ある夏の、夜のおはなし

※登場人物※
『桃萌(もも・娘ねこ)』

浴衣は碧色に白い牡丹柄と白い帯 髪飾りは夏椿 髪は珍しくハーフアップ
『お兄ちゃん』
妹設定の妹に陥落させられそうで危機感を抱いている

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夕方とはいえまだ暑いなぁ……そんな事を思いなが玄関のドアを開ける。

「おかえりなさい、お兄ちゃん!」

家に入るのと同時にいつも聞こえる嬉しそうな声。
待ち構えているように出迎えてくれるのは正直嬉しいのだけど……。

「にゃふぅ~ももにはお兄ちゃんが帰ってくるセンサーがあるんだよ?」

思い浮かんだコトを見透かされたような笑顔の妹は浴衣姿。

「どうどう?」

クルリと一回転してみせる。
髪をあげているからか、いつもと違った雰囲気もあるし、
それでいて似合っていて可愛いのはなんとも……困る。

「そ……う、」

「へへへ、お兄ちゃんいま可愛いって思ってくれた♪」

「くっ」

妹設定の妹なのに鋭い。

「でもどうして急に浴衣なんだ?」

「えへへ、これもらったの」

そう言って見せたのは線香花火?

「お買い物に行った時に福引を引いてね、ハズレちゃったんだけど……

「ハズレの景品?」

「ううん、でもせっかく引いてくれたから特別にってもらったの」

「ああ、なるほど……」

「高級な線香花火らしいよ?
 有名な職人さんが作ってて、凄くきれいなんだって!」

桃萌は商店街の人達に可愛がられているからなぁ……。
ハズレてしょんぼりしちゃった時になにか別の力が働いた気もする。
まぁでも、桃萌が喜んだならWin-Winの関係には間違いない。

「だから、ご飯食べたら花火しようね」

この為の浴衣だったのか。
今年は雨が降ったりタイミングが合わなかったりで
花火大会やお祭りに行けてない気がする。
新しい浴衣を買ったから、どこかに出かけたいのだろうな……。
後で今からでも行けそうな所を探しておこう。

「晩御飯もちょっとお祭りっぽくしてみたから、楽しみにしていてね」

「へー楽しみだ」

「にへへ♪
 用意しておくから、お兄ちゃんはシャワー浴びて着替えてきてね」

「そうするよ、ありがとう」

パタパタと桃萌はキッチンの方へ入っていく。
じゃあ、と風呂場へ向かおうとすると桃萌がピョコッと顔を出してくる。

「あのね、えっと……
 まだももは浴衣を着るのに少し時間がかかっちゃうの」

「??うん」

「だから……今は脱ぐわけにいかないんだよ……
 一緒に入れなくて、ごめんね(*>ω<*)」

ペロッと下を出しておどけてみせる。

「いつも入ってないだろうが!」

「にゃーん♪」

そう言って楽しそうにキッチンに戻って行った。

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「お待たせ、お兄ちゃん」

確かにお祭りの屋台のような夕食を終えた後、
縁側で待っててねーという桃萌に言われていた。

「お兄ちゃんと飲もうと思って作っておいたんだ」

氷の浮いたグラスには薄い琥珀色の飲み物。

「これは?」

「飲むまでナイショ♪ 花火する前に乾杯しよ?」

おぼんから片方のグラスを手渡しそのまま隣に座る。

「それじゃ、お兄ちゃん、かんぱ~い♪」

キンと小さな音をさせたあと、クイッと飲んでみる。
冷たく冷えたそれは、ほんのり甘く少し生姜の風味がする。
やさしい甘みが身体の中にスッと染み渡り、その後爽やかな後味が残る

「美味しいな……これ」

飲む姿をじっと見ていた桃萌が嬉しそうに笑う。

「えへへ、よかった~~♪」

「初めて飲んだ味だけど、桃萌が作ったの?」

「うん♪
 駄菓子屋さんのおばあちゃんに教えてもらったの。
 買い物の途中で一休みした時に、暑い時に良い飲み物はないかな?
 って相談したらおばあちゃんが旅行に行った時に飲んだ
 ひやしあめの作りかたを教えてくれて」

「ひやしあめって飲み物なんだ」

「うん。 作り方は難しくなかったんだけど、
 材料がこの辺だと売ってないらしくて……
 おばあちゃんからわけてもらっちゃった」

てへ、っと少し照れたような顔をする。
桃萌は駄菓子屋もおばあちゃんも好きだしな……。
時々不思議な料理やお菓子の作り方を教わってきたりする。

「そうなのか……美味しい物を教えてもらったし、
 今度お礼に行かないとね。 最近行ってないし」

「やった! 一緒にいこうね♪」

「ふ菓子があるのはそのおかげか」

「うん、せっかく行ったんだからお菓子買わないと♪
 しょっぱいものの方が合うかもだけど……へへ」

「桃萌はふ菓子というか駄菓子好きだもんなー」

「えへへ……うん、すきー」

そう言うと桃萌もひやしあめを飲んで、フゥっとひと息つく。

「桃萌、線香花火するかい?」

「うん、したいしたい♪」

「3本あるから、まずは1本づつやってみるか」

実際に手にとって見るとその線香花火はとても奇麗だった。

「巻いてある紙の色も質もなんというか……本格的?
 っていう言い方で良いかわからないけど」

福引のハズレでもらうものじゃないなよぁ……これ。

「うん、かわいい」

桃色・蒼色・複数の色がグラデーションになっている物と全部違う。

「じゃあ桃萌はこの桃色の線香花火にするかい?」

「うーん……桃色のはお兄ちゃんがやって?
 桃萌だと思って大事に、してね♪」

「火が付けづらくなるなぁ……」

「えへへ……ありがと。 でも、ももの色はお兄ちゃんがして?」

「わかった、じゃあこっちの蒼いのでいいかな」

「うん、ありがと、お兄ちゃん」

「それじゃ、つけるからな?}

暫くの玉のようになりそこから予想外に大きな火の花が何本も何本も咲く。
知っている線香花火とは比べ物にならないほど花も大きく、奇麗だ。
となりで同じように線香花火をしている桃萌をふと見てみると……。

暑さのせいなのか、頬を赤く染め
その染まった頬を花火の光が照らして
大きな瞳にキラキラと花火の花が反射している
髪をあげているおかげで見えているほっそりとしろい首筋が
いつもの桃萌の雰囲気のそれではなくて――

線香花火が終わろうとしている事も気づかず
桃萌から目をそらすことが出来なかった。
やがて桃萌の花火が終わると、今度は桃萌がこちらの視線に気づく。

「お兄ちゃん?」

「ごめんな、桃萌」

「ふぇ?」

「天気とかタイミングとか……これは言い訳だけど、
 どこにも連れて行ってあげられなくてゴメンな」

「急にどうしたの?、お兄ちゃん」

「折角の浴衣もこんな所で着るしかなくて……
 花火大会とかお祭りとか、まだ行けそうな所を探すよ」

「……お兄ちゃん……えへへ、ありがと。 でもね……」

「ん?」

「えっと……最後の1本やろ? はい、お兄ちゃんが持って?」

「そこは桃萌が持たないと……」

「いいの、一緒に持つから大丈夫」

それなら――
なるべく桃萌が持ちやすいように端っこの方を持つ。

「じゃあ、ももも持つね」

そう言って、持っている手の上に重ねてくる。

「ちょ、桃萌?」

「ほらほらお兄ちゃん、もう火がついているから動かないで?」

さっきよりもあきらかに近い距離。
やっぱり桃萌の頬は少し赤くなっていて……
花火の花が反射してキラキラとした瞳は――まっすぐこちらを見ていた

「お兄ちゃん……」

「ももはね、お兄ちゃんがももといっしょにいてくれればいいんだよ……
 お祭りとか花火も楽しいけど、お兄ちゃんといっしょにいたいんだよ?
 だから、今は……お兄ちゃんとふたりっきりでしている花火は
 どんなにおっきな花火大会よりも、素敵……だよ?」

すこし距離を詰め、クイッと見上げてくる。

そして、花火が消えてフッと暗くなった瞬間
桃萌は両目を閉じてキュッと唇を突き出してくる。
それを見て――

「んっ……」

柔らかい唇に触れた感触がする。
……ふ菓子から。

「にゃぅぅ~~なんかあまぁいぃ~~」

ふ菓子の向こうから桃萌が目をジトッとさせて見ている。

「お兄ちゃん……?
 いまのは完全に完璧に絶対にキスする流れだったよね? ね?」

「さぁ?」

「にゃうう~~」

「ほら、ふ菓子お食べ~」

そう言ってふ菓子を渡すと、しっかりと受け取りサクサクと食べ始める。

「あまぁ~い、おいしぃ~~サクサク~~♪」

「そりゃよかった」

「もう、お兄ちゃんてば……もーもー」

ふ菓子を食べながら猛抗議をされている。

「でも、ほら、どこかに行こうって言ったのは本当だから。
 例えば……そうだ、おばあさんがひやしあめを飲んだ所とか」

「お兄ちゃんとふたりで?」

「それでもいいんじゃないかな?
 ちょっとしたお出かけ気分で行くのも悪くないだろ?」

「えへへ、それじゃ許してあげる」

そう言って肩に頭をのせてくる。

「花火、楽しかった?」

「ああ、楽しかったよ。 ありがとう、桃萌」

「えへへ、よかった♪」

「次は桃萌を楽しませないとなー」

「お兄ちゃんとふたりっきりなら、それだけでももは100点満点楽しいよ」

「そっか、じゃあお兄ちゃんとしては楽しさ1000点くらいを目指さないと」

「にゃぁん~~お兄ちゃん大好き~~結婚しようね?」

ごろごろとすりよせる頭をポンポンとなでる。

ひやしあめとふ菓子で過ごすそんな夏の夜の時間――

――後日駄菓子屋のおばあちゃんから
    ひやしあめの出どころ聞いて四つん這いになり愕然とする兄と
――「お兄ちゃんとふたりでお泊り旅行~~♪」
    と言ってキャーキャーはしゃぐ妹が駄菓子屋の前にいた

【おしまい】

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