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《南極情報》 世界で一番美しい場所

世界の果てで楽しむ食事 

文・撮影/市川路美 

南極とはどんな場所なのか 

世界100か国以上を旅してきました。何処が一番美しかったかと聞かれれば、迷うことなく南極と答えます。この世のものとは思えない、素晴らしい景色が広がっていました。

南極は地球上で5番目に大きな大陸です。約1400万平方キロメートルの面積を誇り、オーストラリア大陸のほぼ2倍、日本の36倍に相当します。これほど大きな大陸で知名度があるにもかかわらず、南極を訪れる人は少ないです。住んでいる人も僅かで、夏の間は約4000人、寒さが厳しくなると1000人ほどに減り、地球上で最も人口密度の低い土地となっています。

そもそも南極に一般の人は住んでいません。地球を取り巻く大気や宇宙物理学などを研究している科学者たちが、点在する研究所に一時的に滞在しているだけ。それはひとえに南極が世界で一番寒い場所だからです。厳寒期となる8月の内陸部の平均気温はマイナス40℃からマイナス70℃、一番暖かくなる2月でもマイナス15℃からマイナス45℃の間です。

点在する基地

これまで観測された最低気温は、2018年7月に記録したマイナス97.8℃。これだけ寒いと、人間だけでなく動植物も生息することができません。極寒の環境に適応可能な、ごく限られた生物だけが生存しています。南極の過酷な自然環境は、今も昔も生物の立ち入りを拒んでいるのです。

壮大な景色

南極が寒いのは、表面積の98%、ほとんど全ての土地が厚い氷で覆われているからです。南極に降る雪の量は、一年間で1センチほどの微々たるものなのですが、寒くて孤立した土地の雪は溶けずにそのまま残ります。3000万年もの間降り積もった雪が、自身の重みで押しつぶされて厚い氷の塊となりました。その厚さは平均2450メートル、最も厚い所で4800メートルあります。富士山の高さが3776メートルなので、それよりずっと高い氷の塊が大陸の上にのっかっているんです。地球上に存在する氷の90%が南極に集中しているので、氷の大陸とも呼ばれています。

目前に迫る南極大陸

南極への行き方

南極へ行くにはどうしたらいいのでしょうか。お金持ちなら日本から豪華客船に乗ります。3か月ほどかかり、費用は500万円位になるかと思います。一般的な南極ツアーはアルゼンチン最南端の町ウシュアイアまで飛行機で行き、クルーズ船に乗って10日前後の南極ツアーを楽しんでから再び飛行機で日本に帰ります。クルーズ船の客室のグレードや、南極での滞在日数によって価格は異なりますが、130万円位が相場です。

南極大陸周辺をクルーズするだけでなく、上陸するツアーにも参加したいのなら、更にお金が必要になります。南極を訪れる人が少ないのは、厳しい自然環境だけでなく、お金の問題も大きいのではないでしょうか。

お金はないけれど南極に行ってみたい。そんな人達は、アルゼンチン最南端の町ウシュアイアまで自力で行き、町に幾つかある旅行代理店で南極クルーズ船のキャンセル待ちをします。旅行会社のメーリングリストに登録しておけば、キャンセルの出た船のリストを送ってくれるので、その中から自分の予算とスケジュールに合う船を選んで申し込みます。

出来るだけお金をかけずに南極に行ってみたい。私を含めそう考える人は結構沢山いるようで、競争率がかなり高いです。割引率の高いチケットは早い者勝ちで奪い合う感じになるので、メーリングリストに登録するだけでなく、こまめに旅行会社に顔を出して良い関係を築いておくと優先的に情報を回してもらえます。

キャンセル待ちをすれば半額近く割引されたチケットが手に入りますが、ウシュアイアは物価が高いので注意が必要です。何時でるか分からないキャンセル待ちをし続けるのに、滞在費がかさむからです。色々な支出を考慮して、自分のベストのタイミングを見極めることが大切です。

私はとにかく安く南極に行きたかったので、上陸はしない南極周遊クルーズを色々と頑張って20万円代で入手しました。私的にはそれでも高かったのですが、長いこと憧れていた南極です。思い切って清水の舞台から飛び降りてみました。

南極クルーズでの食事

南極クルーズの船は、豪華な設備より機能性を最優先しています。ヨーロッパ周遊などのクルーズ船に比べるとフェリー感が強いのですが、食事はなかなかに豪華でした。

ラビオリ
ラザニア
ブルーベリーソースのかかった豚肉のオーブン焼き

世界中の観光客が乗船するので、食事内容は国際色豊かです。余り美味しくはなかったけれど寿司も登場しました。

ランチタイムビュッフェ

朝食と昼食はビュッフェスタイルで、夕食はフルコース。殺風景な船のわりに食事内容はきちんとしていて、味もとても美味しかったです。

前菜のサラダ
前菜の野菜のソテー
ディナーのステーキ
チョコレートケーキ

ただ、どんなに食事が美味しくても、南極クルーズでグルメを楽しむことはできません。その理由はドレーク海峡。南アメリカ南端のホーン岬と南極の間にあり、太平洋と大西洋をつなぐ大海で、世界最悪の荒海として有名です。

世界一の荒海ドレーク海峡

地球の自転によって生まれる海流は、通常は大陸にぶつかることで勢いが弱まるのですが、南極周辺には他の大陸がないので海流が弱まりません。年間を通して温帯低気圧の通り道にもなっているので、強風になることも多いです。その結果、一年を通して10メートルを超える高波があり、30メートルを記録したこともあります。船が大きく揺れ、時には左に45度傾いてから右に45度傾くのを繰り返します。

45度はマイケル・ジャクソンのダンスを思い浮かべて下さい。マイケル・ジャクソンは倒れませんが、普通の人は立っていることが出来ません。あちらこちらで廊下をはって歩く人を見かけました。

かつてのドレーク海峡は、船の墓場と呼ばれていました。余りにも揺れるので船が沈没するのではないかと心配し、スタッフの人に助けを求めました。昔の船とは違い今の船は横揺れ防止付きで船体の重量も大きいから絶対沈まない、なんて慰めを床に這いつくばりながら聞いていました。

ドレーク海峡は世界で最も幅の広い海峡なので、渡りきるのに2日ほど必要です。世界最悪の荒海ではありますが、全く穏やかな日もあります。不運な事に私が行った時は行きも帰りも壮絶な荒れ方をしていました。そのため殆どの人が部屋から出ず、食堂には全く人がいなかったのだそう。他人事のように書いているのは、私も船酔いでベッドから起き上がれず過ごしていたからです。

食堂はオープンしていたのですが、私のようにベッドから動けない人、頑張ったけれど途中で酔ってたどり着けなかった人が続出しました。ドレーク海峡通過時には廊下の手すりや階段などに1メートルおきにエチケット袋がセットされ、瞬く間に無くなっていたのだそう。

帰りのドレーク海峡は、余りにも揺れが酷かったため食堂での食事の提供がキャンセルになりました。各部屋にランチボックスが配られたのですが、殆どの人は開けることすら出来なかったといいます。船に酔う前に酒に酔う作戦を選んで、ドレーク海峡通過時は出来るだけ酔っぱらって寝て過ごしていた強者もいたようです。いずれにせよ船酔いする人が続出で、食事を楽しむどころではありませんでした。

遠くて、寒くて、お金がかかって、世界一の荒波が待ち受けている南極大陸。それでも行く価値は絶対にあります。

どこを見ても息をのむ美しさ

余りにも過酷な旅程だったので、遂に南極の景色を見た時は、天国に到着したのかと勘違いするくらいでした。この世のものとは思えない、本当に夢のように美しい場所でした。


(2022年9月30日発行「素材のちから」第46号掲載記事)

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