といきおいよく地面まで降りてきてくれた。まるで何が起きているのかを分かっているようにも思えるほどだった。僕は上手くいった事に驚いてもいたけれど、このチャンスを逃すまいと、その意識を探った。
 今度はうまく見つけた!そしてチャンスをのがさずにその意識のそばに寄り添う。どうか受け入れてくれますように・・・。
 けど意外にもこのキジバトは、いつも試してるドバトと違い僕のことを認めてくれたんだ。嫌がる気配もなかった。一羽だけしかいなかったのもうまく行った理由かもしれない。
 「たのむっ」と、お願いして、空中へと舞い上がる。
 よしっ、飛べたっ。
 僕は、初めて空を飛んでいた!
 まずは高く!と、お願いする。するといきおいよくキジバトは羽をはばたたかせグングン上昇してくれた。耳元で風がヒューヒューと鳴る。もうけやきの木があんなに下に見える。とにかく、なんとかいけそうだ。
 さっそく森の入り口にむかうようにお願いして、空の中をすべるように、つきすすむ。なんて速いんだろう!それにしてもネコの足でさえ難しいのに、スピードの乗ったハトの飛ぶ感覚をつかまえているのは、想像以上に何倍も大変だった。
 あっという間に森の入り口の上空に着いた。それから、ちょっとだけ低いところをゆっくり飛んでもらい、なつさんが時間をかりているはずのムツの姿を探した。
 だめだ。まだ高すぎて、木の葉がジャマで地面が良く見えない。頼む、もっと、もっと低く・・・。そうしてキジバトに、木の葉の下を飛んでもらう。木の幹にぶつかりそうになってヒヤヒヤしたけど、そんなことは無視だ。地面の方に集中した。
 ん。ちょっと待って、あれは・・・。
 薮の中、あの分け入って乱れた跡は、そうなんじゃないのか?あわててキジバトに頼んで、十分に気をつけながら近くの木にとまってもらい、あたりの地面を見回した。
 いた!!!「ムツ」が倒れてる。
 あれだ。あれに違いない、見つけた!たぶん、なつさんも一緒にいるはず・・・。
 僕は、キジバトの目をかりて周りをよく見て位置を確認したあと、一気に真上に飛び上がってもらい、上空からも見てみた。
 割と森の入り口から近いところか。人間でも入っていけそうだ。そして再び、たおれたムツのそばに、舞い降りてもらう。
 そこで、ムツの前足のあたりに、黄色で30センチメートル定規にもたりない長さの子どものヘビを見つけた。
 ぴくりとも動かない。気を失っているらしい。まさか死んでるんじゃないだろうな・・・?そうしていたら、キジバトの気持ちが僕にも移ってきたのか、なぜだかクチバシで、それを突っつきたくなったんだけど、どうにか我慢してもらった。
 こっちも図鑑で見たことがある。たぶんヒバカリという毒のないヘビだ。それに、あの小ささなら、もし咬まれてもムツの体なら大丈夫だろう。
 僕は、ようやくひと安心して、もう一度、あたりに注意しながら飛び上がって、「本当にありがとうね」って丁寧にお礼を言って、キジバトに時間をかえした。
 その瞬間、けやきにもたれかかったまま気がついた僕は、軽い目まいを感じたけれど、頭を少し振ってから、さっき覚えた場所へ、自分の足で急いで向かって行ったんだ。その後、森の中でムツを見つけるのは訳なかった。さっき空から、人が入って行けそうな場所を見てたから、あっさり分かったよ。
 すぐさま、なつさんが一緒のはずのムツを抱っこした。そうしてそのまま公園に引き返そうとしたまさにその瞬間、空から「バサバサバサッ」と、とても激しい羽の音が聞こえた。それは、まるでなにかの「警告」のようだった。
 あれっ?まだあのキジバトがこの辺を飛んでるのかなって、上を見上げてたら、今度は真後ろの方から「バキッ、ガサガサガサッ」と枯れ草をこする重い音がした。
 僕は、なんだなんだ?って思って振り向くとそこには、さっき、見たヒバカリとは、とても比べものにもならないほどの大きさ、そう、体長1メートル以上はあるだろうか、文字どおり「綱」のようにものすごく太い黄色いヘビが、じっと僕を睨んでいた。
 僕は、背筋が「ゾッ」として本当に足がすくみ、まるでしびれたようにその場を動けなくなってしまったんだ。それでも頭では必死に考えていた。
 これは?もしかして、色も一緒の白っぽい黄色・・・。親子のヒバカリなのか?
 どうしたらいいんだ。親の方はどう見ても怒っているようにしか思えない。
 今でもすぐに逃げ出したいくらいに怖い。でも、追いかけられでもしたら・・・。
 そのまま、しばらくにらみあいが続いた後、と言っても、もしかしたら、たった数秒ぐらいのことだったかもしれない。
 僕は、ひとつのカケをすることにした。いや、実はそれしか手が思いつかなかったんだ。少し気味が悪いけれど、本当に時間をかりるってわけでもないし・・・。
 勇気を振るって、僕は目をつぶった・・・。あたりを慎重に探る。
 あたりの中で一番目立つひときわ大きな意識。それほど怒っているわけではないらしいが、とにかくすごく警戒している。これはヒバカリの親のもの・・・。
 あとは、ぼんやりした意識が三つ、手元の二つはよく知っているからすぐにわかった。たぶん「ムツ」とその時間をかりてる「なつさん」だろう。
 そして・・・、最後にもうひとつ。
 ぼんやりした、その小さな意識はたぶん・・・。僕はその意識のそばによりそって、やさしく声をかけた。
「起きてくれっ。起きてくれよ、たのむから」
「・・・!」
 よかった。本当に小さくだけど応えが確かにあった。
 僕はその意識から離れて、ゆっくりと目をあけた。そして、目を覚ましたらしいヒバカリの子が向こうへ逃げていくのを見た。
 もちろん親のヒバカリも首を回して、しっかりそれを見送っていた。
 それから、僕が追ってこようとする気配がないのを確認するように、しっかりと僕と目を合わせた後は、本当にゆっくりその身を大きくくねらせ、ふりむきもせずにゆうゆうと藪の中にもぐり込んで行ってしまった。
 もしかして、喧嘩両成敗ってことだったのかな?僕は、ほっとして、ようやく、そっとその場をはなれることができたんだ。
 公園までムツをだっこしたまま、ゆっくり歩いてたら、10分近くもかかって、手もしびれてきた。ここまで来たら、もう少しか。疲れた僕は「はあー」と大きく息をついた。
 やっぱりハトって速かったな。でもハトにはムツは重くてとても運べないし、なんて僕が考えてたら、腕の中で眠ってたそのムツが、のっそり起き上がり、ぴょんと地面に飛び降りて、さっさと公園の中に入っていっちゃった。
 ん、えーということは・・・。
 ああ。やっぱりなつさんは自分に戻ったらしく、起き上がっていた。そして、ベンチにちゃんとすわり直して、僕のことをじっと見ていた。ちょっと泣きそうな様子の目の前のなつさん。
 僕は「大変だったね」と声をかけつつ隣にすわった。
「ごめんね」と、なつさんがポツリと言う。
「うん。でも僕じゃなくてムツにあやまんなきゃね」
「わかってる」なつさんは相当こたえているようで短く返事した。
「落ち着いたかい?それでさ、なんであんなことになってたの?」
「ええ。あれは森に入って本当にすぐだったわ。いきなりヘビに出くわしちゃったの」
「うん。それで?」
「そのヘビはすごく小さかったし、私も怖くはなかったんだけど、やっぱりムツに逃げるようにお願いしたわ。でも、ムツは私の言う事を聞いてくれずに、前足のパンチで、その小さなヘビを捕まえようとする気持ちを、がまんできなかったみたいだったの」
「あー、なるほどー」
「結局、取っ組み合いになって、その時に前足をかまれてちゃったのよ。びっくりしたらしくてムツは気を失っちゃった・・・」
「そうだったんだね」
「それでね、このまま時間をかりるのをやめてしまうと、もしもこれが毒ヘビだったとき、ムツの命が危ないと、私は思ったの」
「でもさ、君こそ一緒のままで、もし毒がまわっちゃったら、危ないとは思わなかったの?どうなってたか分かんないじゃないか」
「だって!あそこでムツを見放すのって、どうしてもできなかったのよ」
 そうやって話す、なつさんの様子は、やっぱり反省してるみたいだった。
「ほんとうに、ムツには悪いことしたわ。次からもちゃんと仲良くしてくれるかな?」と自信なげにつぶやいた。
「うーん、大丈夫じゃないかな。ムツはヘビなんか平気みたいだしね。でもさ、ムツが子供のヘビを捕まえなくて本当に良かったよ」
「え・・・、どういうこと?」
「君はまだ、あの時気がついてなかったけれど、後からさ、それはそれは大きな親のヘビが迎えに来たんだよ。場合によってはとり返しのつかないことになってたかもしれない」
「・・・そう、そうだったのね・・・。うん、ああそれから、わたし達を見つけてくれてありがとう。でもあなた、どうやって、あんなに深いヤブの中から私、いや「ムツ」を見つけることができたの?」
「それはね、ハトの時間をかりたんだよ」
「えーっ!ハトってあの空を飛ぶハト⁉︎ほんとうに?」
「うん、君を見つけなきゃと思って、無我夢中だったんだ。キジバトだったよ。なんとか飛べたのは今日が初めてだ」
「あなた、よくできたわね。だって、ハト達はネコのニオイが嫌いなのかって思ってた。ネコをみてると、地面でえさをついばむハト達のことを、よく狙ってるじゃないの」
「ええっ!そうだっけ?」んー。どうやら、これまでうまくハト達と仲良くできなかった理由の一つはそう言うことか、なるほどね。
「ハトに時間をかりるなんて、わたしなら思いつきもしなかったわ。だってわたし、高いところはイヤだもの・・・」
「なつさんって、意外と苦手なものが、多いんだね」、僕がそう言ったら、少しだけ笑って恥ずかしそうにうつむいちゃった。
 それから、急に顔を上げると「あっ。そういえば、私が森の入り口に行く時、この体を見守っててねって頼んだのに、約束破ったでしょう?ゆるさないからねっ!」って、笑いながらだけど逆に文句を言われちゃった。
 本当にメンドウな性格してるなぁ、もぅ。
 なんにせよ、よかった・・・。なつさんも落ち着きを取り戻したみたい。そう、あの時、ヒバカリの親がいることを教えてくれたこともあるし、あのキジバトとは絶対に仲良くなりたいから、まずはカッコイイ名前をつけて、お礼のいいエサも用意することにしたよ。
 こんなに、とんでもないことが起きたのに、僕の気分はとても爽やかだった。まさに夏のはじまりだといわんばかりの、びっくりするほど真っ青な空を見上げ、さっきの「ハトの時間」を思い返しながら、そう感じたんだ。

        おわり

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