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伊豆旅行二日目、沼津倶楽部。

 ということで二日目です。

 快晴となり気温もうなぎ登りとなる中アルカナイズをチェックアウト、タクシーで修善寺に向かい、駅ナカで購入した名物らしい鯵弁当をいただきなから電車で三島に移動、

東海道線で東京とは逆方向に一駅行った沼津で降り、ちょうど頃合いのバスが来ていたので10分ほど乗って沼津港の方に移動、海近くで別荘風の広壮な邸宅が立ち並ぶエリアを5分くらい歩けば着くはずだったのが、入り口の場所を把握していなかったせいでかなり広い敷地をぐるりと一周するという間抜けな行動を取りつつ、チェックインの15時きっかりに二日目の宿、沼津倶楽部 (https://numazu-club.com )の門をくぐります。
 重厚な門から日本庭園を通り抜けると、一転してモダンなフロント棟と宿泊棟が。

 沼津倶楽部という名前と、この宿泊棟のデザインと水盤からピンとくる人も多いとは思いますが、この宿は那須にあった二期倶楽部と経営が同じで、建築デザインも同じ、渡辺明によるもの。話によると二期倶楽部が最初の設計、沼津倶楽部が遺作となったとのことです。

 交差する縦横の線越に取り込まれる光とその向こうに見える水盤、と部屋や個別の建物だけではなく、全体を意識したデザイン性の高さにテンションがあがるフロントでスパークリングワイン(シャンパンだったかも?)片手にチエックイン。

 全8室、と規模の小さな宿ですが、その中でやはり下から2番目のカテゴリとなるツイン・ルームに宿泊。
 入口が土間になっていて、それを挟んで居間/寝室と浴室/洗面所があるという面白い構造。これは海の近くの宿ということで、海から帰って来た時に部屋内を濡らさずに浴室に直行できるという点でよく考えられているな、と思いました。
 なお各室に置かれている家具や調度品もやはりデザイン性高く統一感あり、また部屋作り付けの書棚には泉鏡花全集と大岡信著作集が。なんというか世界観の作り込みに隙がないですね。わたしクラスにはちょっと格調高すぎるという話はありますが。で、こちらの宿はそぐわないものの、一応TVとDVDプレイヤーはあります。とはいえクローゼットの横に目立たないように24型くらいの小型のやつが申し訳程度に置いてあるだけですが。わたしも普段TVはつけない生活なので、これはDVDプレイヤーで持ち込んだCDを流すのだけに使っていました。いや、人間が古いので物理メディアに頼りがちという。
 なお持ち込んでいたのはピアソラ、エグベルト・ジスモンチ、アンドレ・メマーリ、ポポル・ヴー、ジューン・テイバー、スティーヴ・ライヒ、マカームなどなど、モダン・タンゴ、現代ブラジルインストもの、クラウトロック、英国トラッド・フォーク、ミニマル・ミュージック、ハンガリー産汎ユーラシア的ワールド・ミュージックとミニマル系の融合などなどです(ほぼ何を言っているのかが分からないと思いますが、流してください)。

 さて、荷物をほどき、一旦落ち着いてからは庭園を抜けて、千本松海岸まで散歩に出ます。宿から海岸までは徒歩二分くらい。天気がいい日だったので、富士山も見えて、暑かったですが気持ちのいい散歩でした。なお、千本松海岸は浅瀬がほとんどなく、海岸からわりとすぐに深みに落ち込むということで海水浴場としては使われていないとのことですが、遊泳している人も若干はおりましたし、海辺は公園となってもトイレもあるので、海水浴自体は出来る感じでした。

(庭園。由緒ありげな日本家屋はレストランです。これについては後ほど)

(陽が傾き沈む海岸を散歩)

(時間と共に当たる光に合わせて表情を変える水盤を前にゆるりと)

 なお、部屋の前は共有の通路ですが、全8室、内一階に出入口があるのは5室で、奥から2番目の部屋だったこともあり、ほぼ人が通ることはありませんでした。もちろん、夜は雨戸を閉めてプライバシーの確保ができます。

 沼津倶楽部、沼津という土地柄、温泉はないのですが、富士山から流れてくる地下水を風呂に利用しているとのことです。沼津~三島のあたりはこの地下水がきれいで、おかげで三島は鰻料理が有名だったりしますよね。
 で、部屋にもお風呂はあるのですが、それとは別に露天と岩盤風呂とサウナがあるスパコーナーが共有施設としてあり、これが各室チェックインの際予約して貸し切りで使えることになっています。使える時間はプランにより1もしくは2時間。うちは1時間のプランだったので、全部使うとちょっとあわただしかったですね。市街地にある宿なので、露天は塀に囲まれて開かれているのは上側だけですが、空間が広いこともあって、浸かりながらぼんやり青空を見ているのも気持ちがいいものでした。

(露天風呂、サウナ付属の水風呂、岩盤風呂。サウナは高温とそうでもないのと二室ありですが、高温の部屋の時計が止まったままなのはちょっと)

 さて、一汗流してさっぱりしたところで食事に向かいます。この沼津俱楽部、もともとはミツワ石鹸の創業者たる明治の粋人、三輪善兵衛の別宅跡を利用しているとのことで、戦後はGHQが接収したりと由緒ある場所とのことです。その贅をつくした数寄屋建築をレストランとして転用しており、有形文化財の登録もされているとのこと。なお、将棋の棋聖戦の会場としても度々使用されており、羽生永世七冠なども対局に訪れているとか。

(最後の2枚に映っている部屋では戦後GHQに接収されていた際、日本国憲法の草案を考案する際に使われたとか。由緒正しい……)

 翌日の朝食後には、その邸宅跡を自由に見て回ってください、との案内を受けましたので、上の写真はその模様です。窓格子や天井の細工、さらには全室どの部屋でもお茶をたてられるようになっている辺りに、粋人が自分のために予算を気にせず立てた建築の贅沢さがひしひしと伝わりましたね。なお、沼津俱楽部、ホテルとしての営業だけではなく、結婚式やその前の顔合わせ的な会食会場としても使われている(というか営業的にはそちらの方がメインなのかも)ということで、それらの機会にもこの建物が活躍しているとか。
 
 で、夕飯ですが、心太、軍鶏つくね、冬瓜をホタテのスープで、鰆の霜焼きとクエの刺身、熟成牛など。やはり伊豆で漁港近くという地の利を生かしつつ、そこに素材を限定せず、出汁の取り方など基本はしっかりしつつも創作系入る和食という感じが、ホテルとも旅館とも言い切れない沼津俱楽部らしいコースでしたし、前日のアルカナイズのモダンフレンチとは好対照でもありましたね。全体に美味しかったですが、メインの熟成牛はわりと普通な感じはしました。夕食だけで比較したらやはりオーベルジュを謳う、昨日のアルカナイズの方に分があるかな。

 そして食後すっかり暗くなった中部屋に戻ります。この夜の暗さに浮かぶ建物の灯りとそれを写す水盤の決まり具合と、しかしやりすぎないあたりのバランスで見せるセンスはアルカナイズより大分上ですね。

そしてお風呂に(写真は明るい時間に撮ったものですが)。広くて天井が高く、また湯気が抜ける構造になっているので、ゆっくりと長風呂してものぼせず心地よく過ごせるいいお風呂でした。デザイン性だけでなく、こうした実用上の心配りにも隙がないあたりはさすがです。

 そして風呂上りにはビール(ビール2本、ジュース、お茶など冷蔵庫に入っているドリンクはフリーです)と共にやはり備え付けの書棚に並んでいた吉田一穂全集をぱらぱらと読んでみたり。いや、教養が足りていないので、この部屋に入るまでは吉田一穂なる名前すら知らず、また難解な詩は半酔っ払いの読み流しではとても理解できるような代物ではなかったのですが、とはいえ並ぶ文字列は眺めるだけでもとても格好がいいような気がしました(語彙力……)。
 なお、こういう方だそうです。
https://1000ya.isis.ne.jp/1053.html

 そうこうしているうちに眠くなり、ゆっくりと休んだ翌朝、再び海岸沿いを散歩して帰ってきたらレストラン前に干される干物たちが。

 ということで朝食ですが、これは純和風の旅館朝食ですね。本当に典型的ではありますが、一つ一つ吟味された素材を使い、丁寧に作られているのが分かるそれで、とても美味しかったです。

 食後はまたもやビールを飲みつつ音楽かけて、本を読みつつチェックアウトまでだらだらと。11時チェックアウトですから普通ですね。ここまで全く接客について触れていませんが、昨日同様、チェックイン/アウトと食事の給仕以外は全く従業員の方と関わることなく、いい意味で放っておかれるタイプの宿でしたので、その点では判定のしようがないのでした。要は接客を云々する必要になるような場面に遭遇することなく、ノートラブルの宿泊であったということなので、なんら問題はないというか、スムーズかつ理想的な滞在であったということではあります。

 チェックアウト後は三度海岸を散歩しつつ沼津港の方に向かい、港周辺でやや時間をつぶした後、ランチでお寿司をいただき、その後は余りにも暑い日だったので観光をする気力もなく、早々に三島に出て新幹線に乗って東京に帰りました。

 ということでGoTo割引を見込んで、ややハイクラスな宿を取るも東京だけGoToから外された結果、正価で泊まることとなった二泊三日の伊豆旅行でしたが、結果としては天気に恵まれたこともありますが、両日の宿共に特徴を強く出しつつもハイレベルで満足のいく旅行となりましてめでたしめでたしでした。

 上に書いたように眺めのよい部屋露天と都内でも中々のレベルに相当しるフレンチ・レストランを抱き合わせて、高級ラブホ的なおこもりタイプとして最適化し提示したアルカナイズと、部屋露天はもちろん、温泉でもなくまたレストランも必要十分なレベルを提供しつつも派手にアピールするポイントは作らずとも、建物のデザインから室内調度、さらには市街地にありながらもそれを感じさせない広い敷地と庭園に渡って統一感をもった世界を作り、全くひっかかりを感じさせずにその世界で休める沼津倶楽部、対照的な宿でありつつも、どちらも個性が強く、それぞれの特徴を強く打ち出して満足度の行く滞在になったので、将来機会があればどちらもまた再訪してみたいなと思いました。
 わが夫婦としては再訪するならまずは沼津倶楽部だね、と意見が一致しましたが、とはいえどちらを、というのは完全に各人の好みの問題になると思いますので、この二日分の文章がそうした判断の一助にでもなれればいいなあと。

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