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《アルゼンチン情報》 アルゼンチン料理を楽しむ

世界の終わりウシュアイアで 
アルゼンチンでありながらアルゼンチンらしからぬグルメ 

文・撮影/市川路美 

世界最南端の町ウシュアイア 

南米大陸最南端に位置するフエゴ島は、スペイン語で火の土地を意味します。かつてこの地に住んでいた先住民のヤマナ族は、夏でも最高気温が15℃に達しない寒冷な地域にもかかわらず、ほぼ裸に近い姿で生活をしていました。アザラシの脂肪を体中に塗りたくり、常に焚火の傍に身を寄せて暖をとっていたとされます。

世界一周を目指していた冒険家のマゼランが、1520年に南米大陸とフエゴ島の間にある、長さ583キロメートルの狭い海峡を発見しました。マゼラン海峡と名付けられ、後にパナマ運河が開通するまで、大西洋と太平洋を結ぶ航路として重要な役割を担うようになります。

当時、マゼランはヤマナ族が暖をとるために島のあちらこちらでおこしていた焚火の炎を見て、大地から火が噴き出していると勘違いしたため、火の土地と名付けたのだそう。ちなみにヤマナ族は、ヨーロッパ人を見て洋服を着ることを学んだのですが、洗濯することを知らなかったので、汚い洋服を着続けて衛生状態が悪化し、疫病が蔓延し絶滅してしまったと聞きます。

フエゴ島で一番大きな町がウシュアイア。人間が常時移住する世界最南端の都市とされていて、世界の終わりと呼ばれています。

ウシュアイアの町並み

かつてイギリスがオーストラリアを流刑地にしたことにならい、アルゼンチン政府は首都ブエノスアイレスから最も遠く離れたフエゴ島を流刑地と定めました。

1920年になると監獄がつくられ、多くの凶悪犯や政治犯が送り込まれるようになります。380あった監房に最も多い時で600人が収容され、鉄道や道路、町の建物などを作る労働を強いられました。こうしてウシュアイアの町は囚人たちの手によって発展していったので、住民たちの囚人に対する愛が深いです。

当時の囚人たち

囚人をモチーフにしたものが町中に溢れ、ミュージアムでは囚人グッズが多数売られていました。かつて監獄として使われていた建物も一般公開されています。

フエゴ歴史博物館

最果ての地であることから流刑地となったウシュアイア。現在は最果ての地であるがためにアルゼンチンを代表する一大観光地となりました。ウシュアイアから南極への距離は1000キロメートル。南極に最も近い町なので、南極クルーズの拠点となっているのです。毎年南極観光のシーズンになると、世界中から多くの観光客がやってきます。人口7万人ほどの町ですが、国際線が発着する空港があり、沢山のホテル、レストラン、土産物屋が揃い、カジノまであります。

今回はそんな世界の終わりの町、ウシュアイアのグルメを紹介したいと思います。

ウシュアイアのグルメ

ウシュアイアは南極観光の拠点として有名ですが、他にも見所が沢山あります。美しい大自然の宝庫なので、南極を訪れない観光客も多く滞在します。

ウシュアイア近郊の大自然

観光シーズンとなる南半球の夏10月から4月の間は、地元の人より観光客の方が多くなるような町です。観光客受けのよい、典型的なアルゼンチンの郷土料理や、地元ならではの料理を扱うレストランが多いです。

一番多いのは外国人観光客に限らず地元の人からも愛されているアルゼンチンの国民食、アサードのレストランです。アサードとはアルゼンチン風バーベキューのこと。牛または羊の肉を炭火でじっくり焼き上げます。

アルゼンチン風BBQアサード
サラダビュッフェ

観光客より地元の人たちで何時も賑わっているのはアルゼンチン風ピザの店。厚いパン生地を使ったピザで、アルゼンチン人の主食とまで言われています。

アルゼンチン風ピザ

アルゼンチン人は本当に偏食で、肉に大きく偏った食生活を送っています。野菜をあまり食べず、特に魚介類は全く食べない人が多いです。そのためアルゼンチンを旅行すると、アルゼンチン風バーベキューかアルゼンチン風ピザ以外のレストランを見つけるのが大変難しい国。

ただし、ウシュアイアに限っては全く様子が異なり、魚介類を扱うレストランを多く見かけました。極地にありながら年間不凍の港を持つ町なので、漁業が盛んなのです。

船から見るウシュアイア
新鮮な魚のグリル

特にウシュアイアはカニが名物となっていて、町のあちらこちらにカニのマークを掲げたレストランがありました。カニ専門店もありますが、普通のレストランでもカニを上手にアレンジしてメニューに取り入れています。

カニ専門レストラン

ウシュアイアで食されるカニはセントージャと呼ばれるミナミタラバガニで、マゼラン海峡以南に生息するタラバガニの親戚です。タラバガニはオホーツク海、日本海、北極圏などを中心とした水温10℃以下の冷水帯に生息しています。カニと名付けられてはいますが、ヤドカリの仲間に属するのが大きな特徴。

タラバガニは冷たい水の海域に生息するので、北極圏だけでなく南極圏にも存在し、ミナミタラバガニと呼んで区別しています。

私たちが慣れ親しんでいるタラバガニより小ぶりですが、味はほとんど変わりません。小さい分味がギュギュッと濃縮されるのか、ミナミタラバガニの方が風味が強く甘く感じられます。

漁獲量が多いので北米にも輸出されていて、サウザン・キング・クラブの名で親しまれています。近年は日本でも流通していて、タラバガニより価格が安いので人気が出てきているのだそう。ただし、ウシュアイアは世界的な水準で見ても物価が高い地域なので、何もかもが高いです。ミナミタラバガニも結構なお値段をしていました。

色々なバリエーションのカニ料理

カニはシンプルに塩で茹でるのが一番美味しいです。

カニの塩茹で

カニと言えば日本人的にはカニミソですが、外国人でカニミソを尊ぶ人は殆どいません。そもそもカニを食べる人も少ないです。タラバガニのカニミソは茹でても固まらず流れてしまうので、通常は調理前に取り除きます。カニの卵は意外と好まれていて、プチプチした食感を楽しんでいる様子。

ウシュアイアでは、塩茹で以外にも色々な形にアレンジされたカニ料理を満喫できました。カニのグラタン、カニのパエリア、カニのアヒージョ、カニのピザ、カニのスープ、カニ入りのサラダ、カニクリームコロッケ。色々な料理にミナミタラバガニを使って、各レストランでオリジナルの味を出しています。

カニクリームコロッケ

お値段が高くなればなるほどカニ率が高くなり、価格が安いとカニの存在を見つけるのに苦労します。ただ、カニの出汁はしっかりきいているので、どの料理を食べてもカニの風味はかなりあり、それはそれで悪くはない感じでした。

日本と比較しても高いなと思うくらいの値段には、どんなカニ料理にもカニの身がゴロゴロ沢山入っています。いずれにせよ、ミナミタラバガニはウシュアイアを代表する食材なので、この最果ての町を訪れたのなら、絶対に食べなくてはならない味です。

ウシュアイアの町のメインストリートとなるのが、1.3キロメートルあるサン・マルタン通り。この道の両側にレストランや土産物屋さんが軒を並べています。人気のあるレストランが集中しているので、この通りを行ったり来たりしながら、お好みのレストランを見つけ出して下さい。


(2022年9月30日発行「素材のちから」第46号掲載記事)

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