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《ドイツ情報》 生の豚肉のソーセージ

ドイツだからこその食べ物 
「豚肉は中までしっかり焼いて食べましょう」、そんな常識を覆す驚きの食べ物 

文・撮影/市川路美 

生食好きの日本人ですら躊躇する豚肉の生食

ドイツで一番驚いた食べ物がメット(Mett)。地域によってはハッケペーター(Hackepeter)と呼ばれる、生で食べるタイプの豚肉のソーセージです。カテゴリー的にはソーセージのくくりの中にありますが、その姿形は豚の挽き肉そのもの。

メットの語源は「脂身なしの刻んだ豚肉」を意味します。ドイツには1500種類以上のソーセージが存在しますが、メットはまさに唯一無二。他の国では絶対食べる事の出来ない、ドイツならではのソーセージです。

生の豚肉は危ない。これは世界的な認識となっているので、牛肉はレアで食べるのが好きな人でも、豚肉は中までしっかり火を通します。日本人は魚を生で食べる習慣があるので、肉の生食にも抵抗が無いどころか積極的ですらあります。そんな国民性をもってしても、豚肉の生食には躊躇します。

それでは何故、生の豚肉は危ないのでしょうか。豚はE型肝炎ウイルスに感染している可能性があります。このウイルスは牛や鶏には感染せず、豚、イノシシ、シカなどに感染します。口から体内にE型肝炎ウイルスが入り、血液を介して肝臓に達すると、急性肝炎になります。6週間の潜伏期間を経て発熱や嘔吐、ひどい場合は黄疸の症状が出て、妊婦さんや高齢の方は重症化し、死に至る事もあります。日本のE型肝炎患者の3分の1が生肉を食べた事が原因だとされています。

そんな豚肉特有のウイルスに加えて、生食には寄生虫に感染したり、サルモネラ菌などの細菌による食中毒の恐れもあります。日本では死者5名、160人以上が発症した集団食中毒がきっかけとなり、生食用食肉の規格基準が見直され、2012年から牛のレバーが、2015年からは内臓類を含む全ての豚肉が生食用として販売、提供する事が禁止されました。

レバ刺しと同様問題視されたユッケには、厳しい提供条件が設けられはしましたが禁止までには至らず、豚肉はかなり厳格に全面的な禁止となりました。

牛のレバ刺しが禁止となった時は、個人の判断に任せるべきだと抗議する人もいたようですが、豚に関しては皆さんすんなり納得し了承したように思えます。何か本能的に生の豚肉の危険度を感知していたのかもしれません。それだけ危険視される生の豚肉を食べるのだから、専門店に限られた珍味的な食べ物なのかと思っていたら、普通にスーパーで売っていました。

生の豚肉のソーセージは、ドイツ人の大好物。朝ごはんやおやつとして日常的に食べています。どんな仕組みになっているのか、色々な人に聞いてみました。

ドイツ人が愛する朝食はカフェオレと豚の生肉

ドイツならではの食べ物

E型肝炎ウイルスは中央アジア、東南アジア、アフリカなどに多く存在し、ヨーロッパでは発症例がありません。だからと言って安全とは言い切れず、生の豚肉には寄生虫や菌などによる食中毒のリスクが伴います。

ドイツには精肉専門の販売衛生士と呼ばれる資格があり、とても厳しくチェックされます。更には「挽き肉条例」と呼ばれる、挽き肉の製造、処理、販売に関した事細かな法律があります。

完全に隔離された冷蔵室で作業しなければならない。肉をミンチにする時は半冷凍状態で処理し、温度が2℃以上になってはならない。氷を冷却に使うのは不可。包装されていない生タイプのソーセージは、その日に製造されたものしか販売する事が出来ない。35%以上の脂肪分を含んではならない。他にも色々な事が細かく指定され、法律化しています。

ルールを作り、ルールを守る事が大好きなドイツ人。ルールに従う事が絶対のルールだと思っている人達で成り立つ国だからこそ、ドイツの人達は生の豚肉を安心して食べているのだと思います。

生で食べる豚肉の美味しさ

スーパーで売られている一番ポピュラーなタイプのメットを食べてみました。小口のビニール袋に詰められて売られています。

見た目は生の挽き肉そのまま

大家族用にはプラスチックのパックで販売されていますが、そうなると見た目が本当にただの挽き肉です。ナイフで取り出し、スライスした黒パンやロールパンの上にのせて食べます。多くの人はパンにバターを塗ってからメットをのせて食べます。半分くらい食べたらブラックペッパーをふりかけると、また違った感じの美味しさになります。

パンにバターを塗ってからメットをのせる

ドイツ南部の人達は、細かく刻んだ生の玉ねぎと一緒に食べるのだそう。生の豚肉なだけに、食べる前に少し躊躇したら、日本人はフグを食べる勇敢な国民なのに、生の豚肉を恐れるなんて、と笑われてしまいました。

一口食べると口の中に広がる生肉な感触。でも全く臭みはありません。脂身のほのかな甘みも感じられ、ねっとりとして、最後にとろけるような感じ。食べて一口ですっかりファンになってしまうほどの美味しさでした。

ドイツ在住の日本人は、メットに刻んだネギを加え、ネギトロ風にしてご飯にのせて食べているのだそう。確かに食感や味が大トロに似ていて、絶対確実に美味しいと思います。

私が住んでいるスペインには、メットのような生タイプのソーセージが存在しないので、とても羨ましく思いました。ドイツ人は焼きたてのパンにバターを塗って、その上にメットをたっぷりのせて食べる瞬間に至福の時を感じるのだそうです。

メットにはうっすら塩味が付いたもの、ハーブや唐辛子の効いたもの、ニンニクやキャラウェイなどを加えて味付けされたもの、様々な味があります。スライスしたパンの上にメットをのせたオープンサンドウィッチが街中の至る所で売られているので、色々と試して楽しんで下さい。個人的には肉の味そのものを味わうような、シンプルなタイプがとても気に入りました。

街中で売られているサンドウィッチは300円位。スーパーで売られている一番小さいサイズのメットは100円ほどの安さです。

オープンサンドの売店
チーズのオープンサンド

この値段のメットでも充分満足する美味しさですが、高級レストランで食べたシンケンメット(Schinkenmett)と呼ばれる、豚のもも肉だけで作る最上級クラスのメットもまた最高でした。一口食べて「あ、これ、世界で一番美味しいソーセージだ」と感動した事を覚えています。

ドイツ人は何時まで生の豚肉を食べられるのか

同じメットの名の元に、色々なタイプのソーセージが存在するので注意して下さい。生のタイプではなく、燻製され硬いサラミに近い感じのメットもあります。

それはそれで美味しいのですが、やはり一番のおすすめは柔らかい生肉タイプのメット。基本的にドイツ南部の名産ではありますが、ドイツ全土何処でも食べる事が出来るので、生タイプに狙いを絞って食べて下さい。

メットのオープンサンド

本当に美味しくて、大変お勧めなのですが、どんなに新鮮で、どんなに厳しい管理下にあったとしても、生食にはリスクが伴います。特に低年齢、妊婦、高齢者の方は重症化して危険です。

最近ドイツで大きな話題となったのは、タイの村祭りで伝統的な豚の生肉料理が振る舞われ、2人が死亡し400人以上が入院したというニュース。自国でもエルシニア食中毒などの例がありました。エルシニア菌は4℃以下の低温でも増殖する、とてもやっかいな菌なんです。ドイツ連邦リスクアセスメント研究所は「小さな子供はメットヴルストを食べるべきではない」との勧告を出しています。

もしかしたら近い将来、日本と同じようにドイツでも、生の豚肉の販売が禁止されてしまうのかもしれません。ドイツ国民誰もが本当に愛する食べ物なので、禁止となったら悲しむ人が沢山います。それでも一度ルールとなれば、絶対にそれを守るのがドイツ人です。

食べられるうちに食べておいた方が得策な、世界で一番美味しいソーセージだと思います。皆さんも勇気を出して是非!


(2021年6月30日発行「素材のちから」第41号掲載記事)

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