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《エストニア情報》 バルト海の魚

エストニアで食べるサンマによく似たガーフィッシュ 
秋の味覚を代表するサンマは、日本人が殆ど独占している味。ヨーロッパで遂に見つけた、サンマの味に近い魚。 

文・撮影/市川路美 

サンマとガーフィッシュ

ヨーロッパに暮らし始めてから20年以上経ちます。最初の頃は日本へ帰国する度に、色々な食べ物をスーツケースに詰め込んで持ち帰りました。近年は世界的な日本食ブームのおかげで、海外でも日本特有の食材が手に入りやすくなっています。

例えば醤油。どのスーパーでも普通に販売されていて、少し大きなスーパーへ行けば日本のメーカーの醤油だって手に入ります。そんな背景があるので、里帰り時に日本から持ち帰る食材が年々少なくなっている今日この頃。それでも何としてでも海外に持ち出したい、でも不可能な食材が存在します。日本の秋の味覚を代表する食材、サンマです。

ダツ目ダツ上科サンマ科サンマ属に分類されるサンマは、北太平洋一帯に広く生息する魚なのですが、不思議な事にサンマを食べる国はとても限られています。日本、韓国、台湾、ロシアのサハリン、カムチャッカ半島周辺くらいでしょうか。

中国はサンマを食べる習慣がなかったのですが、日本の影響でサンマの美味しさに目覚め2012年頃から捕獲を始めています。中国に限らず今後はもっとサンマを食べる国が増えていくのかもしれません。

世界のサンマの年間漁獲量の半分以上を消費している日本。サンマとの歴史は古く、300年ほど前には既に大量のサンマを捕獲する方法を取得していました。大量に捕獲出来たので値段も安く、昔から大衆魚として日本人の胃袋を満たし続けてきたサンマ。DNAが欲するのでしょうか。海外に住んでいると時々無性にサンマの塩焼きが食べたくなります。手あたり次第に色々な魚を食べていますが、今までサンマに似た魚と巡り合う事がありませんでした。

ずっと残念に思っていたのですが、遂に今回、サンマによく似た魚を発見する事が出来ました。バルト海で食べたガーフィッシュです。

ガーフィッシュはダツ目ダツ科に属する魚なので、ダツ目ダツ上科サンマ科サンマ属のサンマとは遠い親戚にあたる間柄です。最大で1メートル位に成長しますが、通常は50センチ程度の魚。顎が槍のように尖っているのが大きな特徴で、その容姿からニードルフィッシュ(針の魚)とも呼ばれています。大西洋、地中海、バルト海に生息し、淡水と海水が混在するような場所を好みます。ニシンなどの小魚を食べ、浅い海の定置網で捕獲されているのだそう。

私が今住んでいるスペインではあまり知られていない魚なのですが、北ドイツ辺りからロシアにかけてはとてもポピュラーな魚です。とても特徴的な容姿をしているので目立ち、特にバルト三国ではどの魚屋にもあったので大変興味を持ちました。お値段もキロ当たり600円程度で大衆魚の扱いです。

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燻製が得意な旧ロシア圏の国々

ガーフィッシュはどう調理しても美味しい魚とされています。バルト海周辺の国々では、焼いたりフライにして食べる事が多いのだそう。味はサンマの親戚だけあって、かなりサンマに近いです。ただサンマほど脂はのっていません。ガーフィッシュを食べた時の第一印象は、サンマに似て美味しいけれど、サンマには敵わない味。

でもガーフィッシュの燻製を食べた時、すっかり胃と心を奪われてしまいました。ガーフィッシュの燻製、本当に美味しいです。

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旧ソ連圏の国々は、魚の燻製を作るのがとても上手。色々な種類の魚をとても美味しく加工します。燻製は購入するだけで、何も手を加えずそのまま食べる事が出来ます。

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美味しいだけでなく、手間いらず。独特の風味も魚の味を更に深めます。お酒のお供に最高で、バルト三国の人達はビールのおつまみとして魚の燻製をよく食べるのだそう。

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日本は古くから干物の文化が発達しています。日本の干物は種類も多く確かに美味しいのですが、燻製率をもっと上げて欲しいなと思いました。

ガーフィッシュの骨は鮮やかな緑色をしています。初めて見た時はかなり戸惑いました。バルト海で捕れる天然の魚の汚染が、随分と前から問題視されていたからです。

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でもこれは胆汁色素の一種である緑色のビリベルジンが、カルシウム塩をつくり骨に沈着したものなのだそうです。たまにサンマにも表れる現象で、全く無害との事で安心しました。尖った顎の外見だけでなく、中の骨まで特徴的な魚、それがガーフィッシュです。

ガーフィッシュに関するあれこれ

ガーフィッシュを食べてみたいのなら、バルト三国がお勧めです。特にエストニアは国境の半分がバルト海に面しているので、バルト海の海の幸が豊富です。首都のタリンより、海沿いの第二の都市、パルヌを訪れて下さい。美しい砂のビーチと遠浅の海が人気の素敵な街です。

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エストニアの夏の首都と呼ばれ、エストニア屈指のスーパーリゾート地となっています。レベルの高いレストランが多く、とは言ってもエストニアは物価が安いので、とてもリーズナブルにバルト海の海の幸を堪能出来ます。

夏のシーズンとなれば国内外からパルヌへ遊びに来て、ビーチと魚介類を楽しむ人達で賑わうのだそう。毎年8月には北欧最大の音楽フェスがパルヌのビーチで開催されます。

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世界的に有名なDJやアーティスト、そして世界中の若者達がパルヌに終結します。街の人口よりも多くの観客が訪れるので、フェスの期間中のパルヌの街は私的・公的テントで溢れかえります。

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ガーフィッシュは釣り人のターゲットとしても人気があります。よく抵抗するので釣るのが楽しく、集団で行動するので一度釣れ出すと止まらないのだそう。

ただガーフィッシュは危険な習性を持っているので注意が必要です。小魚の光るウロコに反応し、猛スピードで泳いで捕食対象に突進するのです。その速さは何と時速70キロ。水中だけでなく水上にも飛び出すので、ライトなどの光にも反応し、勢いよく突進してくる時があります。

ガーフィッシュが生息する海域では、夜釣りでライトを点けたまま海面を覗くなんて事は自殺行為。急にガーフィッシュが飛び出してきて体に刺さったり、最悪なケースでは目や首に突き刺さって死に至るケースも報告されています。

世界の海の魚の危険度ランキングでは、1位がガーフィッシュ、2位がアカエイ、3位がホウジロザメとされています。人食い鮫より怖いのがガーフィッシュなのです。釣りを楽しんでいた日本好きの地元の人達は、ガーフィッシュの事を「カミカゼ・フィッシュ」と呼んでいました。

今後が心配なサンマ

日本の秋の味覚を代表するサンマ。近年は水揚げ量が減少し、価格が高騰する事が多いようです。サンマは夏から秋にかけて公海から南下して日本海近辺を来遊します。台湾や中国が近年漁獲量を伸ばしているので、サンマが日本の近海まで辿り着く前に乱獲されてしまい、それがサンマ不漁の原因だとする人もいます。でも原因は一つだけではありません。

一番大きな理由は地球温暖化。日本のサンマ漁猟の中心地である北海道の東の海の水温が上昇していて、サンマは冷たい水を好む魚なので近寄らず、水温の低い沖合に留まってしまうのだそう。

日本近海にやってくるサンマが減ってしまった事に加え、サンマの数自体も減ってきています。それに加えて、サンマの美味しさに世界が気付いてしまった事による乱獲。庶民の味として古くから人気を博してきたサンマですが、今後は高級魚となり絶滅危惧種となっていくのかもしれません。そんな時は是非、バルト海のガーフィッシュを思い出して下さい。燻製ならサンマに負けず劣らずの美味しさです。


(2021年9月30日発行「素材のちから」第42号掲載記事)

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