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Taxi French タクシーフレンチ

文・撮影/長尾謙一
(素材のちから第41号より)

〝C’est bon!(おいしい)〟をタクシーで運ぶ

フレンチレストランの料理をそのままタクシーで届ける新しい試み。

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美しく繊細なフランス料理をデリバリーするのは無理だろうと思っていた。でもタクシーなら安心。まるでお店のサービススタッフが届けるように丁寧に届けてくれる。

タクシーデリバリーのためだけの〝セミケータリングメニュー〟

コロナ禍の中で厳しい現実が続こうとも、ただそれをじっと見ているだけでなく困難な課題に立ち向かい、何度も失敗を重ねながらそれをノウハウにしていく。フランス料理の〝タクシーデリバリー〟は変わりゆく外食に正面から向かう、シェフの果敢な挑戦だった。

タクシーデリバリーが身近なものになってきた

「タクシーデリバリーをはじめたよ。」と教えてくれたのは東京・白金にあるレストラン ラ クレリエールの柴田シェフだった。フードデリバリーやテイクアウトの需要が急速に高まる中、タクシーを使ったデリバリーがあるらしいことは知っていたが、知り合いのシェフがはじめたと聞くと、タクシーデリバリーが外食店のサービスとして、いよいよ身近なものになってきたのだと感じる。

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フランス料理 ラ クレリエール
オーナーシェフ  柴田 秀之 さん

確かにタクシーならプロのドライバーが責任を持って丁寧に料理を運んでくれるので、お店もお客様も安心だ。

フレンチシェフが本気でデリバリーメニューをつくるとこうなる

ラ クレリエールのメニューを見せていただけるということなので、早速お店に伺った。たくさんのヴェリーヌが詰まったボックスが一番に目を引く。アミューズとデセールを美しいヴェリーヌに仕上げてある。

それにしても、その完成度の高さには驚かされる。このままレストランでアミューズとして出されても何も文句はない。それどころか手の込み方はいつものアミューズ以上で実に見事だ。それもこれだけのアイテムを揃えてある。見ているだけで「フレンチシェフが本気でデリバリーをやったらこうなるよ。」という気概が伝わってくる。

ところで、シェフはなぜヴェリーヌを軸にメニューを組み立てたのだろう? そのわけを聞くとこう話してくれた。

「お客様にタクシーを使ってまでお料理をご注文いただくのなら、タクシーで運ぶ明確な意味が必要です。おせちのような料理もありますが、おせちは運送会社も運びます。それでは意味がありません。鴨のコンフィや牛ホホ肉の赤ワイン煮などのビストロメニューをパックして、お客様に温め直していただくこともできますが、それでは通販のメニューと変わりません。

そこで考えたのがこのメニューです。キッチンで完全に仕上げたものを安全に壊れない状態で運び、お客様宅のテーブルの上にお客様の手で料理を並べていただくのです。色とりどりの美しいヴェリーヌをテーブルに並べるのはきっと楽しいでしょう。

デリバリーと名前はついていますが、これはケータリングのイメージなのです。キッチンでつくった料理を会場に持って行き、スタッフが並べて提供するのがケータリングなら、料理を持って行くのがタクシードライバーで、料理を並べるのがお客様ご自身。完全な形ではないケータリング、つまり分かりやすく言うと〝セミケータリングメニュー〟というコンセプトなのです。」

なるほど、つまりこのメニューはお店では味わえないタクシーデリバリーだけの特別メニューなのだ。

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タクシーデリバリーでしか楽しめない
〝セミケータリング〟のメニューを提供する

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細かなところにまでシェフの気持ちが行き届いたこのボックスを開けた瞬間、その美しさにお客様はきっと驚くだろう。「テーブルにどう並べよう?」このメニューのおいしさはそこからはじまる。

「レストランの高揚感」を、自宅で味わってもらうための仕掛け

フランス料理の緻密な味の組み立てと、メニューの見せ方でお客様を魅了する。

もしかしたらフランス料理を楽しむ
新たなシーンをつくり出すかもしれない

タクシーデリバリーを楽しむメニューの軸にシェフはヴェリーヌを選んだ。

ヴェリーヌは平面の皿に盛り付けられる料理やデザートをグラスなどの透明な器に層を重ねるように盛り付けたもので、層を成す美しい見た目と重なる味わいの変化を楽しむものだ。

デザートメニューとしてよく提供されるが、シェフはタクシーデリバリーのメニューにはヴェリーヌの特性がいきると考えたようだ。そして、フランス料理らしい繊細さで、ひとつひとつのヴェリーヌに20種類以上の素材を使って心を動かす仕掛けをしている。

添えられたレストランのメニューを見ながら一層一層の味を楽しんだら、今度は二層を一緒に食べてみる。すると違う風味と食感が重なり今までに経験したことのない味わいに出会う。

こうしたドラマを8種類もシェフは用意した。レストランでは決して楽しめないタクシーデリバリーのスペシャルヴェリーヌだ。

その他、肉料理は〝牛タンのマデラ煮込み〟、魚料理は〝ブイヤベース〟、シーザーサラダにパン、調味料もセットされている。

数十分前にキッチンでできあがったばかりのメニューがタクシーで運ばれてくる。普段は敷かないテーブルクロスを準備して、お客様はきっと待ち遠しいに違いない。

もしかしたら、タクシーデリバリーはフランス料理を楽しむ新たなシーンをつくり出すことになるのかもしれない。

〈シェフのアイデアが詰まった「タクシーフレンチ」を解剖する〉

●ヴェリーヌ・ボックス

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一つのヴェリーヌを20種類以上の素材でつくるという手のかけ方

色も形も味も香りもすべて計算しつくされた、この細やかな盛り付けをご覧いただきたい。まるで宝石のような美しさだ。重なった層はそれぞれ味が違い、食べるごとに新たな味わいが楽しめる。フランス料理の底力を見せつけられるようだ。
※構成する素材の内容はスペースの関係でその一部をご紹介。

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●肉料理

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牛タンのマデラ煮込み
和牛のタン元をドライポルチーニとセップ、そしてマデラ酒とフォン・ド・ヴォーで煮あげ、1〜2日間煮汁で漬け込む。タン元を取り出した煮汁をグッと詰めバターを加えて濃厚なソースをつくり、タン元と合わせた煮込み料理。

●魚料理

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ブイヤベース
魚のアラからとるシェフ特製のスープ・ド・ポワソンに、オコゼ、アオリイカ、ホタテ、海老を入れた濃厚なブイヤベース。

●サラダ

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シーザーサラダ
ロメインレタスなどのグリーン野菜とゆで卵に、アンチョビのクリームドレッシングとパルメザンチーズ、そしてベーコンとクルトン。

●スパイス調味料・パン

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シーザーサラダ用のドレッシング、バゲット、風味の調整のための黒胡椒、塩。

未来のタクシーサービスとのコラボを模索する 

コロナ禍のデリバリーと未来のデリバリー

「おいしい料理を食べたいと思っても、今はお店に行けない。ならば、お店の料理を家に運んでもらおう。」というのは当然の流れだ。タクシーデリバリーには日本料理店、フランス料理店、イタリア料理店、中国料理店、ステーキ店、うなぎ屋など高級な店がエントリーしている。

コロナ禍の中、デリバリーの需要は一気に高まり、外食店にとって経営を支えるためには重要なサービスになった。柴田シェフもこれにエントリーし、フランス料理店とタクシーがつくり出す新しいサービスをはじめた。

しかし、柴田シェフはコロナ禍の中でのタクシーデリバリーではなく、もっともっと先を見ていた。やがて自動車が自動運転化されれば、タクシーの果たす役割が大きく進化する。シェフはコロナ禍の中ではじめるタクシーデリバリーをきっかけに未来のタクシーサービスとのコラボを模索したかったのだ。

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自動車の自動運転化で劇的に変わるタクシーサービス

今までタクシーは路上で手をあげて止めるか、電話で配車してもらうものだと思っていたが、今はアプリを使って簡単に車が呼べる。

アプリを開くと地図上に自分の位置が表示され、まわりに何台の車がいるかを動いているアイコンで教えてくれるのだから驚きだ。乗車の表示を押すと何分で到着するかが表示され、ほぼ時間通りにタクシーは到着する。

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あらかじめ時間と場所を指定して予約もできるし、クレジットカード契約をしておけば車内で決済する必要もない。乗って、降りるだけだ。

タクシードライバーの皆さんも、空車でお客さんを探しながら流す時間も減って随分と効率的になったのではないだろうか。そして、タクシーデリバリーのような外食店との取り組みもはじまった。タクシーサービスは大きく変わったのだ。

しかし、これはほんの序の口に過ぎないのだろう。柴田シェフが考えるように、タクシーが自動運転化され、AIが情報管理するようになったら、それこそタクシーデリバリーは劇的に変わるはずだ。

タクシーに乗ったら、目の前のモニターから「先日お届けしたフランス料理のお味はいかがでしたか? 来月のお誕生日にもデリバリーをご予約しましょうか?」とAIが話しかけてくるのだろう。

そして、それに「はい。」と答えると、自動的に料理が自宅に運ばれ決済も自動的に完了する。きっとそんな時代になるに違いない。


(2021年6月30日発行「素材のちから」第41号掲載記事)

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