見出し画像

「専門性」ってなんだろうか

ネット時代の今は違うと思うが、昔いた頃のリクルートという会社はある意味で「専門性」を重んじない会社であった。

「わからないことはお客様に聞け」とか「われわれは大いなる素人集団である」とかの言葉があった。専門知識は「その気になればいつでも勉強なんてできる」という感じで、採用の時にも重視しなかった。それよりも、なによりも第一に人間性や基礎的な能力が大事なのだと、そういう価値観があった。

そういう価値観に染まって育った自分は、いまだに「専門性」というものがイマイチよくわからない。そもそも日本の大会社はど素人である新卒学生を大量に雇って戦力化するという人材フローである。新卒が数年で身に付けられることが、「専門性」と呼べるほどの特殊能力なのかと思う。

新卒は超ポテンシャル採用であるのに、中途採用になるとどこの会社もスペック主義になる。「●●経験が3年以上無いとダメ」とか「●●資格を持っていないとダメ」とか。揚げ足取りではないが、2年だと何故ダメなのかと思う。資格の無い実務家で何故ダメなのかと思う。

育成をしている時間がないから、「今持っている人」が欲しい、とも聞く。でも、これだけオープン化して、アウトソースできる世界になったのに何でも中でも持つ必要はない。外注先をマネジメントできる力があれば足る。

外注先をマネジメントできる「目利き」となるには、それなりに専門知識があって、自分もできないとダメだと言うのはある程度正しい。しかし、それも程度問題。完全に自分でできないとダメというわけではない。外注先にきちんと説明してもらって、わからないことは聞いて、とすれば、外注先にいろいろ指示出しすることもできるのではないだろうか。

言い換えれば、「現状を把握する」→「問題を特定する」→「原因を探る」→「対策を考案する」→「意思決定する」→「リソースを確保する」→「実施計画を立てる」→「遂行しモニタリングし修正しやり遂げる」という流れをマネジメントできればよいと思うのだが、この流れには「専門性」というものは含まれていない。

もちろん、弁護士や医師、会計士、エンジニア等をはじめ大量の専門知識を頭の中に入れて、瞬時に取り出せること自体がとても重要な仕事もあるとは思う。でも、サラリーマンのほとんどの仕事はそうではないのではないか。

なのに、なぜ専門性専門性と言うのか。

とてもうがった見方かもしれないと自分でもやや思うが、一つはいわゆる専門性を既に持っているとされる人々が自分たちは難易度の高いものを獲得しているということを言わんがために、「これこれでないとダメ」と言うのではないかと。

あるいは、ジャッジをする側の人間が、わかりやすい外形的な「専門性」を持った人以外を採用することを恐れているようにも思う。外形的に専門家なら、もしダメだったら「騙された」「仕方ないよね」となる。外形的に素人な人を「ポテンシャルありそう」と採用すると、もしダメだったら「なんでああいうやつ採ったんだ」「ちゃんと専門性確認したのか」となる。

僕は、どちらかと言えば「なにものでもない人」サポーターなので、余計にそう思うのかもしれない。専門性なんて持っていなくても、ポテンシャルある人はいつからでもなんにでもなれる、みたいに無意識で思っているのかもしれない。それはそれで逆に行きすぎな過激思想だとは思うけども・・・

けして、本当の「専門性」「専門家」を否定しているわけではありません。むしろ尊敬しています。言いたいのは、専門性とか言うほどでもないことを、専門性扱いしていることが、いろんな人の可能性を摘んでいるのじゃないかということでした。

だから僕は、できるだけスペックだけで人を判断せずにしようと決めていますし、自社でも新卒や未経験者ばかりを採り、育てて、それを証明したいと思っています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?