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風の時代、鬼の年。

大震災から10年。この世を去ったみなさまのご冥福を、お祈り申し上げます。

そして、激動の今を生き残る私たち自身を応援していく、その決意を、ゆるやかに軽やかに、新たにしたいところです。

風の時代ゆえ、ゆるやかに軽やかに。鬼の年ゆえ、業火のような熱意と共に。

過去を振り返り、現在を見直すのは、きっと皆さん、ご自分でされるでしょうから。新たな未来の一要素として、「鬼」の話でも書いておきます。

私たちの内にも潜む、鬼(魂)。怖いから距離を取る、では立ち行かない今年。自分と向き合い、今と向き合い、根本から意識を変えていく、正念場です。


◯港の喧騒

今日も港の端っこで、若者の大声が響く。
みんな慣れっこになってしまい、ほとんどの人は振り向きもしない。

時折混ざっている遠方からの観光客が
「うぉ!びっくりした」
と言いながら、彼らの方を見ては
「あれ、なんかの撮影?」
「え、カメラないよ。稽古か何かじゃない?」
と口々に言いながら、人によっては少しの間眺めてから、再び港そのものの方へと興味を戻していく。

若者は、2人いる。
2人とも仮面をつけているが、滑舌は、なかなかいい。声量もある。毎日、ここにやってきては、大声を出して良いところなのだからという体で、セリフのようなものを大声で言いながら、様々な行動、なのか、演技なのかを繰り返している。

この2人が、こんなことを始めてから、もう半年以上が経っている。最初は、仮面をつけていなかった。純朴そうな、素朴そうな2人は、昔からこの辺りに住んでいた少年で、港の働き手たちとも、旧知の仲だった。

ある時、学校で2人が喧嘩した後から、そっぽを向いたままの状態になった。そのうち仲直りするだろうと、周囲のくくっていたタカが見事に吹き飛ばされるほど、何ヶ月経っても関係は修復されなかった。

港にいるおっちゃんの1人が、片方の少年に話を聞きに行った。何せ学校帰りに、ほぼ必ず見かけるので、表情が日々険しくなっていくのを見るに見かねてだった。

当初は、うるせぇなぁと反抗期らしい口調で一言述べては、バツが悪そうに早足で去っていた彼も、何度か事情を聞かれるうちに、決裂の事情を話すようになった。それを聞いたおっちゃんは、一言二言、彼にゆっくりと話しかけ、その言葉は彼の目を、大きく見開かせた。

「ま、やってみな」

少年は見開いた目のままで、おっちゃんの言葉に黙って何度かうなづいた。その後で始まったのが、2人の演技合戦というか、喧嘩のような絡みというか、そういう、港での日課。

何を話したのか聞きたがる周囲に
「おれぁ他のヤツには言わないって約束したんだよ」
と、おっちゃんは詳細を話さなかったが、あれほど別にしか帰らなくなっていた、学校でもどこでも一切話さなくなっていた2人は、共有する時間を通して、少しずつ打ち解けていっているように見えた。

そんなわけで、港の片隅で彼らが何をしていようと、いつもと同じ様子である限り、頓着しなくなった。初めの頃は、多少気にして目を向けている者もいたが、特に2人で話をするでもなく、本気なんだか演技なんだかの繰り返しでは、気にならなくなるのは当たり前だ。

ある日から、片方の少年が仮面をつけて現れるようになった。ほぅ。新手の試みかな。まぁ、毎日似たようなことばかりじゃねぇ。港の面々は、そう思っていたし、ポソポソと口にも出した。

仮面をつけた日から、その少年の動きが格段に良くなって、おやおや、これは本気でスカウトとか来るのでは?と、冗談混じりながらも周囲が思うくらいのレベルに、仕上がっていく。

こうなると、もう1人の少年の部が悪い。おいおい、喧嘩の仲直りに始めたことなのに、ここで格差がつき過ぎると困ったことになるんじゃないのかい?

そんな心配が、港の中でチラチラ揺れては消える日々が続いたある日、今度は2人めの少年も、仮面を被ってくるようになった。そして、その少年の動きも格段に良くなっている。

なんだ?何があった?

港では、その話題が持ち上がりすぎてしまい、口火を切った形になったおっちゃんは、自分の責任もあるかと、学校まで事情を聞きに行った。

2人の担任いわく「本格的に修行したいとかで格闘クラブみたいなところに通ったところ、顔面に激しくパンチを打ち込まれて、凄まじい顔になっている」のだそうで「それでも練習や修行に妥協できず、一方で、とんでもない顔で外には出られないと、折衷案が仮面になっている」という。

学校で仮面を許すって、なかなか自由な校風になったもんですなぁ。そう、おっちゃんが口にすると。

「いや、私たちも、仮面を取って顔を見せて欲しいと頼んだし、それどころか仮面に手をかけて取ろうともしてみたんですが、取れないんですよ」

担任は、首をひねって、そう言った。若者いわく「格闘クラブ特製の特殊な仮面につき、勘弁して欲しい」「仮面のせいで、悪いことをしたり、態度が悪くなったりすることはないので」と、丁寧に答えられたので、様子見の最中なのだと。

「はぁ。そうなんですか」

おっちゃんは、この話は港のみんなにも、した。どよめく声も多かったが「時代ってもんもあるし、見守れるうちは、このままでいいんじゃないの」という結論に達して、港では毎日のように、仮面の若者2人が賑やかに過ごしている、という状態が続いている。

「あと、3ヶ月になっちまったけどなぁ」

おっちゃんが、ポツッと呟く。そう、彼らは学生。高校3年生が迎えた年末、残された時間は少ない。

「彼らのご家族とか、何か言ってないんですか?仮面のこととか、進路のこととか。」

ここまで話を聞かせてもらっていた私は、地域紙の記者で、港での喧騒が何事なのかを取材に来ていたのだが、家族の話が出てこないことが、少し不思議だったので、質問をしてみた。

「それがよ。大きな声じゃ言えないが、仮面をつけてしばらくしたら、1人ずつ、失踪しちまってよ。警察の言うことにゃ、とうちゃんは莫大な借金こさえて蒸発、かあちゃんは男作っていなくなったみたいだ、って。結局、後を追えてないから、誰も確証は掴めてないらしいけどな。まぁでも、そういう理由なら、仮面をつけた反抗期息子が嫌で飛び出したとかじゃ、ないんじゃねえの?」

「進路のことは、知らねえな。あいつらも男の子だもの。考えてんでしょ。相談があれば、俺んとこくらい、来るだろうし。そうそう、2人は今、一緒に住んでんだよ。親がいなくなって、家は持ち家だったから家賃は心配なかったけど、ご飯がさ。そこで、もう片方の親がね。大変だろうから、ご飯食べにおいで、なんて言ってるうちに、一緒の方が早いね、なんて話になったんじゃねえの?詳しくは知らんけど」

「なるほど。ありがとうございました」

「あんまり派手に書き立てないでな。2人とも、苦しみ乗り越えてるとこだと思うんでね」

御礼を述べて、軽く手を振ってから、どんな風に書いたら地域の活性化になるんだろう。そう思ってから、そうか、当の少年たちにも、聞けるものなら話を聞きたいな、と思い、もう一度港に戻って、少年たちに近づいていく。

部外者に対して、一瞬ひどく警戒したようだったが、地域紙の記者で、悪いようには書かないので話を聞かせて欲しいと単刀直入に言ったら、思いのほかスムーズにOKが取れた上、どうせなら家までどうぞ、と言われたので、ありがたく、うかがうことにした。

のが、間違いだった。

たしかに2人の住む家に招待は、された。お邪魔しますと上がった辺りで、おかしな臭いに気づく。

まるで腐敗臭のようだ、と思ったところで、その臭いは前方から来ていると気づいた。そして、背後からは「しゅー、しゅー」と口から空気の漏れているのだろう音が聞こえ始める。

一体、なんだ。怖くて、振り向けない。何故なら、あまりに臭いが生々しいからだ。イタズラなんだろうか。イタズラであって欲しい。イタズラでないなら、この腐敗臭の元はー

それでも記者根性というのな、うっかり興味が勝ったというのか、先に進んでしまう。開かれたままの間口の向こうに見える部屋の中は、小さな窓から入り込む外からの光で、やんわりと明るく、その明るさとは真逆の黒さに占領されていた。乾いて固まった、血に見える。

いや、血糊であって欲しい。更に、その辺に転がっている白いもの。何だか知りたくない。けれど、知らないままでもいられない。1人では解決できない問題山積の中、私は冷静に、2人に質問すべきだと思い直して、ゆっくり振り返った。

あぁ。これは仮面ではなくて、顔そのものなんだ。外れるはずがない。口からは牙が飛び出していて、さっきよりも断然、鬼の形相に近い。人前ではそれなりに、人間に近い形に寄せているのだろう。

既に慣れ始めた「しゅー、しゅー」という呼吸音を発しながら、私を見つめている2人に、聞いた。

「君たちは、鬼?」

「そうです」

なんだろう。映画かドラマなのかな、これ。頭が白くなりそうなところを、かろうじて引き止めながら、続きを聴く。

「人間だったところから、鬼になったの?」

「僕は、気づいた時から鬼でした」

始めに仮面を被った、と称されていた少年の方が答える。

「でも、かなり人間の形、してるよね?」

「食べたんです、この体の持ち主を」

「じゃ、元々はそんなに人らしくはない?」

「そうです。食べたら、何とか人っぽく見えるレベルになって、食べた相手の記憶まで入ってきて、僕は、人として生活を続けなくては、と思えたので」

「そのまま、生活を続けることにした、と」

「はい」

質問が途切れると、足がすくむ。震え始めたら、もう止まらないだろう。私は勇気を振り絞って、質問を続けた。

「もう1人の彼は?」

「僕が、かじりました」

「かじった?」

「えぇ、元の僕は、彼と喧嘩していました。仲直りしたかった、その気持ちも一緒に食べた僕は、元の僕の意思を引き継ぎたいと思ったんです。仲直りした彼は、とてもいい人で、好きだったから、我慢できなくて」

なるほど。恐らく、性格もまた、元の鬼よりも人間寄りに変わってしまったのだろう。そんなこと、あるのだろうか。いや、あるからこうして、話を聞けているのだろう。

多少の混乱を抑えていると、もう1人の彼も話し出した。

「そしたら、僕、死にはしなかったけど、鬼になっちゃって。元々より性格も荒くなるし、毎日、力が余って仕方ないので、2人して港で運動して、必要以上に暴れないようにしてるんです」

「だから、追って仮面をつけた、みたいな流れになったんだね」

「はい。僕は、元が人間だけに、続けて学校に行きたかったし、日常を過ごしたかったので」

「で、仮面をつけてる体で、ここまで過ごしてきたと。山の中を走り回るとかで、有り余る体力は解消できなかったの?」

「人間から離れている時間が多いと、僕たち自身から人間らしさが減ってくる気がして。港には日々たくさん人もいますし、うるさくしてても暴れていても、仲良くていいなくらいにしか思われないから、ちょうど良くて」

「そういえば、港のおじさんが提案してくれた仲直りの方法って?」

「…」

「あれ、言いづらければ、別にいいよ」

「あの、ですね。2人でエロ本を見ながら、その…」

「なるほど。わかった。答えづらい質問で申し訳ない」

そう答える自分の声に、急に震えが混ざり始めていた。一瞬だけ黙った相手から、思ったより強い気迫が来たのが響いているようだ。まずい。

「わざわざ、ここに私を呼んでくれた理由は、何?」

1番、恐れの理由になっていることを、敢えて聞いてみた。目の前の血の海みたいな部屋を見て、自分が無事で帰れる可能性がほぼゼロなのは、わかっている。どうせ殺されるなら、疑問点くらい解決しておきたい。

「この部屋を見て、どう思いましたか?」

逆に質問されると思っていなかったので、度肝を抜かれそうになる。でも。滅多に受けられない鬼からの質問に、むしろ勇気が湧いて出た。

「驚かすためのトリックでなければ、人が死んだ形跡と、それを食べたのかと思えるような状況ではあるけど、気になるのは、この臭い。もしかして、誰か病死してる?」

鬼の顔が、明るくなったように見えた。

「よくわかりましたね!ありがたいです。仰る通り、まず父親が心臓発作で倒れたんです。それも、糖尿病の合併症で。それを見ていた母親は、救急車を呼ばずに、彼が冷たくなるんじゃないかと思うほど、放置していました」

「え、なんで?」

「後でわかりましたが、母親には別に彼氏がいたみたいなんです。助からなくなってから、救急車を呼びたかったようで」

しかも、救急車を呼んだら「連絡が遅れたのは出かけていたからと口裏を合わせて」と言われたらしい。

「悲惨だったのは、その後です。何故か救急車より先に、母親の彼氏に当たる人に連絡したみたいなんですが、その彼氏というのが即座にやってきて、いきなり母親を刺し殺したんです」

どうも近所でも評判の、ヒステリー持ちだったらしく、話に興奮して、「生き返るようなら俺がトドメを刺す」と、最初から包丁を持って乗り込んできたのだという。それはさすがに、と制する母親を、戸惑うことなく刺した後。

「次は僕の番、って思うじゃないですか。でも、その時、もう僕は、元の僕に申し訳ないくらい鬼だったんで、食いつきました。後で気づいたんですけど、親が死んだのは本当に悲しいし残念な一方で、人を全く食べずに生きるのは無理な僕は、とてもお腹が空いていたみたいで。それから、彼らの遺骸が糧になるな、って」

「あぁ、そうか。それなら、無関係な人を巻き込むこともなくなるし」

「そうなんです。僕ら2人は、ここで時々、人の肉を少しずつかじりながら、彼の家で人間として食事をとり、生活しています。でも、そんなことずっとは続けられません。だから僕らは、あと3ヶ月経って卒業したら、失踪しようと思っています。どうしても、やりたいことがあるんです。そこで、ご相談なんです」

今度は鬼に相談されている。なんて稀有な体験なんだろう。半ば飛んではいるが、意識は未だ健在だ。

「聞かせてもらえる?」

結局、私は無事に帰してもらえた。彼らの相談とは、今回の相談内容は記事にしないこと。聞いたことは、誰にも言わないこと。

「良いことをしているとは、もちろん思っていません。最初に、僕が僕を食べたのが悪いんです。でも、それを重々考慮した上で、僕たちには、もっと、できることがあると思えて仕方ないんです」

不覚にも、私は鬼の未来予想図に感動してしまったのだった。怖さのせいで、余計にそうだったのかもしれないし、単に、私の生来の物好きが出たのかもしれない。あるいは、ただ生き延びるために必死だったのかもしれないが。

私はこれを、記事にしなかった。殺されたくないこともあるが、話が本当であるなら、もしも続きがあるなら、見てみたい聞いてみたい、その好奇心が勝ってしまった。

編集部には、少年たちの家族失踪事件は、お涙頂戴ほどの話ではなかったし、「元気な少年二人が自由に生きられる港町」くらいの記事にはできそうです、と報告したら、それじゃ売れないだろ、他の何か探してこいよ、と一蹴された。

彼らが予告通り失踪した後、彼らの住んでいた家には当然、手が入って、死体というより既に骨と血の染みでしかなかっただろう惨状が、明らかになった。

彼らが殺したのか、はたまた、みたいなニュースがチラッと流れたが、地元では「借金と異性問題」でとっくの昔に話が終わっていたこともあるのだろう、意外なほど盛り上がらず、話は立ち消えたままになった。せいぜい、私がもう一度「あの時、記事にしていれば解決の糸口くらいには」と怒られ直したくらいのものだ。

そもそも、雪女方式で、きっと喋れば殺される。そう思った私は、本当に誰にも言わなかったし、どこにも、何も書かなかった。

時が過ぎて、漫画やアニメで鬼の話が世間を席巻し始めた頃、情報収集でつけていたテレビに映った、新規当選の若き議員の顔に、見覚えがあった。

「顔が著しく傷ついているために、仮面生活を余儀なくされていますが、この新進気鋭の若手議員は、地域住民の信頼を強く集めていて、近頃には珍しい、強い気概と信念を持った…」

残念ながら、あの港町から選出されたわけではなかったようだが、アナウンサーの紹介の後、自分で声を出してからの話っぷりを見ていると、あの頃、港で大声を出しては演技していた、あれも効いているな、と思った。鬼だったのだ。人らしい練習だって、必要だったのだろう。そして、あれからどんな努力をして、ここまで来たのだろう。

そう、彼らが「どうしてもやりたいこと」とは。人間社会の理不尽を、少しでも正すことだったのだ。港にいれば、様々な話は聞こえてくるだろう。そこで、鬼の世界よりも酷い、格差やイジメなども見たし、テレビでもラジオでも、ロクな話は聞こえてこない。

「人間には、力=正義という考え方を、間違えて使っている人が多すぎます」

この後、ぐうの音も出ない正論が並んだが、面白かったのは、「綺麗事」で片付けるには、ちゃんと生臭く、現実味のある話だったことだ。

それを実現するのに最適なのは、たしかに、政治家だろう。

すごいな。「僕たちには」できることがある、と言っていたから、もう1人は、きっと秘書でもやっているのだろう。人を全く食べないわけにはいかない、という一言は、もちろん引っかかっている。でも、今の世の中、どうしても生きている人を手にかけなくてはいけない、という状況ばかりでもないだろう。

いけないことなのかもしれないけれど、私には、それを信じてしまうことができる。

憲法にも「出自や門戸で人を差別してはいけない」といった内容のことが、書かれている。更に今の時代は、人間どころか、人間でないからという理由だけで差別するのも、よろしくないことになったのだ。

すごい時代だな。明るい気持ちを抱えながら、次の〆切向けの記事を探しに、出かけることにしよう。いつかまた、取材で会えることはあるだろうか。それとも、会えない方がいいのかな。複雑ながらも、楽しい気持ち。新しい時代は、感覚さえ新しくなるものなんだな。


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