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小説「秘書にだって主張はある。」第八話

 八 経過

1月6日(金)1600
 帰社した恭子は自分のデスクで電話を前にして、しばらくは悶々としていた。
 相談役への報告事項を頭の中で整理するためになど、もちろん単なる言い訳だと自分でもわかっている。道彦との会話のメモなら、ほら、目の前にあるじゃないか。
 その上、いつもなら意識外にふり払えるはずの総務部ブースの雑音が妙に気になる。
 なぜなの?
 しかし、このまま考えているばかりでは、いつまで経っても終わらないので、気合いを入れなおして、電話番号を入力する。
 電話のコールは5回で終わった。家政婦が出るものと思っていたが、予想に反して相談役本人だった。
「はい柊佳子です」
 もしかしたら、待たれていた?
 受話器越しの音がとても静かな上、息づかいさえ聞こえやしない。
 恭子は、身を震わせて緊張を高め、滑らかにそして早口にならぬように話し始めた。
「総務部長付の伊藤恭子です。電話で申し訳ありません。昨日の道彦様との面談の件について、先ほど終了しましたので、ご報告したいのですがよろしいでしょうか」
「もちろんいいわよ」
 総務部長は最低限のフォローをしてくれていたようだ。
「結論から申しますと、相談役の予想が的中しておりました」
「軍は直接関与していないようで、常盤ラボは次期契約を見据えて自らを有利に導こうとしております」
「その上で、我が社に何らかの負担を応分して欲しくて、クレームという形で話を持ちかけていると推測できます」
「そうなのね。でもなんだか確証のない物言いだわ」
「はい、しかしそうとしか思えません」
「道彦の何かコメントはどうなの?あの子の部署は、監察でしょ。言うなれば軍の自浄機構。それなりの情報収集能力があるはずだけど」
「いえ。軍は関与していないとおっしゃる以外は、特に・・・」
 恭子は、隠しごとについて、不意に、能力者を相手にしていることに、いい知れぬ不安を覚えた。佳子は空間転移の能力者なのだし、何より電話越しなのだからなんの問題もないはずなのだが・・・
 もしかして、これは単なる推察力によるものなの?
「ということは、常盤ラボをターゲットにしてもしょうがないわね。裏を取るには、やっぱり軍の中枢しかないかなぁ」
「簡単におっしゃいますが、下手に手出しはできない相手です」
「ほら、味方もいるし、大丈夫でしょう」
「道彦様が軍で処分されないよう、お祈りいたします」
「いざとなったら、潔く辞めて柊社に来ればいいのよ。あんなところなんて。まあ、いいわ。大体わかった。ありがとうね」
「いいえ、お気遣いは結構です」
「総務部長の部下を無理に使って、借りを作っちゃった」
「借りだなんて、とんでもありません」
「ちょっと考えてみます、と総務部長に伝えて」
「承知しました」
「ところで、道彦自身についてはどうだった?あの子、休暇とって東京に戻って来てるくせに、やることがあるとか言って、ウチには帰ってこないのよ」
「そういうことでしたか・・・。とてもお元気そうでした」
「それから、あの・・・。そう、ユーモアがおありで、私の中で軍人のイメージが、かなり変わりました」
「あははは。はっきり、お調子者と言っても構わないわよ」
「とんでもない。印象としては、とても柔らかい方でしたが、ペースが早くて、煽られっぱなしで参りました」
「あなたと、いいペアじゃない」
 電話の向こうで、相談役が声も出さずに笑っているような気がして気になった。
「一つ、よろしいですか?」
 話をそらすような感じになってしまったが、どうしても聞きたくて恭子は質問の許可を申し出た。
「いいわよ。なに?」
「どうして今回、私を名指しされたのですか?総務部長は能力者同士だからでは、と仰ってましたが」
「それも、あるわ。まず、あなたをここへ呼んで、一度身近におしゃべりをしてみたかったのよ。あなたが、私に感情操作能力を使うかどうか、見てみたかったし」
「使うはずがございません。これからについても約束いたします」
「あらっ。使ってもいいわよ。だって国にも違法ではないと認められているじゃないの。私、能力の行使に関しては、肯定派なの」
「そうなのですね」
「それで、それも、ということは他にも・・・」
「そうね、私、十数年前まで、柊社で秘書だったのよ。これでもね。もちろんその頃はまだ能力も発現してなかったけど」
「え・・・」
「本音としては自分の後輩が頑張ってるかどうか会ってみたかったの」
「そうだったんですか、大変ありがとうございます」
 恭子の知らない柊家事情のせいで、またもやびっくりさせられて、今度はあやうく通話中に沈黙してしまうところだった。
 失礼いたしますと述べ、こちらが先に切らないよう丁寧に受話器を置いた恭子は、直接会いに行けばよかったのかもと、ちょっぴり思った。
 もしそうしたら、佳子が秘書だった頃の苦労話が聞けたかもしれないと考えている自分に気がついて、ただ意外だった。
   *
 10分ほどの間、雑務を片付けた後に、恭子は総務部長に相談役との電話での報告内容を伝えた。
「そうか。考えてみる、か。また道彦に手を出しそうだなぁ。それに、あいつは軍をやめるつもりがないって、母さんもいい加減あきらめたほうがいいのに」
「そうなんですか?」
「一枚の絵姿としては、君と結婚させ、軍をやめさせて東京に戻し、柊社の部長格に据えよう、とかね」
「はぁ?なんで私と・・・」
「うん。君にはそのつもりがない」
「もちろん、おっしゃるとおりです」
「と、そういうことさ」
「ところで、常盤ラボの件は、いずれ主管を営業部に、戻してもらおうかと思う。修二さんにうまくネゴしておけば、おそらく大丈夫だろう」
「承知しました。道彦様には、どう対応しますか?」
「母さんに任せよう」
「なんの手も打っていないようにしか思えませんが」
 思ったことをそのまま、恭子は言った。
「大丈夫、母さんは必ず、また道彦に連絡するよ。君と相談役の会話からすると、結局、道しるべは軍の動向と考えを察知することしかないと思う」
「承知しました」
 もしも、今後相談役が道彦に働きかけたとして、交渉役として、また自分に声がかかるのだろうか。
 ところが、前ほど嫌がっていない自分に改めて、気がついた。
「ところで、部長が仰っていた、いいことって、特に何もなかったですが、なんなんだったんでしょうか?」
「今すぐってことじゃないよ。たぶんそのうちね・・・」


     つづき 第九話 https://note.com/sozila001/n/n12eb171b2def

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