春の終わり一話

第一話「春告魚が来た」


新学期になりました。僕のクラスには、どうやら一人、転校生がやってくるそうです。今、新しいクラスではその話題で持ちきりなのです。その人が、男なのか女なのかとか。どこから来たのかとか。この学校、とんでもなく田舎にあるもので、今の今まで転校生など来たことがなかったのです。そんなガヤガヤと騒がしい教室に先生が「みなさんおはようございます」と言って入ってきた。騒がしい教室の声がぴしっと静かになった。
「皆さん、進級おめでとう!えー今年度も皆さんの担任になりました。愛宕です。もうすでにご存知だと思いますが!えー転校生が来ました!はい、入ってきてー魚躬くん!」
魚躬くん、どうやら男らしい。教室のドアがガラガラと開き、彼は入ってきた。みんながおおお!と声を上げ、先生が拍手してーといい、一気に教室がうるさくなる。僕も流れに乗ってとりあえず拍手をした。
「えーじゃあね、まずは自己紹介してもらおうか」
「魚躬清志です。親の仕事の都合で転校して来ました。野球とゲームと…あと教科は数学が好きです。皆さんよろしくお願いします。」
「はい、魚躬くん、ちょっと難しい漢字でね、黒板に書きます」
先生は彼の名前を黒板に書き始めた。
「えーーはい、魚に身に弓と書いて、うおのみ!魚躬清志くんね。みなさん、わからないことは教えてあげてください。」
みんながはーいと返事をする。
「先生!魚躬くんどこの席ですか?」
そういえば。僕の隣の席が空席だった。ここは魚躬くんのための席なのだろう。
「魚躬くんは、一番後ろの廊下から3番目の葛原くんの隣ね。」
「はい。」
彼がこちらに向かって歩いてきた。みんな彼に夢中なのだが、自分は少し、何を考えているかわからない彼が不気味だった。正直、あまり隣に来てほしくはなかったのだ。
「魚躬くんよろしく。」
…魚躬くんは返事をしない。それどころか目も合わせない。席に座ったから挨拶をしたのに。ただ単に無口なだけか、それとも僕は嫌われているのか。先生は、またしても口うるさい自己紹介をし始めた。去年も担任だったくせに、魚躬くんが来たからと。正直、彼もこんな話聞きたくないだろう。僕は退屈で、机に落書きをしていた。そして、魚躬くんがそれを見る。魚躬くんは、僕の落書きの隣に何やら見慣れない怪物のようなものを、二匹描いた。
「なあ」
「え、なに」
魚躬くんが急に小声で話し始めた。
「ボボロンとぺぺロネ、どっちが好き?」
「は?え、えっとボボロン?」
何のことだかわからないが、僕の感覚はハズレじゃなかった。魚躬くんは厄介な人だ。きっとそうだ。こうやってスルーするしかないだろう。
「そこは普通イルカだろぉぉぉ!」
びっくりした。今まで声の小さかった魚躬くんは急に声を荒げ始めた。
「ちょ、ちょっとなんだよ」
だがまたしてもおかしいことが起こる。誰も魚躬くんの声に反応しない。みんな、先生のつまらない話をぼーっと聞いているし、先生も平然と話を続けている。僕は何が起こったのかわからなかった。今のは僕の幻聴だろうか。そうであってほしい、いやそうでなくてはならない。続けて、魚躬くんはこう言う。
「俺の友達は、この二人しかいない。」
「そう。」
「俺は二人が好きだ。イルカは友達じゃないけど好きだ。」
「ふーん。」
僕はもう適当に相槌を打つことにした。はいかいいえかその程度の答え以外言えないだろう。彼が何に怒ってしまうのか分からないのだから。でも、これが幻聴だとしたら、そんなことを気をつける必要はあるだろうか。いいや、そんなことどうだっていいさ。僕はこいつが気に入らない。
「でも、一昨日の午前4時、ボボロンとぺぺロネが僕を無視した気がしたんだ。」
「うるさいなあ。いい加減にしてくれよ!」
僕は先生の話の最中にも関わらず、冷静でいたつもりがかなり大声を出してしまった。しまった。そう思った。そして案の定、先生はこちらに目を向けた。
「おーい、葛原!うるさいぞ!魚躬くんが転校してきて気になることもいっぱいあるだろうけど、ちょっと時間を考えなさい!」
「は、はい」
「うわ、葛原怒られてやんの」
男子たちは、クスクスと笑う。女子たちは真顔だ。腹が立った。笑われていることにではない。魚躬くんにだ。魚躬清志、どうもいけ好かない男だ。彼と仲良くなりたがっているクラスメイトに席を交換してほしいほど。
「はい、えー8時50分になったので始業式に行きましょう!魚躬くんはー、あいうえお順だから2番目ね。」
そうこうしているあいだに、先生は与太話を終え、始業式へと向かうことになった。

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