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《ブルガリア情報》 ヨーグルトの新しい食べ方

ヨーグルトで有名なブルガリアから学ぶヨーグルトを使った料理 

文・撮影/市川路美 

ヨーグルトの歴史 

ブルガリアと聞けば、日本人ならまず最初にヨーグルトを思い浮かべるはず。それほどブルガリアのヨーグルトは、日本に深く浸透しています。そのため多くの日本人が、ヨーグルトの起源はブルガリアにあると思いがちです。しかし諸説はあるものの、中央アジアがヨーグルト発祥の地とされています。

古都ヴェリコ・タルノヴォ
有名なプロブディフのローマ遺跡
アレクサンドル・ネフスキー大聖堂

人類が初めて家畜を飼い始めたのは紀元前1万1000年前とされていますが、家畜の乳を飲んでいた科学的な証拠があるのは紀元前5500年頃。そして紀元前5000年頃のある日、木桶や革袋に入れておいた生の乳が酸っぱい飲み物に変化していました。羊の乳に、環境常在菌である乳酸菌が偶然入り込み繁殖したからです。これがヨーグルトの起源とされ、腐りやすい生の乳の日持ちが良くなることから、直ぐに周辺各国に広まりました。

ブルガリアはヨーグルト発祥の地ではありませんが、ヨーグルトとの付き合いはとても古い国。紀元前4000年頃には、ブルガリア最古の民族であるトラキア人が、ヨーグルトのようなものを食べていたとされています。そのため厳密にはヨーグルト発祥の地ではありませんが、ヨーグルトの本場と言っても差し障りはないかと思います。

日本におけるヨーグルトの歴史は、明治時代から始まります。牛乳の販売が開始され、1894年には売れ残りの牛乳を発酵させた「凝乳」が売られるようになりました。これが日本で最初に作られたヨーグルトなのですが、当初のヨーグルトは病人食の扱いでした。

日本で本格的にヨーグルトの生産が開始されたのは第二次世界大戦後。甘味料や香料を加え、ゼラチンや寒天などで固めたハードタイプのヨーグルトが主流だったのですが、1970年に開催された大阪万博のブルガリア館で、日本の企業がブルガリアのヨーグルトと出会います。

日本人が食べていたヨーグルトとは全く異なる、独特の風味を持つ酸味の強いヨーグルト。これが本当のヨーグルトの味なのだと感銘を受け、日本初となるブルガリア風のプレーンヨーグルトが販売されることになりました。

ブルガリア語でヨーグルトは「キセロ・ムリャコ」、酸っぱいミルクを意味します。名前の通り、ブルガリア人にとってヨーグルトとは酸っぱいものでなくてはなりません。ところが日本ではヨーグルトは甘いものとの認識が強く、酸っぱいヨーグルトはなかなか受け入れられませんでした。「ヨーグルトが酸っぱい。腐っているのではないか?」そんなクレームを受けながら、諦めずに本場の味であるブルガリア風のプレーンヨーグルトを売り続けました。

ある程度の年代の方たちなら、大容量プレーンヨーグルトのプラスチック容器の蓋の裏に貼りつけてあった砂糖のパックを覚えているのではないでしょうか? フロストシュガーと呼ばれる冷たいヨーグルトに入れてもサッと溶ける不思議な砂糖で、グラニュー糖に空気を含ませて作ります。各自好みの分量の砂糖をプレーンヨーグルトにふりかけて食べます。酸っぱいヨーグルトを食べ慣れていなかった日本人は、こうして少しずつ本場の味に慣れていったのです。

2008年頃からは、どのメーカーも砂糖のパックを付けずにプレーンヨーグルトを販売しています。これは多くの消費者から「砂糖が余ってしまう」と意見されたからなのだそう。食の多様化時代となり、ヨーグルトに砂糖ではなくジャムや蜂蜜、シリアルやドライフルーツなどを加えて食べる人が多くなったからです。砂糖を付けずに販売するようになってから、各社のプレーンヨーグルトは酸っぱさを抑え、まろやかな味わいを追求しているので、ブルガリアのヨーグルトとは再び趣が異なってきているのかもしれません。

新しいヨーグルトの食べ方

ブルガリア人は1人当たり年間にヨーグルトを30キロから50キロ食べています。日本人1人当たりの年間の米消費量が50キロほどなので、ブルガリア人がどれだけ大量にヨーグルトを食べているのかイメージできるかと思います。ちなみに、日本人の年間ヨーグルト消費量は7キロほど。

ブルガリア人がこれほど大量のヨーグルトを食すことができるのは、日本人とは全く異なるヨーグルトの食べ方をしているから。近年、ヨーグルトの食べ方が多様化したにもかかわらず、日本人にとってヨーグルトとは甘い系の食べ物の域に留まり続けています。

日本に限らず欧米でも、ヨーグルトは朝食、そしてデザートなどにアレンジして食べます。ところがブルガリアの人たちは、ヨーグルトをデザート的に甘く味付けして食べることもありますが、日本でいう醤油のように調味料的な使い方をしたり、豆腐のように一つの食材として色々な料理に入れて食べることの方が多いです。

ブルガリアのレストラン街

肉、魚、野菜、パイなどのペイストリー、ブルガリアの人たちは何にでもニンニクやハーブを加えたヨーグルトをソースとして大量に添えて食べます。ラザニアなどの料理に入れたり、サラダのドレッシング、スープなどにもヨーグルトを大量に使います。

ディルの入ったヨーグルトソース
ニンニク風味のヨーグルトソース

さらにブルガリアの人たちは、ヨーグルトを水で割り、日本のお茶的感覚で食事と共に飲む人が多いです。はじめてブルガリアを訪れた時、甘い系も辛い系もどーんとこい的なヨーグルトの使い方に、大きな感銘を受けました。最初は少し戸惑いもあったのですが、一度試してみれば直ぐに理解できます。ヨーグルトの爽やかな風味は、どんな料理にもよく合うのです。

蕎麦の実が入ったヨーグルト

ブルガリアにはヨーグルトを使った料理が星の数ほどありますが、代表格といえるのがヨーグルトの冷製スープ、タラトールではないでしょうか。

タラトール

●タラトールの材料
プレーンヨーグルト 500g
水 400ml
キュウリ 4本
ニンニク 2かけ
塩 適量
ひまわり油 お好みで
クルミ 6個
ディルまたはパセリ お好みで

①大きなボウルにプレーンヨーグルトと水を入れ、ホイッパーでよく混ぜます。
②細かく刻んだキュウリとすり下ろしたニンニクを加えます。
③よく混ぜ合わせてから塩とひまわり油で味を調えます。
④冷蔵庫で1〜2時間よく冷やします。
⑤食べる直前に、炒って細かく砕いたクルミとみじん切りにしたディルをふりかけます。

クルミとディルをトッピングしたタラトール

ヨーグルトに含まれる乳酸菌には整腸作用、免疫力の上昇、美肌効果など沢山の効能があります。しかし乳酸菌などの善玉菌は腸内で3日ほどしか生きられないため、ブルガリア人ほど大量とはいかないまでも、毎日の食事に取り入れたい食品の一つ。

ところが日本人は「乳糖不耐症」を持つ人が多いです。乳糖不耐症とは、牛乳に含まれる乳糖をうまく分解できない体質のことで、牛乳を飲むとお腹が痛くなったりゴロゴロする人たちのこと。日本人だけでなく、アジア人の90%以上、アフリカ系やラテン系で80%の人たちが乳糖不耐症だとされています。それに対し、ブルガリア人を含めた北西欧系の白人の人たちで乳糖不耐症の人は1割しかいません。

とはいえ、乳糖不耐症の人たちでも牛乳をヨーグルトやチーズなどの乳製品に加工したり、火を加えて料理に入れるなら大丈夫な人が多いのも確か。だからこそ日本の皆さんに是非とも甘くないヨーグルトの食べ方を実戦して頂き、新たな食の扉を開いてほしいと思います。


(2023年9月30日発行「素材のちから」第50号掲載記事)

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