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小説「秘書にだって主張はある。」第十一話

 十一 往路

 1月12日(木)0600東京本郷アパート
 東京は晴れ、しかし・・・。
 スマホをタップしニュースを見ると、残念ながら、現在、北海道は移動性低気圧と寒冷前線が通過中で、午前中いっぱいは影響が残るという予報だった。
 手荷物の準備は昨日の夜までに済ませている。小さめのカート一つだけだ。ガッチリ防寒効果のあるコート以外はできる限り軽装のほうがいい。
 恭子は、スマホを取り出し、もう一度航空機案内を確認したが、欠航ではないようなので、天候回復を祈りながら自宅アパートを出発することにした。
   *
 羽田空港に、0700に到着すると、平日の火曜日ということもあってか、比較的すいているように思った。
 お正月が明けて、帰省、Uターンラッシュは概ね終わったと見える。
 恭子がいる第1出発ターミナルには、時折ゆるやかにアナウンスがながれる。
 搭乗まで小1時間ある。恭子は早々に搭乗手続きを済ませ、コンビニで買ってきた朝ご飯のおにぎりでも食べようかと、カートを引きつつ、適当な場所を探してうろついた。
 そこで大事な用を思い出した。再度、スマホを取り出し、連絡先を検索して電話をかける。
「はい、道彦です」
「おはようございます、伊藤です」
「えーと。今は、羽田だね」
「はい。そうです」
「念のためだけれど、気をつけてね。この前の僕との面談の時から君は、軍関係者の関係者なんだよ。出張中、いつどこで誰にみられているかも分からない」
「わかりました・・・」
 あたりまえだが、恭子は、そんな者になりたいと思った事は一度もない。
「旭川の到着は1220、ANK733便だったよね。迎えにいくよ。こっちはいま吹雪だ、もっとも軍の気象予報官によると回復傾向にあるらしいけどね」
「確か、司令部に伺います、と言いましたよね?」
「僕だって、ついさっき気をつけてと言いましたよね?」
「・・・」
 語尾をなぞられ、馬鹿にされたみたいで、少し悔しかった。でも、至極もっともな意見だったので、まったく言い返せない。さらに悔しい。
 さっそくペースを取られてる。
「と言うことで、僕の車で迎えに行くよ。到着ロビーで待ってるから探してね」
「はい。わかりましたっ!」
「それから、道内立ち入りの申請は、航空会社を通じて電子申請してある?旭川で軍の審査があるからね」
「もう、大丈夫ですから。失礼します」
 歩きながら電話を切る。
 半ば強引に切ってしまうと、実は逆に、一人で不安な気持ちを抱えていることに気づき、やはり道彦が旭川空港まで迎えに来てくれることを、恭子はありがたく感じた。それに移動にはタクシーを使う予定だったから、予算的にもとても助かる。
 道彦が言ったとおり、低気圧は、航空機が羽田を離陸したあと、急速に北海道から遠ざかり、上空では、タービュランスもなく順調に運行した。
   *
1月12日(木)1230 旭川空港到着ターミナル
 結局のところ恭子を乗せた航空機は、無事、旭川空港に着陸した。天候は雪のち晴れ。ロビーまでの廊下を歩きつつ、窓の外をのぞく。
 ただ、ただ、一面の雪、雪、雪だ!
 ただし、そんなに深く積もっているわけではない。
 回復してきた空から日差しが差し込み、反射して地表がキラキラと幻想的にきらめく。
 到着ゲートの隙間から入り込んできた冷たい空気を吸い込んで、意図せず小さい頃を思い出し、懐かしくなって、なぜだか小さく鼻をすすった。
 恭子は、言われたとおりに、これまた、すいている到着ロビーで道彦の姿を探したが、見当たらなかった。
 とその時、不意に横から肩を叩かれ、少々驚いて身を引いて相手を見た。
 道彦だ。
 カジュアルスーツの上にベージュのコート、完全に私服である。制服姿を探していたので見つからなかったのだ。
 少し悔しい気がした。ちょっと文句を言ってみる。
「自分勝手でしたが、軍の方の対応を想像して、きっと制服かと思ってました・・・」
「だって、目立つじゃない、制服は。君は好みじゃないでしょ」
 そんなことはない。ギャップ感覚を期待して、恭子は道彦の制服姿を、見てみたかったのだ。
 だが、それはそれで少し恥ずかしかったので、そうは言い返せない。
「それより、まだ昼ごはんは、食べてないよね」
「はい、そうですね。でも大丈夫ですよ。飛行機出発の直前におにぎりを食べましたから」
「まあ、何はともあれ市内に向かうよ」
「よろしくお願いします」
 道彦は、恭子の荷物を預かって、駐車場までエスコートしている。
 完全に日差しが出てきた。
 現在、気温マイナス8℃。これからさらに上昇しそうだ。
「雪が凍りついて、すべるから気をつけてね、と言っても釈迦に説法かな」
 恭子は、スノータイヤを履いた実用的な中型SUVに乗せられ、二人は出発した。


     つづき 第十二話 https://note.com/sozila001/n/n83888198e52f

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